安孫の証明
翌朝——。
次は、九尾の狐。春日安孫。
「——さて、安孫。今日はそなたと遊ぶぞ」
春日家の屋敷の庭で、元気いっぱいの朱鷺が言う。
「主上……。まだ朝餉も食べておらぬ時刻にございまするが……」
朝日と共に訪問してきた朱鷺に、眠気眼の安孫が言う。
「いやな、そなたと何をして遊ぶか考えておったら、居ても立ってもおられぬようになってな。こうして明け方に春日家を訪ねてしもうた。さあ、安孫。俺と遊ぼうぞ」
「遊ぶと仰せになられても、一体何をして遊びましょうや?」
目をこすりながら、安孫が訊く。
「そうさなぁ。……のう安孫、そなたは日の本一の武人と名高き、春日道久の嫡男ぞ。そなたもまた、武勇の誉れ高き武人。父の跡を継ぎ、日の本一の武人と称されておろう? ならば、俺と一戦交えようぞ」
「一戦交えるとは……?」
「決まっておろう、安孫。剣術仕合ぞ。さあ、木刀を構えよ、安孫」
そう言って、朱鷺が岩陰に隠していた二本の木刀を手に取った。一本を安孫の方へと放り投げる。
「なっ! 剣術仕合など、危のうございますればっ……!」
「なぁに。死ぬわけでもなかろう。我らの得手とする剣術ぞ。それとも何か? そなたは日の本一の武人、春日安孫の偽者か?」
じっと見据える朱鷺に、安孫が拳を握る。そうして足元に転がっていた木刀を手に取ると、「某は、忠告致しましたぞ」と主相手に対峙した。
「何とも愉快だのう」
嬉々として、朱鷺もまた木刀を構える。
「さあ、何時でも来るが良い、安孫」
「ならば、御免っ……!」
安孫が斬りかかり、それを朱鷺が受け止める。巨漢の重たい攻撃にも、朱鷺は笑って鍔迫り合いを行った。
「……のう安孫、そなたら武家は、何のためにある?」
「我ら武家は、主上のためにありまする!」
「そうだのう。そなたであらば、そう答えるであろう。だがな、俺は、武家は我が民のためにあって欲しいと願うておるぞっ……!」
力いっぱいに安孫の木刀をいなし、その首筋に己が刀を突きつけた。ぎょっとした安孫に、朱鷺がふっと笑う。
「俺の勝ちぞ、安孫」
敗北した安孫であったが、それでもそっと笑みを浮かべ、言った。
「流石は主上。御強うございまするな」
「うむ。されど、物足りぬなぁ。さあ、安孫。もう一戦交えようぞ」
「えっ? 二度にございまするか?」
「ああ。そなたが本物の春日安孫であらば、幾戦であっても、交えることが出来よう?」
「うむむ……」
「如何した、安孫。よもや、そなたが偽者か?」
挑発的な主の言動に、安孫の武人としての血が騒いだ。再び木刀を構え、「我が武勇にて、我が身が本物であると、証明してみせまする」と力強く笑った。
「それでこそ、我が瑞獣ぞ」
そうして朝から晩まで仕合を行った結果、朱鷺の方が先に体力が尽きた。上がる息で言う。
「流石は、日の本一の武人と名高き、我が九尾の狐ぞ。その武勇、真の春日安孫に、相違ない」
「はは……。信じて頂き、恐悦至極にございまする。されど、……疲れましたな」
安孫も上がる息であるものの、主に武勇の誉れを認められ、自らが本物であると証明してみせた。