陰陽師対決
清涼殿の庭にて、二人の陰陽師が対峙している。かつての二大陰陽大家、不動院家の満仲と、今では没落した東雲家の遺児、黄呂である。互いに呪力を高め、呪文を唱える。
「——我が名に於いて、此の地に召喚せん! 西方より出で、その咆哮を上げよ、白虎!」
「無上霊宝、神道加持、遍く地より我を守護せよ、那智天狗!」
それぞれが式神を召喚し、白虎と那智天狗が対峙した。主の代わりに、虎と天狗の熾烈な戦いが始まった。火を噴く白虎に対し、空中から疾風にて攻撃する那智天狗。
「御前は四神ばかりを召喚するな。成程、未だ他の十二神将は使いこなせておらぬと見た」
「ふん。なに、斯様な低級な争いの場に、十二神将は相応しゅうないだけのことじゃ。御前など、白虎ひと噛みで十分ぞ」
満仲が手で白虎に指示を出す。迅速に白虎が那智天狗に噛みつこうとするも、さっと避けられ、悔しさから一つの咆哮を上げた。
「疾風迅雷の那智天狗には、白虎の攻撃など止まって見えるぞ?」
余裕の表情で黄呂が十字を切り、那智天狗に指示を出す。火を噴く攻撃に対し、疾風が白虎を襲う。その風迅は刃となって、白虎の四肢を斬り付けた。
「——白虎の火と天狗の風では、東雲殿の方が優勢にございまするな」
朱鷺の隣から、水影がこの式神対決を冷静に分析する。
「ふむ……」
朱鷺もまた、二人の陰陽師対決の行く末を、冷静に見極めんとしていた。
「——まだ征けるな、白虎」
まだまだ余裕の表情で、満仲が白虎を鼓舞する。咆哮を上げた金瞳の白虎が、那智天狗の正面から火を噴くも、またもやその攻撃が当たることはない。どこまでも俊敏に空を駆ける那智天狗が、今度は雷にて攻撃した。
落雷が白虎を直撃し、その場に崩れ落ちた。
「っち! 雷をも操るかっ……」
「っふ。勝負ありだのう、葛若」
冷笑を浮かべる黄呂に、満仲が徐に訊ねる。
「……その式神は、あの大天狗を象ったものか?」
「ああ。本物は偽世におるがな」
「偽世じゃと? なんじゃ、それは」
「ふん。おれに勝つことが出来れば、教えてやろう」
「っち! どこまでも小賢しいのう、東雲はっ……!」
怒りから、満仲が天地陰陽の構えで、白虎に最大限の力を注ぎこむ。パチッと瞼を開けた白虎の金瞳が青く染まり、天翔ける獣として那智天狗の喉に食らいついた。その姿は先程までの神獣ではなく、猛獣としての血が騒いでいるように見える。
「くそっ!」
致命傷となる前に、黄呂は那智天狗の式神召喚を解いた。ポンっと白煙と共に消えた那智天狗により、この勝負、見事白虎が勝利を収めた。
「——やった! 霊亀様の勝ちですね!」
麒麟の喜ぶ声が届き、満仲がしたり顔で笑う。
「ふん。口ほどにもないのう、八千代」
「御前が四神を使役する理由は此れか、葛若! 神獣を野獣化させるなど、それでも貴様、天地開闢以来続く陰陽師の末裔か!」
「左様。わしこそが呪術師が最高峰——天才陰陽師、不動院満仲よ」
声高らかに笑った満仲に、黄呂が悔しがる。ぎりっと奥歯を嚙み締めるも、ふっと笑った。
「何とも愉しそうだのう、葛若」
その言葉に、先程まで笑っていた満仲が真顔となる。
「……愉しそう、じゃと?」
「ああ。御前はいつも、愉しそうだ……」
黄呂が下向き加減に笑った。ぐっと拳を握った満仲が、ずんずんと黄呂に近づいていく。
「わしが愉しいじゃと? 御前の眼は何を見ておる? 御前の耳は何を聞いておる? わしはなぁ、ずっと、ずっと御前に腹を立てておるのじゃぞ!」
満仲が黄呂の襟元を掴み、ぐぐっと自分の方に引き寄せた。
「何故あの時、逃げなんだ! 大天狗は最期、御前に何を託した!」
いつになく感情剥き出しに、満仲が黄呂に怒りをぶつける。その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「葛若……?」
目を丸める黄呂の脳裏に、大天狗の最期の言葉が蘇った。
『……何度も言わせるでない、黄呂。逃げよ。おぬしは、生きるのだ』
パチパチと黄呂が瞬きをする。襟元を掴んでいた満仲の頬に、一筋の涙が流れた。
「……葛若?」
「——東雲殿……」
満仲の真意が分かるからこそ、水影は、そっと瞼を閉じた。
「自らの手で、因縁を断ち切るか、満仲」
ようやく真相が見えてきた朱鷺が、満仲に終局を託す。
「普段はおちゃらけておりまするが、真は、誰よりも死生観の強い男にございまするからな、満仲は」
微笑む安孫に、水影の冷淡な視線が向けられる。安孫の隣に立つ朱鷺が、こちらの真相も突き止めた。
「……安孫、そなたが偽者だな。本物の春日安孫は、満仲がことは、まんちゅうと呼ぶでな」
「なっ、なにを仰せにございまするか! 某は正真正銘、春日安——」
その影から、麒麟が短刀で安孫に斬りかかる。思わず手の甲で受けた斬り傷から、つうーっと血が流れた。安孫の狼狽ぶりに、麒麟もまた冷静に言う。
「本物の九尾様なら、おれの攻撃にいち早く気づかれるはず。本物なら、こうも簡単に血を流したりはされない方ですよ、九尾様は!」
「左様。その阿呆面をお改めあれ、偽者殿。本物の春日安孫は、もっと頓馬面にございまするぞ」
水影に上から嘲笑され、ぐっと安孫の顔に悔しさが滲む。
「如何やら、水影も麒麟も、そなたが偽者であると気づいておったようだのう」
意味深く朱鷺に笑みを向けられ、「当然にございまする」と水影が言う。
「おれたち、何となくですけど、お互いにお互いのことが分かるんです。それが絆とかいう大それたものかは分かりませんが、今回も、何となくそうかなって」
「流石は我が麒麟。やはりそなたは聡明だな。されど、さすれば早う教えてくれれば良かったものを」
「っふ。それでは、主上がつまらぬでございましょう?」
水影もまた、意味深く朱鷺に笑みを向けた。やれやれと朱鷺が両手を上げる。
「何とも、我が瑞獣は愉快な連中ぞ」
そう笑みを浮かべた朱鷺であったが、ゆっくりと偽者に目を向けた。
「それで、本物の春日安孫は、返してくれるのであろうのう?」
真顔となった朱鷺が凄む。偽者と見抜かれた安孫が、黄呂の下へと走っていった。
「——ああ、見抜かれてしもうたか。流石は主上。我が愛しい君よ」
満仲と対峙していた黄呂が、儚げに笑う。
「斯様な馬鹿げたことはしまいじゃ、八千代。我が真友、安孫のすけを返せ」
「ふん。真友か。おれのことは、一度たりともそう呼んだことなどないくせに」
「なっ! 御前と真友など、真っ平御免じゃ!」
「そうか。ならばもう良い。おれは偽世にて、おれの理想の世を作るのみぞ」
黄呂が清涼殿の縁側に立つ朱鷺に目を向けた。その隣に立つ水影のこともまた、偽世から呼ぶ声がした。偽者の安孫がドロンと消えた。
「なっ! 安孫のすけ!」
「偽世にて、懐かしき方々と愉しく暮らしましょうぞ」
その言葉を最後に、黄呂が朱鷺と水影を道ずれに、同じく姿を消したのである。




