働くりんと、ぼっちの藍式部
麒麟に化粧を施すゆうの動作を覚えた水影によって、二人は今日も、完璧な女人姿で部屋から出てきた。
「——よし。では本日より、後宮にて、事件解決の糸口を探ろうぞ」
水影の指示により、麒麟はまず、厨に勤める女中らの動向を探った。都の低中層家庭から下働きとして後宮に入った女人らは、みな、目まぐるしく働いている。昨日友人となった風がリーダーのような立場であり、彼女の指示に従うように、みながせっせと朝餉を運んでいく。
「——ええ~、今朝は私が伊角納言様のお部屋番なの~?」
厨には、本日の当番表が張り出されている。昨日の伊角納言の態度から、下働きの女中にとって、彼女の部屋番になる日は、とても気が重いらしい。執筆中の超大作の締切間近とあって、今朝も機嫌が悪いのは、火を見るより明らかであった。
「はあ。いってきまぁす」
気乗りしない様子で、今日の伊角納言の部屋番となった女中が、朝餉の膳を運んでいった。
「えっと、わたしは……?」
麒麟が今日の自分の当番を風に訊ねた。
「ああ。りんはそうね、朔良式部様の御墓の掃除を頼むわ」
「さくらしきぶさま?」
「ええ。ああ、場所が分からないわよね。そこまで案内するわ」
どこまでも面倒見が良い風の案内により、朔良式部の墓まで辿り着いた。そこは、後宮の裏手にある、木々が生い茂る場所——。一本の桜の木の下に、その女人の墓はあった。
「——朔良式部様。……この御方はね、今の帝様が臣籍でいらした頃の、恋人だった御方らしいわ」
「主上の?」
「え? しゅじょ?」
「あ、ああ! いえ、帝様の恋人だった御方ですか……」
麒麟は、朱鷺が帝になる以前のことは知らない。前の帝——鷲尾院との確執も、ほとんど聞かされてはいない。安穏たる世を目指す朱鷺の哀しみなど、知る由もなかった。
「なぜ、亡くなられてしまったのでしょうか?」
「鷲尾院の母后——桐緒の上様を暗殺されたとかで、朝裁もなく、斬り捨てられたらしいわ」
「そんなっ……!」
「朔良式部様は、桐緒の上様にお仕えしていらした女官様で、現帝様と恋仲であられたことから、鷲尾院による、粛清だったとのことよ。人の世は本当、権力の下、無力なものよね……」
朔良式部の墓の前で、風が髪を耳にかけた。その時、その手首から腕にかけて、一つの刺青が見えた。
「あの、風……その刺青は……」
「え? ああ、違うのよ。これはその昔、付き合ってた男に彫られてね……」
悪い男に引っかかるようには見えない風が、あたふたと取り繕う。
「じゃ、じゃあ、後はお願いね。私は厨に戻っているから」
逃げるようにその場を後にした風に、「ん?」と麒麟が首をかしげる。
「別に刺青なんて、悪いものではないだろうに……」
麒麟は自分の胸元に目を向けた。そこには、帝の瑞獣の証である、麒麟の刺青が彫られている。だが今そこには、女人に扮するため、大量の綿が詰め込まれていた。自分の役目を思い出し、麒麟がそっと息を吐く。そのまま朔良式部の墓前に手を合わせると、
「おれは主上の影、麒麟と申します。後宮にて女人が消える事件真相を突き止めるため、今この場におります。すべてが片付きましたら、また主上と参りますね」と言って、無事に事件が解決するよう、祈った。念入りに墓掃除を終えると、次の仕事に向かった。
藍式部に扮した水影は、朝餉の後、高級女官らが集うサロンへと向かった。そこでは、文学に秀でた女官らが菓子やお茶などを持ち寄り、自分の見解を話している。本来、女官の仕事は、入内した皇后や中宮らの教育係であるが、空の後宮である今、女官同士の権勢うごめく場と化していた。
「——あら? 見ない御顔ですこと。何方の御家柄で?」
扇で口元を隠す、絢爛豪華な女官。サロンの中心に座り、涼しい顔で水影——藍式部に訊ねた。藍式部が五人の女官らの前に座り、恭しく挨拶する。
「昨日より後宮に入りました、藍式部と申します。三条家の外戚に当たる家にございます」
「あら、三条家。それは名門の御家柄ね」
「三条家であれば、当然、記紀にもお詳しいのでしょう?」
他の女官に訊ねられ、「ええ、まあ」と藍式部が遠慮がちに答える。
「古記と書紀、貴方は何方に正当性を感じられるかしら?」
「正当性?」
藍式部が眉を顰める。
「ええ。古記は宮家の歴史を記した書に対し、書紀はこの国の成り立ちを記した書。その何方にも類似点はあるけれど、相違している部分も多くあるわ? 一方が偽書で、一方が正書であるというのが、私達の見解よ」
「成程、左様な見解であられるのですな」
「ですな?」
思わず男言葉が出てしまった藍式部が、「ううん!」と咳払いする。
「失礼しました。何分、初めての後宮で、緊張しているものでして。ほほほ」
取り繕うように笑い、何とかごまかす。
「ならば逆にお訊ね致しますが、貴方様方は、古記と書紀、何方が正書であると思われますか?」
「私達は、古記こそ、正書であると」
「古記が正書……。ならば、此の国の成り立ちを記した書紀は、偽書であると?」
「ええ。やはり宮家の歴史こそ、この国の歴史。所詮書紀は、後付けの他ないわ?」
「ふふ」
藍式部が扇で口元を隠しながら、笑った。その態度に、中心に座る女官の眉間が動いた。
「何がおかしいのかしら? ならば、貴方の見解を窺いたいわ?」
挑発するような態度で、女官が、じっと藍式部を睨みつける。
「そうですわね、私は何方も正書で、何方も偽書であると、そう確信しております」
「はあ? どちらも正書と偽書? どういう意味かしら?」
「そもそも、何百年も昔に記された書に、正当性もクソもありませぬ。その時の権力者の都合よきように描かれたものが、そのまま口伝により、多少脚色されたに過ぎませぬでな。何方も真実を語る一方で、何方も脚色された偽物。後世の者らが正当性云々と言い張るものにはございませぬよ。記紀は、物語として読むが丁度良いのです。そのことは、記紀博士である父上も……っと、はは。何の話をしていましたか、な?」
じいっと五人の女官らが、怖い顔で藍式部の見解を聞いていることに気づき、ごくりと息を呑む。女官らが沈黙したことで、「……ま、まあ、記紀の正当性は置いといて。違う話をいたしましょうか」と、女人の恐ろしさを前に、藍式部が話題を変える。
つーんとそっぽを向き、その場を立ち上がった女官らが、違う場所でサロンを開いた。一人取り残された藍式部が、げんなりと呟く。
「真、女人の維持と張り合いの場よのう……」
幸先が思いやられ、深く溜息を漏らした。
よく分かる相関図〜
満仲→麒麟 「まぁ弟分じゃしな、わしに次いで可愛いと褒めてやらんこともないぞ?」
麒麟→満仲 「いえ、結構でーす」




