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残光  作者: ラーさん
6/10

カマルムク

「何が起きている!?」


 カマルムクは敵の左翼を迂回しようとした先行部隊の動きが突然止まり、勢いを殺せずにぶつかった後続部隊と玉突きの混乱を起こしたことに困惑の声を上げた。


「何かの罠のようです! 敵が逆襲してきています!」


 親衛の一人が悲鳴染みた声で状況を報告する。カマルムクは槍と盾の壁のような敵の陣列が「マラバシュターン!」の喊声(かんせい)とともに動くのを見た。この陣列に衝突した部隊は混乱のせいで反撃も後退もままならず、まさに壁に押し潰されるように蹂躙されていく。


「下がれ、下がれ! 距離を取って射かけながら態勢を立て直す!」

大首長(トゥーラントゥール)!」


 大慌てに指示を飛ばすカマルムクに別の親衛が声を上げた。


「こちらの左翼の様子が!」


 目を移せば左翼を任せたムカリの将旗が妙な動きを見せていた。何かに押されるように中央のボロルタイの将旗へと近づいている。そしてこれに呼応するように敵の右翼からも「マラバシュターン!」の喊声が聞こえてきた。右翼と同様に、敵の何らかの策で混乱を起こしていることは明らかだった。この右翼と左翼の混乱に、間に挟まれた中央にも動揺が広がっている。カマルムクは「なぜ?」という思いとともに、この劣勢から漂い出す敗北の気配にぞくりと身を震わせた。

 ガルマル人は力を尊ぶ。勝者は讃えられてすべてを手にし、敗者は蔑まれてすべてを失う。すべてを失うのだ。ガルマルの一部族の首長の子に生まれ、首長(トゥール)の座を争う兄弟を殺し、競合する大草原(ソルガ・サライ)の全部族を制し、首長の中の首長(トゥーラントゥール)の座に登り詰めたこれまでの人生のすべてが、この一戦の敗北で失われるのだ。


「まだだ、まだ……!」


 自身が追い詰められていることに気づいたカマルムクは、必死に挽回の方策がないか頭を巡らせた。

 そのときカマルムクの視界に、黄金の日輪の意匠を赤い戦塵の中に翻すバシュタイル軍の大将旗の姿が映った。


「皇帝を討てば――」


 すべては覆る。


「ボロルタイには左翼を支えさせろ! 右翼は二手に分かれて拘置と迂回で前に出てきた敵を乱せ! その間隙を私が突く!」


 想定外の劣勢による動揺の中で忘れていたことをカマルムクは思い出した。自分がこのサルテパトという僻地の荒野にまでやって来たのは皇帝を討つためだ。その首が勝利の証であるためだ。勝つ。勝つのだ。皇帝を討ち取れば勝てるのだ。この劣勢を覆し、勝者として英雄(ハイバヤーン)になれるのだ。

 カマルムク麾下(きか)の右翼の精鋭は、彼の指示通りに敵の前進を食い止める前衛部隊と、敵の陣列を横に引き伸ばすための迂回部隊の二手に分かれた。陣形の混乱と再編により輪鎖陣(アルバダ)による無尽蔵のような連続射撃が出来なくなった前衛の兵は、手持ちの弓矢が尽きると抜剣下馬してバシュタイル軍の槍衾(やりぶすま)を掻い潜っての近接戦闘に挑んだ。彼らの奮闘は甚大な被害を出しながらも敵の前進を押し止めた。この間に迂回部隊の動きで右へ右へと誘導された敵の密集陣形の陣列には僅かな亀裂が生じ始めていた。

 カマルムクは鷹のような目で、この亀裂を捉えて叫んだ。


赤き鷹(ガルマル)の戦士たちよ! 土いじり(ダーダ)どもの皇帝はそこにある! 獲物へ飛ぶ鷹を追うが如くに我に続け! 進め(ライ)進め(ライ)進め(ライ)!」

赤き鷹に栄光をハイラーン・ガルマール!」


 大首長(トゥーラントゥール)親衛の最精鋭である、馬をも鉄鎖の鎧で固めた重武装の鉄騎隊。この一〇〇〇騎の鉄騎は真紅の軍旗を先頭に錐状の陣形を組むと、バシュタイル軍の陣列にむかって突撃した。

 行く手に見えるのは、皇帝の存在を示す黄金に輝く日輪の大将旗。


栄光へと突き進め(ライヤー・ハイラーン)!」


 カマルムクはそこに勝利があると確信して、そう力強く吶喊(とっかん)した。

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