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【完結】殿下、その依頼お受け致します!  作者: 鉤咲蓮
五章 選択の自由

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47.その時彼女が選んだこと



 時は少々遡り、微笑むローレンツとがちがちのリリアンがテーブル越しに向かい合っている。


 第一王子ローレンツ。

 それは次期国王と目される高貴なお方であり、薬師バーデンが新薬の開発によって助けた人であり、貧乏伯爵令嬢が一対一で話せるような相手ではない――はずなのだが。


 誰か一緒にと助けを求めたくても、同じ部屋にいるとはいえエドゥアルトもユリアもディートリヒも離れているし、ローレンツが望んだ機会なので断りようがない。

 ごっくんと唾を飲み込んで、リリアンは膝の上で手を握り締めた。


「さて、カルク伯爵令嬢。」

「ハイッ」

「時間は充分あったはずだ。君は弟の気持ちに応えられるのかな」

「…こ、……応えたい、です」

 国王と同じ赤い瞳が、リリアンを見ている。

 ローレンツは微笑んでいるのに、眼差しには穏やかさすら感じるのに、嘘やごまかしを許さない圧がひしひしと伝わっていた。


「断言はできないってこと?」

「私…でいいのかなって、思って、しまって。」

「おや、まだそこで悩んでる段階なのか。本気でエドゥアルトの隣に居たいなら、とうに超えているかと思ったけれど。」

「それはっ、その」

「不本意に言い寄られているのなら、私が弟を諦めさせてあげようか。」

 リリアンがびくりと肩を揺らして目を見開く。

 ローレンツは本気で言っているように見えた。エドゥアルトに何と言って諦めさせるつもりなのか、リリアンにはまったく想像もつかないけれど。


 ――でも、この方は、やりそう。やって、しまえそう。


 エドゥアルトの苦しそうな顔が脳裏に過ぎり、リリアンは慌てて手を横に振った。

 最初こそ戸惑ったけれど、エドゥアルトの想いが迷惑だと思った事はない。


「不本意じゃないです!嬉しいけど、まだまだ自信がなくて…」

「覚悟もだね。」

 さらりと、ローレンツは核心を突いた。

 リリアンは覚悟がないから、自信も持てない。


「弟は君と生きるために、自分が持っているものを幾つか手放す気でいるけれど。君がどれくらい彼の傍へ近付けるかによって、手放すものは少なくて済む。わかるよね」

「……はい…」

 自分の手をぎゅっと握り締めて呟くリリアンに、ローレンツは「簡単な事だよ」と囁いた。


「細分化しなくていい。まずは二択、考えてご覧。そうして、自分はどうしたいか選んでいくんだ。」

「た、たったの二択ですか?」

 物事は複雑に絡んで、リリアンだけの意思や実力ではなく、色んな人の事情が絡んでいて。

 二択に絞るのは無理ではないかと迷ったリリアンを真っすぐに見て、ローレンツが人差し指でこつりとテーブルを叩く。


「どんな択を思い浮かべるか、どちらを採るかは君の自由」


 そうは言われても、リリアンの頭にはローレンツの問いが残っている。

 エドゥアルトの気持ちに応えられるのか、どうか。できるかできないかを問われて、リリアンは「できる」に手を伸ばしたいと、そういう半端な答えをしたのだ。

 唇をぐっと閉じたリリアンを見て、ローレンツがにこりと笑う。


「どちらがいい?」

「……応え、ます。…自信を持って応えられるまで…私がエドゥアルト様の隣にいるんだって、胸を張って言えるまで、頑張るから。だからいつか――いえ、いずれ必ず、応えるから。」

 膝の上で握っていた手を解いて、片方の指先をテーブルの上に載せる。

 ローレンツを真っすぐに見返して。


「だから()()()()()()、第一王子殿下。」

「そう。わかった」

 汗びっしょりになって懸命に答えたリリアンに対し、ローレンツは軽く頷いた。

 突然緊張感から解放された気になって、リリアンがぱちぱちと瞬きをする。


「本当に大変だろうけど、頑張ってみるといい。」

「…えっと…ありがとうございます……?」

「ふふ。何でも顔に出て首を傾げているようでは、前途多難だね……ラングハイム侯爵令嬢!」

「はい、殿下。」

 壁際に控えていたダニエラが胸に片手をあて、一礼してから進み出た。

 リリアンはハンカチで汗を拭いながら背の高いダニエラを見上げる。


「最近は君が指導していると聞いた。忙しいだろうが、引き続き見てあげてくれ。」

「はい、勿論です。お任せください」

「っあの……殿下はどうして、私とエドゥアルト様を応援してくださるのですか?」

 反対されると思っていた、そんな心の声が聞こえるかのようだった。

 ローレンツはくすりと笑う。


 ――応援か。確かに、そうとも言えるのかな。


「もちろん、可愛い弟のため……だけではないよ、カルク伯爵令嬢。そんな質問をせずにいられるようになるといい」

 エドゥアルトがリリアンに強く執着し、彼女以外と結婚しないと言うならば。

 天地がひっくり返っても王妃になれないリリアンを望むなら、エドゥアルトが王になる未来もまた、あり得ない。


「少なくとも彼女なら、そんな質問はしなかっただろうね。」


 ローレンツが見やった先にはエドゥアルトと話すエルフリーデの姿がある。

 二人を遠くから眺めてやっとリリアンは、「ああ、本当にお似合いのお二人だったんだ」と理解した。リリアンでは到底、あのエルフリーデと同じように振舞う事はできない。


 ――…だけど、エドゥアルト様が好きだって言ってくれたのは、私だから。


 ますます自信を無くしたなどと、肩を落とし背を丸めるような事はしなかった。

 あんな風に堂々と、けれどあくまでリリアンらしく。エルフリーデになろうとするのではなく、《もっと素敵な自分》を目指して。


「……努力します。殿下」

「当然。あれを見た程度で折れるようでは困るよ」

「はいっ!」

 元気よく返事したリリアンはつい、ラングハイム侯爵邸で見慣れた騎士の礼のようにぴしりと背筋を伸ばして胸に手をあてる。

 ローレンツは声を上げて笑い、同じように胸に手をあててみせた。


 二人の会話が全て聞こえていたのは、部屋の中にはあと一人だけ。

 愛する婚約者の腕に寄り添いながら、ユリア・シュミットは柳眉を顰めた。


 ――…ローレンツ殿下はやはり、少々ご冗談が過ぎると思います。会話の誘導が意地悪です。……大事な弟君のために振るいにかけているのでしょうから、わからなくはありませんが。わたくしのディートリヒ様を「殺してあげようと思う」なんて仰った時だって。


「どうした?ユリア。」

「…いえ、何でもありません。」

 過ぎた事だと自分を納得させて、ユリアはディートリヒの腕をしっかりと確保している。独占欲を丸出しにしたようなその姿を見て、エルフリーデがやや意外そうに瞬いた。

 話が終わったと察し、エドゥアルトは席を立ったリリアンの元へ急ぐ。


「エドゥアルト様、私頑張りますね!」

「ん?…兄上、どんな話を?」

「私は甥と姪どちらも欲しいと言った。」

「殿下っ!?」

 一ミリたりとも話題になかった事を持ち出され、リリアンが一気に赤くなる。

 心配そうにしていたエドゥアルトはきょとりと瞬いて、破顔した。


「ぶはっ、はは!承知しました!」

「しっ、承知しないでください!まだ早いですっ何年先の話ですか!?」

「いずれは必ず応えるそうだ、エドゥアルト。お前も頑張りなさい」

「殿下ーっ!」

 まさか弟妹にするようにローレンツの口を手で塞ぐわけにもいかず、どうしたらいいかと慌てるリリアンをダニエラが子ネズミを見守るような目で見ている。

 まだまだ未熟な第二王子妃候補の姿にエルフリーデはため息をつき、ディートリヒは何があったのかと目を丸くし、ユリアはそんなディートリヒを間近で見つめていた。




「ああ、なんだかもうすんごい日だったわ。焦り過ぎて私、一気にすごく痩せたかも。」


 夜――女子寮の自室に帰り着いて、しばらく。


 まだ熱いような気がする頬を手で扇ぎながら、リリアンは教科書とノートを開いてペンを握っていた。

 勉強なんて本当に本当に苦手なのは確かだけれど、ゆっくりゆっくり読めば「全然わからない」からは抜け出せる。人より理解に時間がかかるとわかっているのだから、予習復習をしなければならなかった。

 すぐに眠たくなるし面倒な気持ちもあるけれど、エドゥアルトの隣で胸を張れるように、できる事をしなければ。


 かたん。


「え?……郵便?」


 封筒の落ちる音がして、リリアンは部屋の扉を振り返った。

 もう夕食も過ぎた時間だというのに、手紙だか何だかが届いたらしい。ペンを置いて立ち上がり、扉に設えられたポストから封筒を取り出した。


 表にはリリアンの名前と部屋番号が書かれており、裏に差出人の名前はない。

 不思議に思いながら封を破ると、中には便箋一枚と学園の見取り図が入っていた。かさりと広げて、息を呑む。


 《家族の命が惜しければ、エルフリーデ・アイレンベルクを連れて来い。》


 ――…って、そんな事言われても困るんだけど!?


 ぽかんと大口を開けて、リリアンは手紙を幾度か読み返した。

 エルフリーデを指定の場所に連れていくなんて、どう考えたってリリアンには無理な話だ。非常に訝しげな顔をされ、側仕え達をぞろぞろと引き連れた上でも来てくれるか怪しいレベルだろう。

 そこまで考えて、確かに手紙には「エルフリーデだけを連れて来い」とは書かれていないと気付く。


 誰が、どういう目的でこんな物を。


「…なんて、私にわかるわけないのよね。」


 いつか成長するとしても、今の自分にできない事を無理にする事はない。

 一つ頷いて、窓に駆け寄ったリリアンは額縁にちょこんと載っている黒猫のぬいぐるみを掴んだ。よく見ると首輪からは細く透明に近い糸が伸び、閉じた窓の向こうへ通じている。

 リリアンがぬいぐるみを思いきり引っ張ると、糸は五十センチほど引けて止まった。数秒待ってからきょろきょろと部屋を見回してみるが、何も変わらない。


「………初めて引っ張ったけど、これ本当に」


 ガパッ


「どうしました」

「きゃ――」

 突然開いた天井から現れたユリアは絶叫しかけたリリアンの口を即座にハンカチで押さえつけ、反射的にもがく身体をベッドへ引き倒して黙らせた。


「きゅう…」

「初めて緊急通報致しましたね、リリアン様。敵はいないようですが……あら?」


 目を回したらしいリリアンの手からぬいぐるみと手紙が落ちる。

 かさりと便箋を広げて目を通し、ユリアは眉を顰めた。



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