安孫と満仲のポテンシャル(笑)
春日安孫は、重たい足取りで屋敷に戻ると、どうしたものかと頭を抱えた。
「此の巨体で女官に扮装するなど、罰以外の何物でもないのだが……」
はあ、と大きく溜息を吐いた。そこに、太政大臣、春日道久が現われた。
「如何したのじゃ、安孫。左様に消沈して」
「父上、実は……」
そこで、安孫は洗いざらい父に話した。
「——後宮で女官が、次々と行方知らずになっておる件か。其れについては、わしの耳にも届いておる。そうか、主上が事件解決に乗り出されたか……」
道久が険しい表情で、顎に手を寄せる。
「父上から主上に進言していただけませぬか。我が嫡男に、女装は酷であると」
「安孫よ……」
「は。父上」
安孫が頭を垂らし、父の言葉を待った。
「女官に扮するのであらば、わしが施してやろう」
「……は?」
思いもよらない父の言葉に、安孫の表情が固まった。
「わしがそなたを美しい女官にしてみせると言うたのじゃ」
「父上が某を……? いやそれ以前に、太政大臣が何ちゅう台詞を仰せかっ」
「まあ、見ておれ、安孫」
そう言って意気揚々と、道久が女中に化粧道具一式を持ってくるよう、命じた。
縁側にて、安孫が道久から化粧を施されている。ただじっと、目を瞑って完成を待つ安孫の脳裏では、(この化粧道具一式は、何処から持ってきたものぞ? まさか父上の私物にあらぬだろうな)と、日の本一の武人と名高き、父への疑惑がめぐっている。
「よし、完成じゃ。鏡を見るが良い、安孫」
父に促され、安孫が手元の鏡を覗く。そこには、どうにか頑張った跡が見えるも、やはり見るも堪えない、巨漢の化粧姿があった。
「ぶふっ、す、すまぬのう、安孫。何じゃ、遠目にて薄っすらと見る分には、そのう、う、うつくしい、でなっ……」
今にも大笑いしそうな父の姿に、「一層、笑い飛ばしてくだされ」と安孫がジト目で言う。
「ううむ、おかしいのう。そなたの母、阿尾菜御前は、それはそれは美しい女人であったのじゃが、なにゆえか、おかしいのう」
真剣に悩む道久に、「はは。何を悩まれますやら」とテンションの低い安孫が、「父上が血のせいにございましょう?」と空笑いしながら、言った。
「む! わしとてその昔は、おなごらにきゃあきゃあ言われておったのじゃぞ! まったく、親に向かってなんじゃ、その物ぐさな態度は。……まあ、何はともあれ、それがそなたの限界じゃ。思う存分、主上に笑われて来るが良い」
潔い道久の言動に、「はああ」と安孫が項垂れる。道久が用意した女房装束を着て、安孫は足取り重く、主の下へと向かった。
同じころ、不動院満仲もまた、女官に扮していた。召喚した式神——十二天将の一人、麗しい天后の化粧によって、今まさに、絶世の美女官が誕生しようとしていた。……が、満仲がつらつらと述べる要望に、天后も次第に苛立ちを隠せない。
「肌は白粉にて透き通り、瞼と目の周囲には栗色の顔料にて影を出し、薄桃色の頬紅と、真っ赤な紅を差すことで、絶世の美女の完成じゃ。まあ、素となる顔が良いでな。化粧など薄くても良いのじゃが、彼奴らにぎゃふんと言わせしめるためにも、ちょい濃いぐらいが良かろう。ふふ。きっと主上も、女官姿のわしに惚れるじゃろう。三条のの悔しがる表情が目に浮かぶわ」
絶対の自信を持つ満仲に、とうとう天后がプツンとキレた。主の要望通り、ポンポンポンと、一層濃い化粧を施す。
「お、おお、天后よ、此れ以上はもう良い……!」
慌てて満仲が制止し、つーんと天后がそっぽを向く。
「まったく、やりすぎにも程があるでな。まあ良かろう。どれ、鏡にて我が仕上がりを見せてみよ」
不愛想な天后が、満仲に鏡を向ける。
「ふふ。どれどれ、可愛い可愛い満子の誕生じゃな」
上機嫌に鏡を覗いた満仲の目に、信楽焼のたぬきそっくりな自分の顔が映る。
「ぎゃふん! なんじゃこれは!」
「ふふ。たぬ子ちゃん」と、天后が「ぷぷぷ」と笑う。
「誰がたぬ子じゃ! 地味に嫌がらせするでないわ!」
ぷいっとそっぽを向いて、天后がドロン!と消えた。
「こらっ、勝手に術を解くでないわ!」
もう一度天后を召喚しようとするも、術札がブルブルと震え、大きな抵抗を見せる。
「くそう! 式神の分際で生意気な! もう良い! これで参内してやるわ!」
開き直った満仲は、本当にそのままの姿で、朱鷺の下へと向かった。
よく分かる相関図〜
水影→安孫 「武官は黙って文官の言うことに従うておれば良いのです」
安孫→水影 「ううむ。幼き頃よりの間柄、されど水影殿がことは今でもようわからぬ」




