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【完結】殿下、その依頼お受け致します!  作者: 鉤咲蓮
三章 貴女の真実

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23.君も知らない次の意味




 学園のサロンの一室で、ディートリヒはエドゥアルトの話を聞く。


 信じがたい内容だった。

 長兄ローレンツが手足を潰され早くに命を落としたこと、国王が側近らと共に事故死したこと、エルフリーデによるエドゥアルトの追放――…ディートリヒがユリアに命じ、エドゥアルトを殺させたこと。


「これから変えてっただろう未来からお前が戻ったなら……どうやら、俺は失敗したらしいな。」


 そう言って、エドゥアルトはテーブルの下で脚を組む。

 向かいの席で肘をつき項垂れていたディートリヒは、苦渋に満ちた表情で顔を上げた。


「……他の誰にも、未来の記憶がある事は言えませんでした。なぜ私達の間だけ」

「さてな。どちらもユリア・シュミットに殺された者だからか?神にでも聞かなきゃ、答えはわからないだろ。」

「まるで神の御業(みわざ)ですが、これはユリアが持つ力なのですか?私が兄上を彼女に殺させたというのは…」

「無論、お前は知っていて命じただろうな。シュミット家の力を」

 エドゥアルトがテーブルを指先で叩く。

 威圧を含む鋭い眼差しを受けたディートリヒは、目の前の男はかつて確かに《王》だったのだと理解した。これ程の風格を持ちながら、次兄はずっとそれを隠していた。


「本来は国王になった者とメルツァー公だけが知る話だが…身を持って経験したお前に、今更隠す必要もないだろう。遥か昔――…俺達王家はこの土地(くに)の管理者に()()()()。それは誰もが知る話だが、他にも使命を負った一族があったんだ。」


 聖地を守り神の言葉を保管する敬虔な者――メルツァー公爵家。

 管理者を導き土地を豊かに繁栄させる者――アイレンベルク公爵家。

 有事の際に土地を守る盾となる屈強な者――ラングハイム侯爵家。

 管理者の手を逃れる罪人を確実に消す者――シュミット侯爵家。


「現代まで血が残ってて俺らに近いのは、その四家か。メルツァーは時折神の声を聞く…それぐらいはお前も知ってるだろ?」

「はい。」

 ディートリヒは「イザークの子供の頃の持ちネタでした」と喉まで出かかって、なんとか飲み込んだ。

 今は真面目な話をしている。


「アイレンベルクは直感力が高い。誰をどう突けば思い通りに動くか、いつ何を手に入れるべきかの勘が良く判断が早いんだ。ラングハイムは……見ての通りだな。」

「そしてシュミット家は…殺しに特化していると?」

「処刑人とも言える。人間は愚かで、管理者が定める法だけでは取り逃がしがある事を神はわかっていた。当時、与えられた役割を誰もが黙って受け入れたが…」

 ただ一人。

 初代シュミットだけは口を開いた。


『私に命じられる殺しは、全てが正しいのでしょうか。』


 その瞬間、シュミットは《罪人を殺す者》でありながら《神に問いかける者》となる。

 質問を受けて、神は言った。


『では、逐一お前が考えよ』


 ゆえにシュミット侯爵家の直系は、殺しを学ぶ際に二種類の常套句を教わる。

 国の敵となった、罪を犯した相手には《この者は間違えた》とし、更生を求める言葉を。「次は間違えるな」と。

 殺める事が正しいか不明瞭な、《この者は間違えたのか》と悩む相手には、他にやり方があったと説く言葉を。「次は良い選択をしろ」と。


「あれはユリア独自のものではなく、侯爵家で定められた言葉だったのですね。」

「その通りだ。シュミットは容易く殺せるがゆえ、命を奪う時は一つ一つと向き合わねばならないと教育される。」

「……それで、どうして時が戻るのです。」

「神はその後一つのルールを設け、管理者である王家と聖地の()(びと)たるメルツァーにだけ、ルールの存在を教えた。それこそが…」


 シュミット家の者が()()()()()()()()殺す相手の死に疑問を呈した時、その問いかけは神へと届く。

 神は「その死が相応しい人間だったか」審議を行い、【否】とされればやり直しの機会を与える。


信頼関係(こころ)の問題だ、利害で一時的に釣る事はできない。本当に戻るのか試すなんて事も普通はしない。それでも王家は、決してシュミット家との繋がりを切りはしねぇのさ。いざという時、自分を殺させるためにな。」


 神は常に我らを見守り、正しき者には天使を遣わす。

 天使は光の翼を広げ、手にした刃で闇を払う。

 神の御業で道は開かれ、人は新たな生を得る。


 聖書に記載された神話は「正しく生きよ」と説くものであり、同時にシュミットの刃による問いかけという救済を示すもの。

 エドゥアルトの話を聞き、眉根を寄せたディートリヒは拳を握り締めた。


「人並外れて美しいとは思っていたが…まさか、本当に天使だったなんて……!」

「……ユリアに依頼する度に、お前がやたら嫌がるなとは思ってたが。…まさか惚れ」

「惚れていましたよ、貴方が知っている未来でもきっと。……私が知っている兄上は、『惚れてたならもっと早く言え』などと仰いました。」

「…参ったな。エルフリーデが荒れたのはそのせいもあるのか?」

 エドゥアルトが眉を顰めて頭を掻く。

 ユリアに惚れていたら何なのだと、ディートリヒは訝しげに兄を見やった。


「どういう意味ですか?」

「あいつは俺を追い出してお前と結婚し、先に子ができたらこっちを殺そうとした。つまり、お前と共に国王夫妻になるのがエルフリーデの目的だと考えた。俺の予定では継承権を放棄し、早々にお前達が婚約。俺は王都を出てリリアンと添い遂げようとしたはずだが……どうなった?」

「……私はユリアと婚約しました。」

「はあ!?…いや待て、どうなったか一通り聞こう。」


 ここからはディートリヒが語る番だ。

 まずローレンツが襲われる事件の事などディートリヒは知らない――恐らく今回同様、エドゥアルトが護衛を変えさせて防いだのだろう。

 しかし今から数か月後、ローレンツは毒を盛られ寝たきりの身体になってしまう。


「毒だと?」

「兄上、襲撃の方は誰が命じていたのですか?取り逃がしがいたなら、それが犯人では。」

「いや…丸ごと潰したはずだ。側妃殿下を嫌う一派で、毒の入手ルートなんて持ってない。この件に関して言えばエルフリーデも白だ。彼女も公爵家も全く関わってねぇ」

「…ともかく、それでローレンツ兄上は継承権を失ったに等しい状態になりました。」


 エドゥアルトはエルフリーデと婚約しないまま卒業し、誕生日祝いの夜会でリリアン・カルクを婚約者にすると宣言した。

 ならばとディートリヒに近付こうとしたエルフリーデを遮り、ディートリヒはユリア・シュミットを呼び出して求婚。了承されて婚約者になった。


「……お前にしては、強引にいったな。」

「…ちょっと、事情があったのです。」

 まさか、「ユリアが娼婦をやらされていると勘違いしました」などと言えるはずもない。頬を赤らめた弟を見なかった事にしてやり、エドゥアルトは先を続けるよう手で促した。


 ディートリヒは薬師コンラート・バーデンを招き、ローレンツのために新薬の研究開発を命じる。これは成功し治験でも良い結果を出したが、残念ながらローレンツを治すには遅すぎた。


「バーデン…俺は知らない名前だな。」

「ローレンツ兄上がそんな状態なら、私がそもそも招かなかったか……彼は街で偶然ユリアが助けたので、少しタイミングが違えばあのまま…私とは会えなかったかもしれない。」

「なるほどな。どっから来た男だ?」

「ヴァイゼンボルン子爵領です。…子爵は武器類の密輸が発覚して騎士団が潰しましたが、それは兄上の指示があったと聞きました。」

 それによって子爵の遠戚が領地を継ぎ、その新領主からの報告書でディートリヒはバーデンを知ったのだ。

 エドゥアルトは思い返すように眉間に皺を寄せて目を閉じ、ほんの数秒で開く。


「イザーク・メルツァーは無事だったか?」

「っ!……大聖堂で襲撃に遭いましたが、偶然、兄上と騎士が近くに。その増援もあって助かっています。襲撃者を除けば、怪我人も死者も出ませんでした。」

「俺の時は大量の武器と爆薬が使われ、大勢が死に大聖堂そのものも崩壊した。イザーク・メルツァーは逃げ遅れた信徒を庇い、瓦礫の下敷きになって死んだと聞いている。」

「…あいつが……」

 エドゥアルトによると、その後の捜査で捕まったのがヴァイゼンボルン子爵だった。

 だからこそ()()()のエドゥアルトは早い段階で騎士団に指示し、彼の密輸を摘発させていたのだ。


「私の時は後に、リーデルシュタイン卿が手引きをしていた事がわかりました。」

「…俺の時は事件の最中に死んでるな。なるほど、そっちも先に抑えれば完全に防げるかもしれねぇ。」

「大聖堂での襲撃は何とかなりそうですが、問題は…」

「そうだな。お前はどうして死ぬ事になった?」


 一つ一つ、ディートリヒが知っている限りの情報を伝える。

 突然ローレンツが毒殺され、容疑者としてディートリヒが捕われたこと。ほぼ同時にエドゥアルトとリリアンが襲われ、護衛は死んだが二人は逃げおおせたこと。

 ユリアが調べてくれた《毒》のこと、シンデルマイサーや侍女の証言とバーデンの証言書、ニクラスの机から計画書が見つかったらしいこと。


 そのニクラス・レヴィンと婚約者のヴィルマ、イザーク・メルツァーは消息を絶ったこと。証言者であるシンデルマイサーとバーデンの無事を、城内においては確認できなかったこと。

 ほんの翌日、エルフリーデ自らが現れ――…そこからは、衝撃と困惑の連続だった。

 ラングハイム侯爵が死に、エルフリーデは自白めいた話を始める。


『わたくしは幼い頃、城の庭で男の子に会った事があります。…大切な思い出でしたわ。いつかまたお会いできると、そう信じておりましたが………もう彼に会えないとわかったら、どうでもよくなってしまったのです。』


 彼女はディートリヒの死を望んだ。

 そして見せられたのは、エドゥアルトから届いたという手紙。


《君がもしディートリヒを殺すなら、執行はユリア・シュミットにやらせるのも一興だろう》


 今ならエドゥアルトがそう書いた意味もわかる。

 他の誰かに殺されるくらいなら、ユリアがディートリヒを殺さねばならないのだ。

 彼女がその状況でディートリヒの死に納得するはずがない――必ず、神に問いかける。


 エドゥアルトは、エルフリーデが気乗りするように「一興」という言葉を使った。

 エルフリーデにとって、ユリアはディートリヒを奪った許しがたい女であっただろうから。


 あわよくば――…ユリアさえ自由に動ける状態なら、武器を持たせた状態なら、ディートリヒを守り切れるだろうという考えもあった。

 ただその可能性は、ディートリヒが「私を殺せ」と命じた瞬間に無くなって。

 ユリアはナイフを構え、命令に従った。


『次こそは、良い選択を。』


 そうして、ディートリヒは戻ってきたのだ。




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