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今日も休んで♪【後編】

500万円・・・。聞かされたのは金額。その額に驚く、僕。確認の為にもう一度聞き返す。


貴方「本当にここが・・・この豪邸が500万で買えたんですか?」


夫人「そうなんです、主人の通勤距離を短くしようと思って色々見まわってたところ見つけたんです。ここを。」


貴方「いやいや、ご冗談でしょう?こんなに広い家がたったの500万円で【買えた】なんて・・・。」


夫人「いえ、そんなことないんです。事実ですよ?なんなら契約書お見せしますよ。」


そう言って夫人は立ち上がって奥の間に行く。契約書を取りに行ったんだろう。僕はソファに座りながらスマホをいじる。周囲の物件の価格をもう一度調べる。どこの不動産サイトを見ても賃貸でも10万以上するし、マンションを購入するとなると3LDKが1億5千万。中古の1LDK一つでも5000万以上だ。アパートだって安くても月6万からだし。立地条件の悪さだけがネックになっている程度だ。駅にもバス停にも多少遠い。最近の20代前半は車の免許を持たない人も多いからその辺も考慮してもかなりいい立地だ。


加えて、先ほどの老人が言った【コモリ】についても調べてみる。出て来たワードは、


子守り、小森、古閑、籠り・・・。

イマイチ、ピンとこない。


貴方「一体何だろう?【コモリ】って?」


そう独り言ちて、テーブルのお茶を手に取りながら、ソファに身体を預ける。茶菓子をかじってお茶を飲む。深く深呼吸する、僕。やたらに安らぐ。


・・・何でだ?ここは初めて来る家だ。それも自分より目上の人の家だ。少しくらい緊張するのが普通だろう。僕は元々、コミュニケーションが苦手だと自分でも思ってる。だから誰とも諍いを起こさずに生きて行く事をモットーにしている。必要最低限の礼儀正しさを身に着けておくのが大切だ。でも、ここではそれが何となくやれない。


違う・・・。やろうとしているけど【そう出来ない】が正しい感じがする。何故だ?


あれこれと考えていると課長の奥さんが戻って来た。手には不動産の契約書。見せられた書類には、確かにここの住所の所有を許可する記載がある。何枚かに分かれているから、説明をしてもらいながら目を通す。先ほどの金額の事以上に、僕は驚く。光熱費の支払いは不動産会社が持ってくれるのだ。加えて、年間土地代を管理する費用も不動産会社持ち。転居する際の解約費用も無い。例外は引っ越し先の物件の費用と引っ越しに掛かる費用だけだ。


気前が良すぎる。水も電気も使い放題。玄関まで届く冷風。部屋の温度は常に23度。湿度は60%。庭も広い。眺めると小さいながら池もある。聞いたところその内に、観賞用の魚を飼育してみたいと思っているらしい。少しだけ庭を見せてもらう事になった。


外に出ると強めの日射を浴びたせいか少しストレスを感じる。ガーデニングされた花壇には夏の花が植えられている。マリーゴールド、ダリア、コスモス、スイレン。加えて定番のアサガオ。池の近くにはアジサイが植えてある。小型の倉庫があってその中は雑多な物が置いてあるくらいだ。調べていると奥さんから声がかかった。


夫人「あのー!庄助が戻ってきました!」


貴方「あ、はい!直ぐに行きます!」


僕は倉庫から出て、居間に戻る。中は相変わらず涼しい。とても安心する。奥さんが使い捨てのハンドタオルを用意してくれていたので遠慮なく使う。汗を拭って、用意されたお茶を口に含んで飲み込む。ソファに身体を預けて一息だ。とてもリラックスする。そうこうしていると課長がやって来た。


課長「やぁ、初めまして。君が〇〇さんだね?どうして来たんだい?」


貴方「それが僕にも解らないんです。工場長が人事の人より僕が良いって言うから来てるくらいです。大野課長は何か解りませんか?」


課長「いやー、何も解らないね。一体、どうして君が来たんだろうね?」


笑いながらそう言う大野課長はとても元気そうに見える。どこも疲れが溜まっての休暇している人には見えない。


課長「さっき散歩のついでにかかりつけの内科に掛かって来たんだ。」


夫人「あなた、そんなことをしてて。会社の方がお越しになるって知っていたでしょう?」


課長「だからだよ。しっかり健康かどうかを調べてもらってたんだ。血圧は110/70だし、心拍数は75。一昨日受けた血液検査も正常。γーGDP もコレステロールも全部良い。一か月前にやった人間ドックの検査も全てクリア。完全に健康だよ。」


そういってまた笑う。テーブルに置かれた検査用紙を見ても良いかの許可を得て見せてもらった。本当に全部良い。僕はお酒を飲むことが多少あるからγーGDPの上限値や尿酸値がギリギリ引っかかる事はあるけど、健康には気を使ってる方だと思う。でも課長のこの数値にはとても及ばない。医学の知識が無い僕にも解る程に健康だ。検査結果の書かれた用紙から目を外して奥さんと話す課長の顔を見る。休みに入る前の課長はやや太めだったと聞いた。けれど今の課長の姿はどうだ?結構、筋肉質の身体になってる。歳は40後半ともあって逆三角形とまではいかないけど・・・。


こんなに健康な中年男性はそういないだろう。僕は本題に踏み切る事にした。


貴方「それで課長。明日はどうされますか?」


課長「そうだね、何もトラブルが無ければ出勤するよ。体調もいいし、職場の状態は上司や部下を通じて教えてもらってるからね。職場に辿り着ければ活躍できると思うよ。」


そう言う課長は室内犬を抱き上げながら答える。トイプードルだ。課長の顔を舐めて尻尾を振っている。年齢は2歳と半年の若い犬だ。それはそれとして・・・かねてよりの疑問になってる事を聞く。


貴方「ところで課長。出勤出来ない理由をお聞きしてよろしいでしょうか?工場の皆さんも課長が健康であることが知っていますが、何故出勤なさらないかが解りません。何か問題があるのでしょうか?」


課長「あぁ、そうなんだよ。すっかり身体はいいんだよ。そうなんだけど、朝食を終えてスーツに着替えると毎回トラブルが起きるんだ。」


貴方「ペットが逃げたり、転んだりですか?」


課長「あぁ、そうだ。毎回、朝、私が出勤になると落ち着きが無くなって吠えて窓が空いていれば逃げ出そうとするし、別の日には抱かれてる妻の腕を振りほどいて開いたばかりの玄関扉から逃げ出したりだ。毎回の事だから、室内用のペットゲージを買った。それで逃げ出す事は無くなった。」


貴方「来られない理由として別な事が起きるとか、ですか?」


課長「その通り。今度は妻が体調を崩したりする。でも直ぐに回復するんだ。念のために私と病院へ行って検査をしてみたけど、何も悪いところは見つからなかった。なぁ?」


夫人「ええ、不思議ですよね。あなたが出勤しようとすると何故だか体調を崩してしまうんです。でも、病院では何も・・・。ねぇ、口は固い方かしら?」


貴方「僕ですか?一応、今回は会社の代表として来ています。ここで聞いた内容は工場長と役員にしか伝えません。何かあったのですか?」


夫人「いいえ、逆なんです。【何にも問題無い】んです。内科的にも健康ですし、実は精神科の方でも診てもらいました。でも、何も問題無いって診断がされて。一体、何があってこうなったんでしょうか?ここに引っ越して来てから何故かこうなんですよ。ねぇ、あなた?」


課長「ああ、凄くいい立地だから引っ越して来たけどそれからだね、こうなったのは。」


貴方「・・・ここに引っ越して来たのってどれくらい前ですか?」


課長「丁度、三か月半ってところだよ。休暇を取り始めた時は環境の変化と日々の疲れが出た結果だってかかりつけの医者も言ってたからね。それがどうかしたかい?」


どうって何も・・・怪し過ぎるじゃないか・・・。言葉じゃ言えないけど因果関係を探ってみようとは思わないのか?お茶を一口のみ込むと言葉を紡いだ。


貴方「あの・・・宜しければ課長の家の中を案内してもらえませんか?」


課長と夫人は顔を見合わせて笑顔を見せる。夫人が立ち上がって「どうぞ、こちらへ。」と案内する。僕も立ち上がって居間の敷居を潜って廊下へ出る。少しばかり緊張してきた。


夫人が前を歩いている。後を続いて最初に通されたのは台所だ。広さは10畳くらい。居間からへも遠くない距離だ。あそこで食事を取るならば問題ない距離だ。IHコンロが二つ。ガスコンロが一つ。広めのシンクでは様々な料理が出来るだろうし、流し台もきれいだ。三角コーナーには生ごみが少しも無いし、洗われててとてもきれいだ。僕のアパートのキッチン周りとは大違いだ。


貴方「奥様がここで料理を?」


夫人「はい、いつもここで作った料理を二人で食べています。子供は一人いますけど、もう家を出て自立してますし。」


貴方「お子さんはここにいらした事は?」


夫人「いえ、一度も。大学が忙しいって事もありますけど、一度くらい来てもらってもいいと思うんです。凄く落ち着く家ですし。前の家は私と庄助の両親が暮らしていて、そちらの家には行く事があるんですけど・・・。」


台所にはそこでも食べられるように大きめの机があったり、食器棚がある。昔ながらの家を彷彿とさせる勝手口などもあって如何にも日本家屋と言った感じだ。


その他にも案内をしてもらった。課長が私室にしている書斎や隣接する書庫など。流石に寝室までは見せてもらうには憚られたが外の感覚からすると広く作られている様だ。新居の案内をする奥様の様子は嬉しいのかイキイキとしている。掃除が行き届いた室内に、殆ど使われたことの無いせいか新しく建てられたと言えるほどに綺麗な家。とても500万円で買えたとは思えない。案内が終わって居間へ戻って来る僕は課長の前のソファに座る。一息つくと身体から緊張感が抜けていく。・・・?やはり不思議だ。この居間へ来ると緊張する感覚が抜けてしまうのだ。初めて来る上司の自宅でリラックスなんておかしい。緊張してても当たり前なはずなのに、どうしても・・・気が抜ける。そんな様子を見てたのか課長が笑いかける。


課長「ああ、いいんだよ。ここの居間に来るとそういう全部の不安とか無くなっちゃうんだよ。不思議だよね。なんていうかもう・・・ストレスが全く感じなくなるんだ。この歳になると会社でもなんでもいろんなしがらみが増えちゃって嫌になっちゃうけど、この家の居間にいればそういうの全部どうでもよくなっちゃうんだ。」


そう言って高い天井を見上げる課長。改めて居間を見直して気付く。ここだけ間取りがおかしいのだ。なんというか他は洋室なのだが、この部屋は大黒柱がある様な日本家屋だ。家の外観では洋室建築だが内装は場所によっては和式建築。そうしてまた気づく。洋室部分を歩くときは気分が緊張するが、和室部分へいると緊張感が抜けてしまうのだ。


貴方(まさか・・・これって・・・。)


そうして発生した危機感。それも居間の中にいると理由も解らず薄らぎ無くなってしまう。それが何よりも恐ろしいと感じるのだ。


貴方(出なくては。一刻も早く、ここを出なければならない!)


そう考えた僕は周囲を見渡す。大事なのは洋装で作られた部分だ。そこにいれば安心感を与えられることは無い。いや、違う。不安感を奪われないで済むのだ。突如として廊下へ飛び出した僕を妙な顔で見る課長夫妻だったが、気にしている場合ではない。何らかの法則性で見えない形で危害を与えられている。そう考えるとすれば・・・。


貴方「やっぱり・・・か。」


と、僕は独り言ちる。和式建築で出来ている部分は居間と玄関までの廊下だ。ここを通った際に不安感や緊張、ストレスといったモノが無くなってしまう。この場所へ留まる事や通るのはかなりマズい。頭の中で奥様が案内してもらった家の中を思い出す。居間を通らず、玄関から出ない方法。それは・・・。


携帯からアラートがなる。


貴方「ああ、すみません。そろそろ帰る時間です。」


課長「そうかい?もっとゆっくりしていったらいいのに。」


貴方「いえ、そう言う訳にもいかないので。」


夫人「でしたらお見送りしないと。皆さん、玄関で毎回トラブルが起きてしまうんです。ふらふらとしてしまってなんだか帰りたくなさそうな感じになってしまって。」


貴方「そうですか・・・。あの、なくしたものがあるんですが、探していいですか?」


夫人「あら何でしょう?」


貴方「ペンが一本無くなってて。多分案内をしてもらっていた時に無くなっていたんだと思います。」


夫人「あらそうですか。ではキッチンから見てみましょうか。」


そう言って【洋装】のキッチンへ案内される。緊張感はしっかりと残っている。ここで正解だ。後は・・・。


探し回る夫人の横で棚から置き忘れていたかの様にペンを拾い上げたふりをする。


貴方「ありました。どうもお騒がせしました。」


夫人「あら、よかったですね。おつかれでしたら居間で飲み物を一つお召しになってはどうですか?」


貴方「いえ、一刻も早く帰らないとダメみたいで。」


そこへ携帯へコールが入る。工場長からだ。僕は奥様へ合図を取るとキッチンにある【勝手口】から外へ出ながら電話を出る。すると感じる。先ほどの存在が言った。いや、言うと表現するのは正確ではないが兎に角そう伝えて来たのだ。


【返して上げるよ。】

と。


一気に戻って来た緊張感に不安感、ストレス。どっと押し寄せたが今ほどそんな辛さの存在が逆に安堵に感じた事は無いだろう。電話口の向こうで工場長が言う。


工場長「突然メールで電話が欲しいだなんて・・・何があったんだい?もしもし、きいているのか?」


貴方「はい、聞いてます。お見舞いですけど終わりました。」


工場長「そうか。で、大野課長の様子は?」


貴方「ええ、健康には問題は無いようです。工場長、つかぬ事をお伺いしますが・・・課長の家って何か前にありましたか?」


工場長「随分と唐突だね。そこの家の敷地は昔、神社が立っていた事くらいなら知っているよ。それがどうかしたのかい?」


貴方「いえ、後で調べようと思ってまして。」


工場長「課長の家の事が勤怠に関係しているとでも?まぁ、調べるのは自由だ。ところで君は明日出勤出来そうかい?」


貴方「はい、緊張感とほど良いストレスを持って取り組めますよ。」


工場長「・・・?。まぁ、解った。大野課長の勤怠がこれ以上滞るとなると色々と考えなければならないのだがね。今日は君はこのままあがってくれ。本日はお疲れさまだ。」


そう言って電話を切る工場長。そこへ勝手口から外へ出る僕へ奥様が言う。


夫人「玄関からお見送りしますよ?」


貴方「いえ、ここで結構ですよ。急ぎますのでこれで失礼します。」


そう言って課長の家を後にする事にした。


帰りの電車の中でスマートフォンで検索をする僕は神社に関する【コモリ】を見つけた。書き方は【籠り】。恐らくはこの文字に関係する事だろう。次の休日に近所の図書館へ行って課長の家の近くの郷土史を読んでみた。


工場長が言った通りに昔は神社が立っており、その神社は戦国時代が終わったころに建てられており、病気の治癒や回復を祈願する神社だった。が、第二次世界大戦中に神社はご神木を残して消失してしまった。当時の人々は神社を再建するほどの物資が無い事からご神木を切り落として社をつくり、そこで治らない不治の病に侵された人々を死ぬまで安置する場所だった。社には厳しい修行をこなした高僧だけが入ることが許されたという。その後の時世で医療技術が進歩し、病院や養老院といったものが出来上がったことでこの社は使われなくなってしまい、土地の管理者が社を一部取り壊し、リフォームする形で作られたのが今の豪邸だと言う。しかし、この豪邸に住んだ人間はことごとく仕事をしなくなってしまい次々と所有者が変わってしまう事から近隣住民からは引き【籠り】になってしまう言われ、破格といえる額で買い住む人間から一時の資金を受け取るという文化が成り立っているのだ。


1か月後、大野課長は転居をする意向を固めあの家は再び空き家となった。今度は450万円という前よりも安い額になっている。が、近隣住民は決して買って住むことは無い。あの家はかつてあの近隣に住んだ人間が病気から来る死の恐怖や苦痛を和らげるために作った文化である。


しかし、思うのだ。そんな建物が自分の家の近くにあったら果たして安心して住めるのだろうか?そんなことは僕が知った事ではない。


図書館を後にして帰宅の路を急ぐが、ちょうど夕飯の時間だったので近くの中華料理屋に入る。出迎える店主の声が響くなかメニューを選ぶ。


貴方「ラーメンをお願いします。」


店主「はい、分かりました。チャーハンつけれますよ。」


貴方「量はどうなっているんでしょうか?」


店主「うーん、半チャーハンだけど【小盛】にも出来るよ?」


少しだけ考える僕。10秒程考えて答える。


貴方「小盛なのは縁起が悪いので止めておきます。ラーメン止めて大盛りのチャーハン一つお願いします。」


店主「・・・?。わかりました。チャーハン大盛り一丁、はいりましたー!」


そう言って出された大盛りのチャーハンは小盛の物と違って食べ応えがあって美味しかった。


明日からも元気に仕事に行けるだろう。

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