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ずっと家族みたいな存在だった幼馴染が、ある日突然僕に恋をしたと言い出した

作者: 藤崎珠里

 好きになってくれる人を好きになれば楽だった。

 好きになる理由が先に用意されているから、何も考えずに付き合えた。


「え、じゃあなんで私のこと好きにならないの?」


 そうきょとんと訊いてくるのは、僕の幼馴染、鳥海(とりうみ)(れい)

 現在彼女は、玲ちゃん専用のクッションを抱えながら、僕のベッドでごろごろしている。制服が皺になるよ、という話はもう散々したので、諦めて好きにさせていた。

 玲ちゃんはこの頃、なぜか突然僕のことが好きだと言い出した。


「いや、玲ちゃんの好きはなんか……よくわからなくて」

「よくわからないってなに? そっちがよくわかんないんだけど……」

「あー、うーん……想像できなくて? 玲ちゃん、ずっと家族みたいなものだったし。急に僕のこと好きになったって言われても、実感がわかないっていうか」


 玲ちゃんとは、物心がつく前からずうっと仲良しだった。思春期で疎遠になるということもなく、高校二年生の今だって仲良しだ。

 どちらかに恋人がいるときにだけはほとんど関わらないようにして、それ以外は大体一緒にいる。


「好きっていっぱい言ったら実感わく?」

「でも玲ちゃん、前から好きっていっぱい言ってくれてたじゃん。恋愛的意味じゃなく」

「それもそう。え~、じゃあキスする? おっぱいさわる? 何したら意識する?」

「とりあえずそういうの言われるのはいやだなぁ」

「……ちゅーする? お胸さわる?」

「玲ちゃん」


 咎めるようににっこり笑うと、玲ちゃんは「ごめんなさぁい」と可愛い声で謝った。


「でもほんと、どうしたらいい? 私が好きになれば、(すぐる)くんも私のこと好きになってくれるって思ってたのに。こんなの予想外だよ」

「そうだねぇ……僕だって玲ちゃんが僕のこと好きになるとか予想外」


 どうしようね、と二人して顔を見合わせた。

 玲ちゃんと付き合えるか付き合えないかで言えば、もちろん付き合える。だけどそれで恋人らしいことができるか? と訊かれれば、ちょっとわからない。


「玲ちゃん、なんで急に僕のこと好きになったの?」

「なんか……急にぴーんって来ちゃったの」

「感覚派だなぁ……」

「好きだって言われたら好きになっちゃう優くんは、私のこととやかく言えないと思う」

「まあ、そう。でも別に僕だって、彼女いるときに好きって言われても好きにはならないし……誰でもいいわけじゃないよ」

「わかってる! 優くんが不誠実な人だったら絶交してるもん」


 玲ちゃんに誠実だと思ってもらえる人間でよかった。

 玲ちゃんと二度と会えなくなっても構わないけど、それは連絡手段があること前提だ。それすらなく、完全に縁を切られてしまうのは……とても嫌だ。玲ちゃんの安否すらわからないなんて耐えられない。


 小腹が空いたのか、玲ちゃんはベッドから降りて僕の隣に座り、ポテチの袋を開けた。「ん」と最初の一枚を差し出されたので、指にふれないようにしつつ、そのまま口でくわえる。なぜかふふっと笑われた。


「優くんはさぁ……モテるよね」


 自分でもポテチをつまみつつ、玲ちゃんは何やらしみじみと言う。


「まあ、割と?」


 告白された回数だけ考えれば、確かにモテると言えるんだろう。付き合った人数イコールフラれた回数でもあるから、少し違うかなとも思うけど。


「玲ちゃんだってモテるじゃん」


 玲ちゃんは可愛い。猫のような大きな目は、長いまつ毛に縁取られている。ショートの髪の毛も猫っ毛で、性格も結構気まぐれだから、本当に猫みたいだ。

 そういうところが男子に人気なのだと、訊いてもいないのにクラスメイトが教えてくれた。


「そうなんだよねぇ。私たち、結構顔がいいからね。優くんは中身も可愛くてかっこいいから納得なんだけど」

「普通に照れるよ」

「わかってて言ってる」


 にこっと微笑む玲ちゃん。玲ちゃんはいつも僕を褒めてくれるが、毎度かっこいいよりも可愛いが先に来るのはどうかと思う。


「玲ちゃんがモテるのだって納得だよ。確かにちょっと変わってるところはあるかもしれないけど、全部可愛いし」

「ありがとぉ。優くんが可愛いと思ってくれてるなら、実際のところはどうでもいいな~」

「実際のところも可愛いんだよ」

「さんきゅうさんきゅう。優くんの可愛さには負けるぜ」


 ポテチを食べていないほうの手が伸びてきて、つん、と僕の頬をつつく。「固い」と文句を言われた。


「昔はふくふくほっぺだったのに……」

「僕がふくふくほっぺだったときは玲ちゃんもふくふくほっぺだったよ」

「ふふ、そうだね。お互いおっきくなったねぇ。おばあちゃんおじいちゃんになるまで仲良くしてね」

「もちろん」


 玲ちゃんは満足そうに笑う。

 可愛い笑顔だ。きっとおばあちゃんになっても、この可愛さは変わらないだろう。

 笑い返した僕に、玲ちゃんは笑顔を引っ込めて真剣な顔になった。


「――それまでずっと仲良くするためには、やっぱり結婚前提のお付き合いを続けてゴールイン! が最適解だと思うんだけど、どうすれば好きになってくれる? それとも、好きになるより先に付き合って、あとから好きになってくれる?」

「好きになってからじゃないと付き合えないかな。他の女の子と同じ扱いを玲ちゃんにするのは……ちょっと」


 玲ちゃんはじいっと僕の顔を見つめる。きっと何か言いたいことがあったのだろうけど、それは呑みこんだのか、見つめ合うだけの時間が十秒ほど経過した。

 そして玲ちゃんは立ち上がると、腰に手を当てて僕を見下ろした。


「じゃあ、好きになって。今すぐ!」

「うーん……う~~ん」

「そんな難しい? 私だよ? よ~く見て。絶対好きになれるから」

「絶対好きになれるのはわかってるけど、今すぐはやっぱり難しい。待っててほしい」

「何十年でも待つけど、その間は誰とも付き合わないでね?」

「ふっ、あは……うん、付き合わないよ」


 つい吹き出してしまった。

 今すぐ好きになってって言っておきながら、何十年でも待つって。かわいいなぁ。大真面目に言うところが、余計に。


「それならまあ、よしです。いつでも好きになっていいからね!」

「はーい」



     * * *



 ……なんてやりとりをしたものの、やっぱりずーっと家族みたいなものだった玲ちゃんに恋をするのは難しく。

 半年経ってもまるで恋ができる気配はなく、玲ちゃんよりも僕のほうが焦り始めてしまった。


「そんな焦んなくても大丈夫だよ。私が優くんのこと好きになったんだから、優くんだって私のこと絶対好きになるに決まってる」


 またも僕のベッドに転がりながら、玲ちゃんはあっさりと言った。

 その自信はどこから来るんだ、と思わなくもないけど、納得できる理屈なのも確かだ。

 とはいえ、きっかけがなければこのまま一生玲ちゃんに恋ができない可能性だってある。


「……やっぱり玲ちゃんが僕のこと好きになった理由、詳しく知りたいんだけど。ぴーんと来た、だけじゃなくてさ」


 少しの沈黙の後、ぼふん、と玲ちゃんがクッションに顔を埋めた。何を訊いても大体すぐに答えてくれる(その答えが「わからない」というものであっても)玲ちゃんにしては珍しく、しばらく待っても返答がなかった。

 ……というか息苦しくないのかな。

 玲ちゃんの頭をつんつん、と指でつつく。反応なし。眠たくなったのかもしれない。


「寝るなら寝るでいいけど、質問には後でちゃんと答えてね」


 普段使っているタオルケットは今玲ちゃんの体の下敷きになっているので、クローゼットから薄がけ布団を出してかけてあげる。玲ちゃんの体がもぞりと動いた。

 もぞもぞ、しばらく動いたのち、玲ちゃんは布団を鼻の上までかぶった状態で仰向けになった。

 上から覗き込むと、大きな目だけがこちらをじっと窺ってくる。



「………………嘘ついたって言ったら、軽蔑する?」



 布団越しの、くぐもった問いかけ。


「しないよ」


 僕がそう即答することなんてわかりきっていただろうに、それでも玲ちゃんの目元にほっと安堵が滲んだ。

 おそるおそるという様子で布団を顎の下まで下げ、ちょっと瞬きを多くして、玲ちゃんはゆっくりと口を開いた。


「――あのね、ほんとはたぶん、私も恋はしてないの。たぶんね」


 念押しをするように、『たぶん』が二度繰り返される。


「嘘ついてごめん。優くんに対する気持ち、昔からずっと変わってない。ずっと好き。安心する。死ぬまで一緒にいたい。でもときめきとかそういうのはないし、優くんとのやりとりで過剰に一喜一憂することとかもないし……」


 布団の中から手が伸びてきた。

 その手をそっと握ってみると、玲ちゃんは満足そうににへりと笑った。


「これが恋って言われたら、そうかもって思うし、そうじゃないんじゃない? とも思う。別にどっちだっていい」

「……うん」

「でも、ずるいって思った……優くんの、彼女だった人たちのこと」


 玲ちゃんの声が低くなる。ぎゅう、と手が強く握り返される。


「我慢できなくなった。だって優くん、私には恋したことないのに! ずるいじゃんみんな、好きって言っただけで優くんの恋心もらえるなんて!

 じゃあ、じゃあ私だってもらってもいいでしょ? そのためなら私の優くんへの気持ちも、恋ってことにしていい。それで優くんに恋してもらえるなら、それが一番いいって思ったの。優くん、私相手なら絶対結婚までしてくれるし。ずうっと一緒にいられる約束ができるなら、一石二鳥でしょ」


 なのに、と涙で濡れた声で、玲ちゃんは続ける。


「なのになんで、私にはくれないの」


 焦っていないように見えて、その実僕よりも玲ちゃんのほうが焦っていたらしい。

 ――思わず笑ってしまいそうになったのを、なんとかこらえる。

 玲ちゃんが泣いている状況で最悪だけど、だって、嬉しいんだ。


「……笑ってるでしょ優くん」


 ジト目でにらまれる。


「ごめん、嬉しくて」

「優くん、私のことちょっと変わってるって言うけどさ、そういうとこ私より変わってるよ。ふつうこんなの、引くでしょ。怖いでしょ。重いよ」

「そう思ってる玲ちゃんが、素直に気持ちをぶつけてくれたのが嬉しいんだよ」

「……可愛いって言うんでしょ」

「うん、可愛いね」

「おかしいよぉ」


 むうっと唇を尖らせて、玲ちゃんはベッドから体を起こした。ぽろぽろこぼれ落ちた涙を、ティッシュで拭いてあげる。片方の手はまだ繋いだまま。


「……好き。好きなの。優くんの全部、ちょうだい」

「そうだね……あげられるものなら、僕も全部あげたいな」


 涙にきらきら光る瞳で、玲ちゃんは上目遣いで僕を見つめた。


「好きになってくれた? 私に恋してくれた?」

「うーん……玲ちゃんの『好き』がどういうものかは、わかった気がする。僕の好きと同じだと思うから、玲ちゃんがそれを恋って言うんなら、僕のもそうだよ」

「……優くんももしかして、私の彼氏にずるいって思ってた?」

「無自覚だったけど、そうみたい」


 僕が玲ちゃんからもらったことのない感情を、僕よりも玲ちゃんと付き合いの短い男がもらう。……よくよく考えてみれば確かにずるい。

 毎回心から祝福しているつもりだったし、実際に祝福できていた自信はある。でもそれはそれ、これはこれ。別の話だ。


 嬉しそうにふわっと笑った玲ちゃんは、ふと何かに気づいたかのように真剣な顔つきに変わった。


「でもさでもさ、思ったんだけど、他の人にあげられる『恋』と優くんにあげられる『恋』が同じなわけないよね? 優くんもそうだろうし、結局私たち、お互い唯一無二の気持ちしかあげられないのかな。全部は無理?」

「あー……そう、だね。ほんとだ」

「な、なんてことだ……私が望んでいたものは、最初から一生手に入らないものだったんだ……」


 大袈裟に絶望する玲ちゃん。いや、大袈裟でもないか……。

 ぱっ、と手を離された。なくなった温度を名残惜しく思う間もなく、ベッドの上で膝立ちになった玲ちゃんが僕の両肩をがしっと掴む。


「だとしても、私たち付き合うってことでいい!?」

「いいよ」

「……いずれ結婚もするってことでいい?」

「ふふ、いーよ」

「やったぁ。でもこれ、絶対に守らなきゃいけない約束とは思わなくていいからね。全然、嫌になったらやめていいんだから!」


 そう言いながら、玲ちゃんはベッドから降りて立ち上がり、肩を掴んでいた手を滑らせるように背中に回して、ぎゅうっと抱きしめてきた。

 必死さすら感じる力強さに、やっぱり笑ってしまう。


「逃がさないって言われてる気分だなぁ」

「えっ、これは感情のままにぎゅってしたくなっただけで~! そういう意図はないからね!」

「はーい」


 僕も抱きしめ返して、ついでに頭をなでる。細い髪の毛はやわらかくて、なで心地がいい。

 おとなしくなでられるままになっていた玲ちゃんが、ふと訊いてきた。


「そういえば優くん、いつもなんでフラれるの?」

「本当に私のこと好きなのかわからない、ってみんな言うんだよね。付き合ってる間はちゃんと好きでいるつもりなんだけどな……。なんか、伝わらないみたいで」


 ――人を好きになるのって、難しい。それが友情であっても、恋情であっても。

 どういう理由で好きになればいいのか、いまいちわからないのだ。

 人を好きになるのに、明確な理由なんて本当はいらないのだろう。そうわかっていても、心が理由を求める。


 好きって言ってくれる人には、じゃあそれを理由にすればいいか、と思えた。僕にとっては、単純でわかりやすい理由だった。

 玲ちゃんだけは、ずっとずっと一緒にいたせいか、『理由』なんて考えなくたって好きだと思えるのだけど。


「それたぶん、伝わらないっていうか……いや、なんでもない! ないよ!」

「うん?」

「優くんってば、ほんと玲ちゃんのこと好きだね」

「そうだね」

「お互いさまだけどー」


 くすくす笑って、玲ちゃんは体を少し離す。それから背伸びをし、ちゅ、と音を立ててキスをしてきた。ほっぺたでもなく、唇に。

 呆気にとられる僕に、玲ちゃんはにこーっと満面の笑みを浮かべた。


「へへ、やっちゃった」

「玲ちゃん……」

「怒りました?」

「うーん……怒ってはないけどびっくりしました」

「ごめん! 許して!」

「いいよ。じゃあ玲ちゃん、目つぶって」

「お、おう……!?」


 戸惑いながらも目をつぶってくれる。――そのまぶたに、そっとキスをしてみた。

 玲ちゃんはゆっくりと目を開けて、じわじわと顔を赤く染めていった。


「ま……まぶたに来るか~……」

「びっくりしたでしょ」

「これでおあいこってことぉ!? 私のほうがなんか、負けた! 気がするんだけど!」

「大丈夫大丈夫、可愛い玲ちゃんの勝ちだよ」

「可愛い優くんが適当言いやがって~!」


 ぷすぷすぷす、と頰に人差し指の攻撃を受けた。爪が刺さらないようにしてくれているから、痛くはない。

 しばらく攻撃して気が済んだのか、手が止まる。玲ちゃんはむすっとしていた顔を和らげ、僕の目を見た。


「優くん、大好きだよ。私の全部……あげられるものならなんだってあげるから、優くんもちょうだいね?」

「うん、あげるよ」

「……ためらいないんだもんなぁ! もう! 一生大事にしてやる!」

「ありがとう。僕も玲ちゃんのこと大好きだし、一生大事にするからね」


 微笑んだら、玲ちゃんは「今までで一番可愛い笑顔だ……勝てない……」となぜか打ちひしがれた。

 僕のほうが負けっぱなしだと思うんだけどな。いろいろと、ずっと。





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