置き忘れたままの帽子
私は幼い頃に、雪山の中で遭難した事がある。子供の体力と身長での遭難は、生命の助かる見込みは薄い。
雪山を歩くだけでも難しく、少しでも吹雪けば体力を失い、雪の中に埋もれる。
本人は雪山から出ようと頑張っているつもり。しかし雪景色と裸の枯れ木の不気味さに、子供ながらもう駄目だと思った。
――――――寒くて、怖くて、震えが止まらなくて、もう動けないと思った。
偶然だったのか、私が倒れ込んだ場所にはお地蔵さまがあった。雪の吹き付ける中でも、石像の肌が何故か温かく感じた。
私は疲れきっていたので、お地蔵さまの隣に崩れるように座りこむ。寒さを凌ぐため、お地蔵さまに抱きつき、いつしか眠ってしまった。
――――気がつくと、私は病院のベッドに寝かされていた。母親が泣いて抱きしめてくれた。
大人になってわかったのは、あの雪山の中のお地蔵さまは、地熱で暖かい場所だったそう。
地震など起こると温泉が湧き出すこともあるらしい。ただ温泉のお湯によって、雪山の雪が溶かされ危険もあるのだそう。実際何度かの雪崩でなくなった人がいる。
お地蔵さまは温かいので、雪に埋もれても、すぐに雪の中から顔を出すそうだ。
私を助けてくれたのもお地蔵さまに抱きついたのが良かったらしい。温かいお地蔵さまの熱が、厳しい冷えから守ってくれたのだと思う。
私はお気に入りの帽子を、お地蔵さまの所に置き忘れた。
暖かい季節になって雪が溶けた後に母親に頼んで、お地蔵さまに会いに行ってみた。
私の帽子はお地蔵さまがしっかりと被っていた。お地蔵さまも気に入ったみたいだね。
同じ帽子を買ってもらい、私は次のは雪の降る前にお地蔵さまの所へ、やって来た。それからちょっとした登山が恒例になった。
五年も経つと一人でも来れるようになった。帽子も古くなったから新しい帽子を贈る。
――――さらに五年が経った。社会人になれば、きっとこうしてお地蔵さまに感謝をしに通う事は叶わなくなると思う。
私はアルバイトをして貯めたお金で、お地蔵さまの好きそうな帽子を買えるだけ買った。
そして何かでもらった大きめの三日月堂の和菓子の缶にまとめて入れた。
そろそろ雪が降り始める。私は急いで山に登り、帽子の詰まった和菓子の缶をお地蔵さまの後ろに穴を掘って埋めた。
雪山で色んな帽子を被ってはしゃぐお地蔵さまの姿を見ると、雪崩が起きると言われたのはそれからだ。
雪山に起きる不思議な事件はこの先もまだ続くのだろう。
お読みいただき、ありがとうございました。この物語は、なろうラジオ大賞5の投稿作品となります。
ジャンル迷いましたがホラーでもなくて、人間ドラマではないので、純文学にしました。
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