満仲の証明
翌朝——。
最後は、霊亀——不動院満仲。
「——という訳で、三人が本物であることからして、そなたが偽者であると確定した。何か申し開きがあるならば、十を数えておる内に申すが良い。十、九——」
「あんまりにございまするううう!」
あまりの理不尽に、満仲が御簾の前で突っ伏して泣く。
「……ならば満仲、そなたは如何やって自らが本物であると証明するのか?」
朱鷺に訊ねられ、満仲が鼻を啜りながら顔を上げた。うるうるの瞳で、あざとく首をかしげる。
「わたくしめの可愛さで以って——」
「却下。そなたが偽者で確定ぞ」
さっと立ち上がった朱鷺に、満仲が焦りを見せる。
「お、お待ちあれ、主上! 今すぐ証明してみせまするっ……」
あたふたと懐から札を取り出すも、これでもない、あれでもないと、次から次に札を捨てていく。
「あ、ありましたぞ、主上! 此れにて証明してみせまする!」
そう言って、一枚の札を手に取り、陰陽の構えでポンっと白煙を上げた。煙が晴れ、その場に絶世の美女——羽衣装束を着た、うら若き天女が座っていた。
「なっ、満仲、この女人はっ……!」
「左様。この天女こそ、主上が恋して止まぬ、羽衣伝説の天女にございまする」
「おおっ! 流石は満仲。我が理想の天女に化けるとは、それでこそ我が瑞獣ぞ」
「なに。主上の好みの女人は、此の不動院満仲であらば、知っておって当然にございますれば! ……此れにて、我が本物たる証明となりますかな?」
天女に化けていても、真面目な顔つきで言葉を発する満仲に、朱鷺は、その瞳の中に真を見た。
「ああ。その瞳、俺の知るそなたの真よ。ゆえに、そなたは真の不動院満仲ぞ」
術式を解いた満仲が、満足気に笑う。朱鷺の好みの女人にドンピシャに化け、満仲は、自らが本物であると証明してみせた。
こうして、四人の瑞獣がそれぞれ本物であると証明してみせたことから、朱鷺が「うーん」と頭を抱えた。紫宸殿の中で右往左往する朱鷺が、「全員本物ではないか!」と憤る。その背後に控えていた安孫が、恐る恐る訊ねた。
「主上、まさか分からぬと?」
「分からぬ! 分かるはずがない!」
いっそう潔く、朱鷺が言い放った。
「な、ならば如何なされます? 回答期限まで、残り三日にございますれば、分からぬ以上、降参する他ありませぬが? 黄呂殿を瑞獣に加えられまするか?」
「それはっ……。負けを認めるは、我が性分に合わぬっ……」
「然らば、偽者を見つけ出す他ありますまい」
「それが分からぬゆえ、困っておるのであろう」
朱鷺が深く鼻息を漏らした。
「水影もそなたも麒麟も満仲も、賢明で勇猛で聡明で愛らしい、いつもと変わらぬ我が瑞獣ぞ。されど、此の中に一人、偽者が混ざっておる。それを見つけ出さねば、本物は一生帰って来ぬ。其の者は、彼の世と此の世の狭間で、自らが生きておるか死んでおるかも分からず、永遠に夢心地のまま、彷徨い続けることとなる……」
黄呂の言葉を、この場で朱鷺が復唱した。
「彼の世と此の世の狭間、のう……」
「左様な場所が、真にあるのでありましょうや?」
「さてな。されど、本物は今、其処に居る。救い出さねば、永遠の時を彷徨い続けることになるでな」
紫宸殿から庭に出た朱鷺の後を、安孫が続く。
「東雲黄呂とは、一体何者でありましょうや?」
「ふむ。東雲……。彼奴の言葉には、些か引っかかるものがある」
朱鷺が黄呂の言葉を思い返した。
『——またしても、主上は、私を見ては下さらぬのかっ……』
「……またしても、と彼奴は言うた。またしても……。俺は彼奴と、何処かで会うておるということか?」
「されど、二大陰陽大家が一つ、東雲家は、かつて不動院家と陰陽頭の地位を争い、敗北したことで衰退した御家。満仲も存ぜぬとあらば、主上が幼い時分に御会いされておいでかと」
「幼い時分のう。あまり、良い思い出がないが……。陰陽師がことは、陰陽師に訊く他あるまい。安孫、今すぐ満仲を連れて参れ。彼奴もまた、何かを隠しておるように思えてならぬ」
「御意」
満仲を呼びに行く安孫の背中を、朱鷺がじっと見つめた。
「……満仲、のう」