モフモフはひとりじゃ動けない
モフモフは風さんを待っていた。
日が暮れるまでには来てくれるはず。だってきょうは、みんな楽しみにしてる花火大会の日だから。
モフモフは空から地上を見た。まだ昼過ぎなのに、堤防は大勢の人でにぎわっていた。わた菓子やリンゴあめや、そんな出店が連なる中、浴衣姿の人もいっぱい歩いていた。
「見て見て、あの雲。ひつじさんみたい。」
「ほんと、太っちょのひつじさん、なんか、モフモフって感じ。」
そう、モフモフは雲のこと。ぽわーんと空に浮かぶのがお仕事。
「でも、あの雲、雨降らせないかなあ。花火が中止になんないといいけど。」
「夜までに、いなくなってくれるといいんだけどね。」
モフモフも、今夜は特別な夜だってわかっている。夕方になったら、向こうの山の奥に隠れるつもり。
けど、モフモフはひとりじゃ動けない。動きたいときは風くんの助けが必要なのだ。風くんには、今朝何度も念を押して頼んできた。
「きょうは絶対来てね。約束だよ。」
さて、その風くんはじっとしてるのが大嫌い。いつもどこかで走り回っている。今も遠くの海の上で、飛行機と競争していた。
「こいつ、すんげえ速いじゃん。でも、おいらだって負けないぜ。ブォーン。」
夕方になって、お日さまが言った。
「じゃ、わし、そろそろ消えるからね。」
「えっ、もうそんな時間?」
お日さまは海のほうに向かっていく。たいへんだ。もうすぐ沈んでしまう。
風くんはまだ来ない。モフモフはだんだん不安になってきた。
「おーい、風くーん!」
声が風くんに届かないことはわかっている。でも、叫ばずにはいられない。気まぐれな風くん、今までも、何度か約束をすっぽかされたことがあるからだ。
「おーい、風くーん、風くーん!」
「モフモフさぁーん、こんばんわぁー。」
振り返ると、お月さんがいた。
「えっ、まだ明るいのに、どうして?」
「明るいときから出てくることもあるの。それよりモフモフさん、まだここにいるの?」
「風くんが、まだなんだよ。」
モフモフの不安はピークに達した。
もし風くんが来てくれなかったら、もしあの山の陰まで行けなかったら。泣き虫のぼくはたまらず大泣きしてしまうに違いない。そんなことになったら、せっかくの花火大会がおじゃんになっちゃう。ぼくのせいで。
モフモフは、ついに涙を流してしまった。ぽろっとひとしずく。
「おいおい、雨降ってきたよ!」
「なんだよ、今になって。」
「こんなのひどいじゃん。ずっと、楽しみにしてたのに。」
「モフモフさん、ダメ、泣いちゃダメ。風くん、きっと来てくれるから」
とお月さんが元気づけてくれる。いつのまにかあらわれた一番星も励ましてくれた。
「ここで泣いちゃ、何もかも台無しだろ。」
そうだ。泣いちゃいけない。モフモフは、必死になって涙をこらえた。
すると、大空に思わぬプレゼントがあらわれた。モフモフよりずっと大きな虹、目を見張るほど鮮やかでくっきりとした虹だ。
「うわーっ、きれい。すんごくきれい。」
やがてお日さまは沈み、お星さまがぽつりぽつりとやってきた。けど、地上からは見えない。モフモフがじゃまになっているから。
「どんよりしたお天気だけど、まあ、仕方ないか。」
こんなつぶやきの中、観客は、花火が打ち上がるのを今か今かと待っていた。
そのときだ。川の向こうから「ブォーン、ブォーン、おーい。」と声が聞こえてきた。
風くんだ。風くんが来てくれた!
「ごめん、ごめん、渡り鳥と遊んでたら、夢中になっちゃって。さっ、すぐに、おいらの背中乗って。」
「風くん、ありがとう」
ヒュルルーッ、ドーン、パチパチパチパチ。
星空に向け、大きな花火が何度も打ち上がる。息を飲むような見事な光景だ。観客はみんな目を輝かせていた。
山の陰から眺めていたモフモフも、思わずつぶやいた。
「うわーっ、すんごくきれい!」