校内放送【三階】
ピンポンパンポーン♫
「放送室には誰もいないのに……放送が」
何も動いていない、放送機械。
二人は、座っていた机の上で逃げる準備をしながら放送に耳をすました。
『お昼の放送の時間デス。鮫達は、音がダイスキです。食べられたらアナタも鮫になりますね。それでは今日の曲は卒業式ソングです。どうぞ聞いてクダサイ』
AI音声のような無機質な声だった。
男なのか、女なのか、大人か子どもかも判断できない。
当然に、生きた人間などではない事は二人にもわかっている。
流れたのは、卒業式に六年生が歌う曲だ。
「鮫は音が大好きだって……言ってた」
「うん。言ってたね」
エマの出した音に反応した時のことをショウマは思い出す。
「食べられたら……鮫になる、か」
永遠にこの三階で、鮫としてさまよう。
恐ろしい話を聞いてしまった。
そしてまだ流れている卒業式の歌。
「……やだな。この曲……」
「えっそうだったの? エマが嫌いだったなんて知らなかった」
「あ、そういう意味じゃない……今は聴きたくないっていうだけで……」
聞いていると、なんだか心がもやもやしてくる。
「そうだよね。こんな場所じゃなくて本番で聴きたいよ。それにしても、鮫は音が大好きか……食べられたら鮫になる……最悪だ」
「うん……」
「エマ、また顔色が悪い。水に浸かってるのも疲れるよね」
「うん……でも平気だよ。……これからどうする?」
満潮の時に、水の中に北階段が現れる事はわかった。
しかし、その前を鮫が泳いでいる。
鮫は音が大好きで、食べられると鮫になるという情報も追加された。
「満潮の時に、泳いで北階段に向かっても絶対鮫に食べられちゃうよね」
放送室から飛び込んでも、鮫の目の前だ。
「いつも北階段の前にいるからね……また少し、廊下の様子を見てきていい? 早く脱出方法を考えよう」
「うん。行こう」
「エマは、ここにいてもいいよ?」
「駄目! 絶対一緒にいるから」
「わかった。じゃあ一緒に行こう」
机から先に水の中にザブンと降りたショウマが、手を差し出してくれる。
「ありがとう」
エマが御礼を言って、ザブンと水に入る。
「今、ふと思って、確かめたい事があるんだ……」
「確かめたいこと……?」
「更衣室に戻りたい……更衣室の中は、水が入って満潮にどうなるのか見たいんだ」
「うん!」
干潮の廊下を歩く。
ザブザブと足が重たい。
歩くだけで、体力が奪われる。
「ショウマの手、あったかいや」
「エマの手もあったかい」
手を繋ぎ、支え合いながら歩いた。
「最初の水の増え方以降は、規則正しい水の増え方と減り方だ。……満潮の時間は6分くらい……それ以下の干潮は15分……くらいかな」
「急いで歩きたくても時間かかるね」
「うん。移動するのも疲れる作業だ」
狭い机の上では、眠ることもできない。
このままでは体力も体温も失って……最悪な結果になるだろう。
「放送室に戻ったら放送機材の上で寝てみようか?」
「背中が痛くなりそうだけど、やってみる?」
「先生に激怒されちゃうよね」
「激怒されるのは、学校を水びたしにした奴だよ」
「本当だよ~! なんでこんな目に合わせるの!?」
エマが叫ぶ。
でも、心がズレたような気持ち悪さを感じた。
どうして私はここにいるんだろう?
「エマ?」
「ううん、なんでもない」
水の中を歩いて、やっと更衣室に着いた。
想像以上に、水の中を歩き続けるのは疲れる。
「やっと着いた」
「ここも放送室みたいに、水が入ってこないのかな?」
「そうだといいんだけど……」
「静かにしていれば……鮫には襲われないよね?」
「そうだと願おう」
しかし満潮になってくると、更衣室には水が入ってきた。
でも更衣室の棚は、かなり高く作られている。
その上に立つことで、溺れることは回避できた。
そして更衣室にも鮫が入ってきた。
「ひぃ……」
「しーーっ目をつぶって……大丈夫」
鮫がウロウロしている恐怖を、感じないように! エマは目をつぶる。
ショウマが自分の背に、エマを隠してかばってくれているのがわかった。
満潮の6分が、随分と長く感じた。
「はぁ~~~」
「ここにも入ってくるんだな……でも、わかった」
「なにが?」
「あの大きな用具入れ。あの上まで水は来なかった」
「うん。そうだったかも。でもなんで?」
「放送室へ戻ろうか」
放送室に戻ると、ショウマが説明してくれた。
CDラジカセを指差す。
「このCDラジカセを、更衣室に置くんだ。大音量で流せば、鮫はそっちにいく」
「わお!! 最高だよショウマ! それ絶対成功する!!」
「干潮の間に設置しておいて、放送室に戻ってくれば安心だよ」
「本当だね!!」
かなりのグッドアイデアだ! これで満潮時に鮫を更衣室へ集めて、北階段を水のなか潜って降りる。
「北階段を降りた先ってどうなってるんだろ? 水の中だったら息が……」
「2階は、別の空間になってるって事を願うしかないね」
良い作戦を思いついたショウマは、微笑みながらCDラジカセのスイッチを押してみた。
「……まずいな……」
「え? どうしたの?」
ショウマの顔が曇った。