帝と瑞獣と即位一周年記念
注意:この物語は、「ヘイアン公達月交換視察~帝が王妃を妃に迎えるまで~」のスピンオフ作品です。
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鷲尾帝の臣籍に下り、冷遇され続けてきた時宮——朱鷺が帝に即位し、一年が経った。記念すべき即位一周年の記念式典には、彼の側近である四人の瑞獣(帝の守護者)らの姿もある。
優れた知恵でもって帝を導く鳳凰——三条水影(幼名:相槌丸)。名門貴族、三条家の次男として生まれ、六位蔵人、式部少丞として、文官衆きっての知識を持つ。冷静沈着であるものの、好奇心旺盛であり、舞や歌にも精通した、涼しげで綺麗な顔立ちの若者である。
帝の守護神であるも、主に徳なきと判断すれば、牙をむく九尾の狐——春日安孫(幼名:小松)。日の本一の武人である、太政大臣、春日道久の嫡男である。自身もまた、従五位下、兵部少輔として武勇の誉れ高く、筋骨隆々とした色男である。
仁ある王の前に現れるとされる麒麟——生まれついての名はなく、都の浮浪児から帝の影となった男。時の帝相手に、臆することなくものを言った、聡明で愛嬌に溢れる若者である。水影を師と仰ぎ、帝の影となるべく、目下勉強中である。
未来が吉兆を占えてこその霊亀——不動院満仲(幼名:葛若)。自らを天才陰陽師と称するも、陰陽寮と禁中の闇を一掃すべく、その機会を虎視眈々と狙っている若者。安孫とは生まれついての幼馴染であり、瑞獣きっての自惚れであるが、可愛いの座は誰にも譲らない。
そんな個性豊かな四人を従えている、若き帝(幼名:時宮)——自らを都造朱鷺と名乗り、眉目秀麗、武芸十八般を体得した、歴代最高峰の帝。美女らとの色恋沙汰を好むも、確かなカリスマ性を持ち、多くの臣下らから支持されている。隠岐に幽閉された叔父であり、幼子である鷲尾院とは、未だ確執が埋まることはないが、自らの世を安穏へと導くため、民の幸せを一番に願っている。
即位一周年の式典も無事に終わり、朱鷺は臣下らと共に、一息ついた。
「無事に式典を迎えましたること、我ら一同、謹んでお慶び申し上げまする」
水影が朱鷺の前で平伏し、それに安孫や麒麟、満仲が続いた。
「ぐっ! 何故三条のが仕切るのじゃ! 真、あの男だけは嫌いじゃ!」
水影に並々ならぬ対抗心を持つ満仲が、腹の底からの苛立ちを安孫にぶつける。
「まあ、此の中では、水影殿が一等先に、主上の臣下となられたでな。そう苛立つでない、まんちゅう。それに今日は、主上が帝即位一周年の記念すべき日ぞ。共に、素晴らしき主上が世を祝おうではないか」
「そうですよ、霊亀様。そうカリカリされていては、主上から可愛く思ってもらえませんよ」
平伏した状態で安孫と麒麟に言われ、「分かっておるわい!」と、満仲が不満げに顔を上げる。
「如何した、満仲。やけに苛立っておるのう」
目の前で秀麗な朱鷺に笑われ、「ううっ」と満仲が涙をためる。
「しゅじょ~、瑞獣が中で、わたくしめが一等可愛いでありましょ~?」
「っふ。毎度毎度、満仲殿は、自らの御姿を鏡でご覧になられたことはないのですかな? ご案じ召されるな。貴殿は、美しい公達ですぞ」
涼しい顔で満仲を褒める水影に、
「気色悪いことを申すでない、三条のっ! 貴殿がわしを褒めるなど、何を企んでおるか!」
「んー? 別に何も企んではおりませぬが。されど、これだけは言わせて頂きまする。主上が一等可愛く思われておいでなのは、此の私にございますれば」
「ななっ! 嘯くでない、三条の! 主上が一等愛らしく思われておいでなのは、紛れもなく此のわし、不動院満仲ぞ!」
「おや? 主上がいつ左様なことを仰せになられたか?」
「ぐぐっ! 主上は我ら瑞獣がことを、“賢明で、勇猛で、聡明で、愛らしい”と称されたのじゃ! それが瑞獣になった順であるならば、賢明は鳳凰、勇猛は九尾の狐、聡明は麒麟、そうして愛らしいこそ、我が霊亀がことぞ! ゆえに、わしこそ一等愛らしい存在なのじゃ!」
「だからそれは、聡明と愛らしいは、麒麟がことと申したはずですぞ?」
「何故麒麟だけ二つも称されるのじゃ! 不公平じゃろう! 左様にございまするよね、主上!」
「ははは。満仲、そなたはちと黙れ」
「またそれー!」
毎度毎度のお約束に、安孫と麒麟が「はああ」と溜息を吐く。一通りのやり取りが済んだところで、朱鷺が杯を片手に、見事な満月を見上げた。
「ああ。月は真、美しいのう」
我が世の春に、朱鷺が月を見て、酔いしれる。
「あまり月を直接見るものにはございませぬぞ、主上」
背後に控える安孫が、朱鷺に忠告した。
「何だ、安孫。そなたも月を、不吉なものと捉えておるのか?」
「……それが、古よりの伝承にございますれば」
「なぁに。大昔に起きた月との大戦がことなど、たかが創作に過ぎぬであろう? それこそ、神代の逸話を書き記した記紀と同じぞ。のう、水影」
「左様にございまする」
「なっ、水影殿! 貴殿が三条家は、代々記紀を研究されてきた御家柄。それを創作などと無下にされ、御怒りにならぬのか?」
「別に、私は記紀が研究など、どうでも良いのです。それよりも、大昔の月との大戦の方が、探求心をそそられまする。それが真でないにせよ、何故左様な創作が生まれたのか、その謎を紐解く方が、よっぽど情熱を注ぐことが出来まするでな」
「よう申した、水影! それでこそ、我が鳳凰ぞ。いつか共に、あの月へと昇ろうぞ。さすれば、その謎も解けよう」
朱鷺が思いを馳せて、満月を見上げる。二人の夢物語に、やれやれと安孫が吐息を漏らした。そんな安孫に、酔っぱらった満仲が絡む。
「我が真友、安孫のすけは何処じゃ~! 此処におったか~!」
安孫の背中に抱き着いた満仲が、しれっと水影に羨ましかろうと、上から目線で示す。それにイラっとした水影が、「ほーう?」と、その顔に影を落とした。
「まんちゅう! 御前はまた、左様に酔っぱらって! 都を妖から守る天才陰陽師が酔っぱらっておっては、いつ最強の妖が都に入って来るとも分からぬぞ! 最強の陰陽師らしく、しっかりせんか!」
「うるさいのう、安孫のすけは~! のう麒麟。九尾は、口うるさい男じゃろう?」
「え? いやぁ、おれはそう思ったことは……」
「嘯くでない、麒麟よ。日頃の武芸指南の折、安孫のすけから、こっ酷くやられておるじゃろうが」
「やられてるって、言い方がもう……」
「安孫のすけは、手加減と言うものを分かっておらぬでな。まったく、日の本一の武人は、これだから困るのじゃ」
「なっ……! 某は麒麟が一日でも早う、主上が影となるべく鍛えておるだけでっ……! そういうまんちゅうこそ、所作全般の指南の折、上手く事が進まず、式神を乱発させておるではないか!」
「ああ、確かに。宮中行事の所作を教えんとするも、麒麟に上手く伝わらず、勝手にキレて、勝手に式神を召喚させておるのをよう見るのう。すべては、満仲が指南下手というだけだろうに」
麒麟を不憫に思う朱鷺の指摘に、「ぶふ!」と水影が吹いた。
「なんじゃあ、三条の! 何が可笑しいか!」
「別に、笑うてなどおりませぬ。ただ、満仲殿が指南下手っ……ふふ、そこで式神を召喚しても、何の意味もなかろうにっ、ふふっ……」
「おもっくそ笑うておるではないかああ!」
満仲が指南時同様、ぶちギレた。
「まあまあ、霊亀様。落ち着いてください。おれは霊亀様が指南してくださるおかげで、色々と学べているんですよ。式神の召喚方法とか、手懐け方とか」
「ぶふっ!」
水影と安孫が同時に吹いた。
「貴殿は何を麒麟に指南されておいでかっ……! 麒麟は、陰陽師になるのではありませぬぞ!」
「分かっておるわい! まったく、嫌味なやつじゃ! 何を今も笑うておる、安孫のすけ! 御前はわしの真友じゃろう! 三条のと仲良くするでないわ!」
ぎゃあぎゃあ喚く満仲に、「嫉妬はよくありませぬぞ、満仲殿」と、今度は水影が安孫の腕を掴み、その体に寄り添う。
「ぎゃあああ! 今すぐ安孫のすけから離れよ、三条の! わしの真友を取るでないわあああ!」
騒々しい声が宮中に響き渡る。そこに、ずんずんと近づいてくる、一人の公達。
「いつまで騒いでおる! ガキはさっさと床に入らぬか!」
「ぎゃふん!」
公達——春日道久は、満仲にだけ拳骨を落とし、スタスタと仕事に戻っていった。その一連の動作を黙って見ていた、他の面々。
「相も変わらず、貴殿の御父上の迫力は凄まじいですな、安孫殿」
「あの拳骨で黙らぬ者はおりませぬゆえ……」
「霊亀様、かわいそう……」
「彼奴の場合、自業自得だな」
水影、安孫、麒麟、朱鷺が順番に言葉を発する中、満仲だけは沈黙した。そうして一人隅に座り、ずーんと落ち込む。
「なにゆえじゃ、なにゆえわしがいつも、斯様な役回りをせねばならぬのじゃ……」
「れ、れいき様、ほら、今日は主上の即位一周年の記念日なのですから、皆で楽しく過ごしましょう!」
見かねて、麒麟が満仲を元気づける。
「わーん! 麒麟だけじゃ、わしの真友はー!」
麒麟の膝に抱き着いた満仲に、「え? 違いますけど」と、きっぱりと麒麟が否定した。
「……」
再び隅に戻った満仲を見て、「其れは駄目だ」と、安孫と水影が麒麟の肩に手を乗せ、「めっ!」と首を横に振る。
「——とまぁ、一悶着ありはしたが、こうして皆と即位一周年の記念を迎えられたことを、喜ばしく思うておる。これからも頼むぞ、水影」
「御意にございます」
「安孫」
「御意」
「麒麟」
「麒麟は主上と共にありまする」
「満仲」
つーんとそっぽを向く満仲に、やれやれと、朱鷺がその性分を逆手に取る。
「俺の一等愛らしい霊亀よ、頼むぞ」
「ぎょいいいい!」
目を煌めかせ、満仲が返事をした。それでも朱鷺は、力強く頷いた。水影は疲労の吐息を漏らし、安孫は調子が戻った真友に安堵し、麒麟も何だかんだで微笑ましく思った。
その場がお開きとなり、朱鷺が自室へと戻っていく中で、徐に満仲が訊ねた。
「主上は近頃、しかと眠れておられますかな?」
「何だ、満仲。急に如何した?」
「少々、気になったもので……」
それまでひょうきんな役回りをしていた満仲に、朱鷺が本来の性根を見る。
「……真、我が瑞獣は、愛らしいのう」
そう小声で呟くも、「大事ない。俺は何処であろうとも、眠れる性分なのでな。案ずるな、満仲」と、その憂いを取り除いた。
スピンオフ作品については完結まで書き終えています。本編を含め、ご意見ご感想等頂けましたら、大変励みになります!