三人の公達を連れ戻せ
偽世にて、朱鷺と水影、安孫の三人が、それぞれに縁のある者らと親交を深める。
「——戦で怪我などを負ってはいませんか? 小松」
「はい、母上。某、これでも日の本一の武人、春日道久の嫡男にございますれば、戦で怪我を負うこともありませぬ」
母の前で格好つけたい安孫が、いつになく自信気に言う。
「あらまあ。流石は私の自慢の息子ね」
母——阿尾菜御前に頭を撫でられ、安孫もまた赤面した。
「——ああ! 本当に可愛いわ、わたくしの相槌丸は!」
「母上、私はもう相槌丸ではなく、水影にございまする」
「まあ、水影! みなみなね!」
「みなみな?」
テンション高く水影に抱き着く菫式部に、「……斯様にも母上の感情が高まるとは」と、水影がイメージと異なる母の姿に戸惑う。
一方、朱鷺は久しぶりに両親が揃ったところを見て、感慨深く笑っていた。
「弟、鷹宮もおれば、どれほど喜んだであろう?」
そう呟いた朱鷺に、「ふふ。悪戯兄弟が揃えば、此の地も賑わうわね」と母、紫陽花宮が優美に笑う。
「そうですな。鷹宮も……」
弟の鷹宮は、鷲尾帝時代に臣籍に落とされた時宮と違い、東宮としての地位を与えられた。すべては、祖母——桐緒の上による時宮への嫌がらせであったが、あんなに仲が良かった兄弟は、今ではもう、しこりが残る関係となっていた。
俯く朱鷺の額を、父、夕鶴帝がデコピンした。
「いっ、何をする、くそおやじっ」
「ははは。何じゃ、元気があるではないか。……帝が俯くでない。帝ならば、常に前を向き、笑っておれ」
「傷心にて亡くなった帝が何を偉そうに。されどまあ、痛みを感じるは、生きておる証。生きておれば、いつかは仲直りも出来まするな」
そう言って朱鷺は、ようやく父、夕鶴帝に笑みを向けた。
「——主上は父君とも再会され、真に宜しゅうございました」
遠くから、宮家一家の団らんを見ていた水影が言う。
「羨ましいのですか?」
母に訊ねられ、水影が目を伏せる。その脳裏に浮かぶ、亡き父、晴政との再会が叶わず、ぎゅっと拳を握った。
「亡くなった後も、私とは、話などされたくないのでありましょう」
「そんなはずないでしょう。父上は、いつも貴方を見守っているわ?」
「さあ。それは如何でありましょうな」
悲哀の色を見せる瞳であっても、母に向ける表情は柔らかなものだ。
「水影」
ぎゅっと、菫式部が水影を抱き締める。
「ずっとここで一緒に暮らしましょう? もう二度と、貴方を“視えざる者”の身代わりになどさせてたまるものですか!」
突然母に宣言され、戸惑う水影。
「——小松、貴方もずっとここにいるのよ。貴方は本来、とても優しい子。もう二度と、戦になど出て戦ってはだめよ」
安孫もまた、母に抱き締められ、その胸の中で目を見開いた。
「時宮、貴方もよ。貴方を今なお苦しめようとする者がいる。愛する貴方が不幸になるところなど見たくないわ。だから、ここでずっと一緒に暮らしましょう」
母に抱き締められ、朱鷺もまた困惑した。
三人が母の着物を握り、同時に呟く——。
「……母上」
目を瞑った三人の耳に、それぞれを呼ぶ声が届いた。
「——だめですよ、水影さまっ」
「——こっちじゃ、安孫!」
その声にはっとして、水影と安孫が息を呑む。
「——貴方様がいるべき世は、そこではありませんよ、時様」
背中から上がった懐かしい声に、朱鷺の目に涙が浮かんだ。振り返ろうとするも、ぐっとそれを堪える。姿は見ずとも、それが愛する朔良式部であると分かった。
現世では、満仲が偽世に捕らえられている三人を救い出すため、ひたすら六根清浄を唱えていた。それで黄呂が作り出した偽世に繋がるかは不明であったが、あらゆる可能性を加味し、ひたすらに唱えたのである。
後宮の裏手、木々が生い茂る場所——。朔良式部の墓前に人型の依代を置く。道久とゆうが、ひたすら桜の木に向かい話しかける。
「聞こえておるか、安孫! 今すぐ此方へ戻って参れ!」
「水影さま! ゆうも麒麟様も、水影さまのお帰りをお待ちしております!」
懸命に二人が、偽世に囚われている安孫と水影に話しかける。満仲が六根清浄を唱えながら、朔良式部の墓前に置いた人型に、一縷の望みをかける。
「彼の世と此の世を繋げておるとされる桜の木。もし貴殿が今なお此の世におられるのなら、愛しき帝をお救いされよっ……」
陰陽師としての力を注ぎこむ満仲の顔に、汗がしたたり落ちる。俄かに始まった後宮裏手での騒動に、女官や女中らが集まり始めた。
「男子禁制の後宮に、殿方が忍び込まれるとはっ……! 今すぐ刑部省へ連絡なさいっ」
女官の一人がヒステリックに叫ぶも、「いいえ、その必要はないわ」と冷静な声が上がる。さっと女官や女中らが、現れた二人の女人に道を開けた。
「伊角納言様っ……! ですが、後宮に殿方が入り込むなど、言語道断っ! 許されるはずがありませぬ!」
「あれはね、私達がお願いしたの。『続・後宮物語』の一場面を描くためにね」
「蔓式部様までっ!」
現れた伊角納言と蔓式部。二人の女官は、亡き友、朔良式部の墓前で行われている一大事に、帝やその瑞獣が関わっていることを悟っていた。
「お願い、藍式部を救ってちょうだい」
「愛する帝様を救えるのは、貴方しかいないのよ、朔良」
伊角納言と蔓式部が取り仕切る後宮では、今回の件は、固く口止めされた。




