保健室と制服【二階】
三階から水の中、階段を降りた二人。
「はぁ! はあ……うっゲホゲホ!!」
「うぐっ!! はぁ! はぁ!!! ううっ!! ショウマ!!」
「エマ……はぁっ……はぁ……よかった……」
息ができる……!
そして硬い地面……多分どこかの教室の床。
「ありがとうショウマ、 ありがとう、すごかったね。ショウマ……っ」
「最後は結局、エマに……助けられたよ……ありがとう……」
二人はまだ、息を整えるのに精一杯。
でも疲れ切って、眠いというか、気を失いそう。
「……ねむい……」
「……う、うん……気が……遠く……な……る」
二階にどんな危険が待ち受けているかわからない。
ショウマはエマを守るように、横たわるエマの肩に手を乗せて……彼も意識を失った。
エマは夢を見た。
悲しくて、悲しくて、辛くて……心臓が引きちぎれそうで……。
『宝石がほしい』
そう強く思った。
何故かは、わからない……。
でも、悲しくて、悲しくて……。
脱出したい、逃げたい、と強く思った。
「……エマ……」
「……やだ……やだよ……」
「エマ、大丈夫……大丈夫だよ」
温かい手が、エマの頭を撫でる。
「……ショウマ……」
いつもの日常の朝。
ではないことは、エマもすぐに思い出す。
「起きれる? ここは安全みたいだ」
「……そうなの……?」
「うん」
「ここは……異次元学校だよね」
「……うん」
やっぱりだ。
だるくて、身体中痛い。
でも起き上がる。
「ここは保健室なんだ」
「え、保健室……?」
あたりを見回すと、保健室で間違いない。
「怪異は……?」
「何もいない。何も起きない。安心して。僕が先に起きたから、ずっと警戒してたけど、大丈夫」
「うん……」
起き上がって、座り込む。
びしょ濡れで、部屋の温度は寒くないけど、身体は冷え切っている。
「さむい……」
「それがさ、着替えがあるから着替えよう?」
「え! ほんと!」
保健室だから、着替えがあってもおかしくない。
「あれ、なんだけどさ」
ショウマが指差した先には、ベッドの目隠しカーテンのレール。
そこにかけられていたのは……制服だった。
中学校の制服。
ブレザータイプの制服。
上は紺のブレザー。
下は緑と赤の混じったチェック柄だ。
スラックスか、スカートか選ぶことができる。
冬に採寸して注文した中学校の制服。
「なんで……」
ショウマは、ブレザーにスラックス。
エマも、ブレザーにスラックスを選んだ。
「名札もついているんだよ」
ショウマは、何故か少し嬉しそうだった。
ブレザーの胸元にある名札。
『佐藤笑真』
『佐藤笑真』
同じ文字が並んでいる。
「こんな同姓同名ないよねぇ」
ショウマがまた、嬉しそうに笑った。
エマとショウマは同姓同名だった。
それが、幼稚園で仲良くなったきっかけでもあった。
親同士が、多分仲良くなったんだと思う。
同じ小学校に入ったら、面白がられる事もあった。
でも、エマはショウマと同じ漢字なのが嬉しかったし、ショウマもエマと同じで嬉しかった。
エマとショウマは推理小説が大好きだったので、『スマトゥル(スマイルトゥルー)コンビ』なんて言われたりしていた。
『真実は笑顔のために!』
そんな決め台詞を言って、推理したり……。
そんな二人をクラスのみんなも大好きで、二人をからかう人はいなかった。
エマとショウマの絆は絶対だとみんなが信じていた。
「着替えよう? 寒くてさ、エマを待ってたけど……どう思う?」
「え……」
エマも寒かった。
「エマがよかったら、すぐ着替えたいよ。卒業式前だけどさ、ぶかぶかだろうけど……」
「いやだ」
「えっ?」
「あ……」
冷たくて濡れた服。
凍えてしまうのに、着ている理由なんかない。
制服はもちろんワイシャツもあって、靴下もあって、上靴もあった。
保健室だからタオルもある。
「……じゃあ、やめておこうか」
ショウマの唇は青い。
多分、エマの唇も青いだろう。
エマは、ハッとする。
このままじゃ……!
「ごめん。安全そうなら……着替えよ」
「安全……だとは、わかんないけど」
「着替えよう……きっと大丈夫」
「うん」
二人は、二つあるベッドのカーテンをひいて、着替えた。
「僕、先に出るね」
「うん」
ネクタイも、棒タイかどちらか選べた。
エマは、ネクタイにした。
ネクタイってかっこいい。
中学生のネクタイって大人っぽいと憧れだったから。
でもエマはネクタイをしないで、カーテンを開けた。
「わ、似合うね、エマ」
中学生の制服を着たショウマが、微笑んで立っていた。
「ショウマ……」
「えへ、僕も似合う? 卒業式で見せたかったのにな」
小学生の卒業式は、進学する中学校の制服を着て出席するのが一般的だ。
「似合うよ……」
エマがポロポロと涙をこぼした。
「……エマ? どうしたの? どっか痛い??」
「ごめん……違う……なんだろう……なんか勝手に」
「ホッとしたからかな? ここなら安全そうだから」
ショウマは、保健室のタオルをエマに渡す。
「エマ、備品でさ、食料もあるんだ」
「えー!? 本当!?」
「災害時の緊急用だと思うんだけど、食べよう!」
「食べる!!」
段ボール一箱に、水と食料が入っていた。
缶詰や乾パン、水も飲んで、安堵する二人。
保健室からも窓の外は見えない。
鍵は内側からかけたままだ。
「寝ようか」
「うん……」
満腹になった二人は、それぞれ制服のままでベッドに入って眠った。
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