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【完結】殿下、その依頼お受け致します!  作者: 鉤咲蓮
二章 殿下の選択

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幕間 真夜中の邂逅

 



 生まれた時から《おしごと》は決まっていて、わたくしは学ぶことがたくさんあります。


 お父様の言うことを聞いて、本をよみ、じっせんし、お兄様からも教わって。

 色々などうぐの使い方、からだの動かし方、ていねいな話し方も。


 ふしんしゃに気付いた時のたいしょも、見つかってはならない人に見つかった時も。

 てきを前にした時のたいしょも、みかたを守るほうほうも。


 わたくし一人ならどうしたらよいか。

 どこまで、ゆるされているか。


 りっぱになるまで、かってはゆるされません。

 一人前になるまで、「ほんけいやく」はゆるされません。


 りかいしています、大丈夫です。




 でも、ほんの少しだけ。


 今のわたくしはどこまで行けるかしらと、気になって。

 とある夜に、おしろにぴょんと入ってみたのです。

 身をかくして、けはいをけして、こきゅうをさいていげんに、足音をたてずに。


 そうしてあそんでいましたら、まどのむこうに男の子がいました。


 大きなベッドの中で、ぎんいろのかみにあかいかおをしたその方は、くるしそうに目をつむっています。

 まどにはりついてじっと見ていましたら、コホコホとせきをした彼が、目をあけました。

 あおい目でした。


『『………。』』


 わたくしたちは少し、おたがいを見つめ合って。

 彼はおき上がろうとして、でもできないようでした。


 さけぶでも、人をよぶでもなく、わたくしに話しかけようとしているようなので、まどをあけました。

 なにせ、カギはあいていたのです。

 このていどの高さでカギがあいているのは少々、ぶようじんでございます。つめたい風がはいらぬようまどをしめて、わたくしは彼のベッドのそばに行きました。

 見たところ彼はカゼをひいて、ねつがあるようです。目がぼんやりしています。


『きみは……?わたしをむかえにきたのか。』

『むかえ?』

 わたくしは首をかしげました。この方をつれさる予定はありません。


『わたしはしぬんだろう』


 どうしてかそうおっしゃいますが、今、このへやにてきはおりません。首をよこにふりました。


『しにませんよ。わたくしが今、ころさないかぎり。』

『………。』

『ころしてほしいという、いらいですか?』

 わたくしはまだみじゅくなので、ごようぼうのとおりに()()()か、いささかふあんでございます。

 じっと見つめてこたえをまちましたら、彼は目をほそめてわらいました。


『…そうだね……いつかもし、わたしがしぬのなら……きみのような、きれいなひとにおねがいしたい。』


 わたくしに、おねがいしたい!

 なんてうれしいことばでしょう。それも、こんなにすてきなえがおで。わたくしも、かおがかってにわらってしまいます。


『よろこんで。けれど、いらいにはほうしゅうがひつようです。』


 おこえをだすのがつらそうでしたので、ちいさいこえでいいように。

 身をのりだして、ベッドにひじをついてあおいひとみをのぞきこみます。

 かわいらしいおかおの彼は、あかいほほにあおいひとみの彼は、わたくしを見ている。


『なにをくださいますか?』

『――…なんでも。……このへやにあるものは、わたしのものだから。()()()()()()()()()()なら、いいよ。』

 わたくしはへやをみまわして、目の前によこたわる彼に、しせんをもどしました。

 ふとんのはしに見えていたゆびさきにちょんとふれて、いやがるごようすがないので、てをにぎります。

 いのるように、ちかうように、りょうてでぎゅっと。


『わかりました。あなたさまがおわるときは、かならずわたくしがいたしましょう。』

『…やくそく、してくれるのか?』

『はい。ほかの方にはゆずりません。』

『……ありがとう……わたしは、ディートリヒだ。…きみ、は……』

『わたくしは』

 なのりかけましたが、彼は――…いえ。

 でんかはもう目をとじて、ねむりの中におりました。

 そのあたたかい手を、じぶんのひたいにあてて。


『ユリア』


 きこえていないでしょうことはわかっていて、それでもなのりました。

 うれしくて、よろこびでむねがとくとくとたかなります。


『わたくしは、ユリア・シュミットと申します。』


 くすりとかってにわらうくちびるを、でんかのゆびさきにすこしだけあてて。

 おカゼがわるくならないように、きちんとふとんの中にしまっておきます。


『あなたさまがあんしんしてたのめるように、うでをみがきますね。でんか』


 まっていてください、きちんと()()()ようになってみせます。

 あなたさまがさきほどのような、おだやかなえがおでおわれるように。


『《ごよやく》ありがとうございます。わたくしの――…はじめてのいらいぬしさま。』


 ねつにうかされたあなたが、こんや、せつなの出会いをおぼえていなくても。

 いつの日か、あなたのいのちがおわるときには。



『そのいらい、おうけいたします。』





 ◇ ◇ ◇





 ――紳士淑女の皆々様、ご機嫌よう。本日も健康に()()()おいででしょうか?


 ほんの少しの現実逃避に、ユリアは居もしない誰かに語りかける。

 力を無くした身体を支えて床に寝かせ、さらりとした銀髪を撫でた。


 ――わたくしはシュミット侯爵家のユリア。依頼主様のご命令に従い、その命を奪ったところでございます。


 心の中で言葉を紡ぎながら顔を上げれば、目が合ったエルフリーデはハッとして一歩後ずさった。

 ユリアは鮮やかに、たった一手でディートリヒを殺したのだ。思えば毒殺しようとしても確実に毒だけを避け、襲撃者を寄越しても襲撃が起きない形で終わらせた女。

 ごくり、喉が鳴る。


「遺体を…こちらに渡しなさい。ユリア・シュミット」

「嫌です。」

「……聞こえなかったわ。もう一度言ってみなさい」

「嫌でございます。わたくしは、依頼を達成した正式な報酬として殿()()()頂きました。」

 部屋には異様な空気が流れていた。

 勝利したのはエルフリーデであるはずなのに、敗北したのはディートリヒとユリアであるはずなのに。エルフリーデの声が震える。


「…貴女は、何を言っているの?」

「ゆえに、この方をどのように弔うもわたくしの自由――手出し無用でございます。」

 ユリアの視線にあからさまな殺気が混ざり、エルフリーデがびくりと肩を揺らして後ずさる。

 騎士達がすぐ守るように壁となり立ちはだかったが、ユリアの視線から逃れられてはいなかった。到底届かない距離なのに、首筋が冷たい。


「わ、わたくしにっ手を出せば、どうなるか――」

「知った事ではありません。貴女は死を選ばせる程に殿下を追い詰めました。よって仇であり」


 風の鳴る音がした。


「殺害対象です。」


 ユリアがその一言を呟いた時には、エルフリーデ以外の首が裂けている。すべて――全てだ。全員の首から赤色が噴き出した。

 一拍置いて、生暖かい血が床へと降り注ぐ。

 エルフリーデが状況を理解する前に、ユリアがほんの一歩先に立っている。

 黒い髪に白い頬に赤がびしゃりと飛んでいて。


 エルフリーデは絶叫した。


 体裁とか、虚勢とか、意地だとか、そんなものは考えるどころか、頭を掠めもしない。

 ただ次の瞬間に自分は死ぬのだと察して、真っ白になった心には恐怖しかなかったのだ。後方で扉が開く音すら聞こえない。


 瞬きほどの僅かな時間。

 恐ろしい赤紫の瞳がちらとエルフリーデの後ろを見やり、視線を戻して、血濡れの刃を突き出す。

 目の前を銀色が遮った。


「う、っぐ……」


 刃は、よろめいたイザーク・メルツァーの腹部に刺さっている。

 後ろ手にエルフリーデを扉の方へ押しやり、彼は己を刺すユリアの手首を握りしめていた。


 混乱と困惑の最中、呼吸の浅いエルフリーデの脳を疑問が支配する。

 背中しか見えなくとも、自分を庇ったのが誰かはわかっていた。自分がその男に何をしたかもわかっていた。地下牢から逃げる時に負ったのか、彼はあちこちに出血がある。


「……?なんで…どうして、貴方がわたくしを庇うのです。」

 聞いている場合ではないのに、礼も言わず脇目も振らず無様に逃げるべきなのに、エルフリーデはそんな事を聞く。

 理解ができなかった。

 ユリアの手を離すまいと固く握ったまま、イザークは体内がえぐられるのも構わずエルフリーデを廊下へ突き飛ばす。


「ッいいから逃げろ、エル!走れ!!」

「え?」

 倒れ込んだエルフリーデの目の前で扉が閉じた。直後、裏から何かがぶつかる音がする。


「………、えっ?」


 逃げるべきなのに、走るべきなのに、エルフリーデの足は動かなかった。

 ほんの一瞬見えた瞳の瑠璃色が、目に焼き付いている。

 頭は勝手に遠い日を振り返った。


『わたくしはエルフリーデ・アイレンベルクです。あなたは――』

『長いね。エルって呼んでいいかな?』

『かってを言わないでくださいませ!わたくしの名は、お父様とお母様がつけたかくしきあるもので…』

『エル。』

『……もう、しりません。すきによんでください。』


 扉の向こうから音がする。音がする。苦悶の声の後、誰かが倒れる音がする。

 足から力が抜けて、エルフリーデは立ち上がる事ができなかった。


「ど、どうして……貴方が、わたくしをそう呼ぶの。ありえないわ」


『だいいち、あなたの名前も知りません。』

『あれ?そうだったね。おれはディー』

『ディートリヒ殿下っ!』

『ああ、めんどうなのが来た』


「あの日わたくしが出会ったのは、ディートリヒ殿下のはず」


『俺らアルトナー卿には何度も叱られてきたよな。』

『ええ、あれは面倒でしたね。なにせ彼は話が長い』


 ドアノブが動く。

 扉が開いていく。


 ――ありえない、でしょう?


 ユリア・シュミットの足元で、イザークは少しも動かずに倒れていた。

 立ち上がれないエルフリーデは震える手を伸ばし、無様にも四つん這いで彼のもとへ向かう。

 ユリアは立ったまま、虫を見るような目で眺めている。


『つれだしてあげようか、おれが。』

『…また、ことばがみだれていますよ。』

『ふふ。まじめでかわいいな、きみは。』


「何で、どうして――…こ、答えてください。イザーク様」


 首筋を切り裂かれ、シルバーブロンド(ぎんいろのかみ)は血に汚れていた。

 瑠璃色の瞳(あおい目)はもう、何も見えてはいない。


『…相変わらず真面目だな。君は』


「うそ……嘘でしょう」

 エルフリーデの目からぼろぼろと涙が流れ出した。

 どれほど信じたくない事でも、それが真実なのだとわかってしまう。


『良い夜だな、エルフリーデ嬢。私と一曲どうだろう』

『…初めまして。随分と馴れ馴れしいのですね。貴方はメルツァー公爵家のご令息かしら』


 かつて、イザークは無邪気な笑顔で誘いをかけた。

 庭で会った男の子はディートリヒだと信じていたエルフリーデは、イザークを無礼な相手と思い冷たくあしらった。

 彼はその時どう思っただろうか。


『……ああ、これは失礼。ご推察の通り、私はイザーク・メルツァーだ。』

『先に言っておきますが、わたくし将来は王家に嫁ぎますの。そちらも、良いご縁が見つかるといいですわね。』


 僅かに引きつった笑みは、無礼を咎められた気まずさではなく。

 忘れられたのだと、そう思って傷ついた顔だった。


「あ……わ、わたくしは…わたくし、」


 涙がとめどなく溢れ、血を吸った絨毯に落ちていく。檻越しに自分を真っすぐ見据えたイザークの眼差しをまだ、覚えている。


『――ディートリヒなんかやめて、私にしておけ。』


 エルフリーデが罪を犯したと知ってなお、彼はそう言った。

 足を止める機会はあった。考え直す機会もあった。

 全てを放棄して走り続けたのはエルフリーデ自身だ。


「間違えてしまったの?」


 死と沈黙に包まれたこの場において、彼女の問いに答えられるのは一人だけ。

 ぴしゃり、血に触れる靴音がした。


「えぇ、きっと」


 絢爛豪華なシャンデリアを背に、ユリアが平坦な声を発する。

 涙に濡れたエルフリーデの瞳はゆっくりと彼女を見上げた。


「取り返しがつかない程に、何もかもを。」


 天使は光の翼を広げ、血濡れの刃を持って罪人を見下ろしている。

 己の罪を知り、ここで死ぬべきだと理解して――せめて共に死にたいと願い、罪人は目を閉じた。




 ユリアは一度手を動かし、たったそれだけでエルフリーデは死んだ。




「次は――…いえ。貴女がたの次なんて、どうでもいい事です。」


 放り捨てたナイフが、とすんと音を立てる。

 ぴちゃりぴちゃりと血の泉を渡って、ユリアはディートリヒのもとへ帰ってきた。まだ温かい身体を大切に抱きしめる。


「依頼を全て終えてしまいました。殿下」


 柔らかな頬に口付けて、ユリアはディートリヒを抱えて立ち上がった。遠くから足音が聞こえる。エルフリーデの傀儡が敢えてそうしたのだろうが、あまりに遅すぎる騎士の到着だ。

 窓から外へ出て、城の屋根に上る。

 王都の街並みがよく見え、素晴らしい景色だった。


 どこで燃え尽きるのがよいだろうか。

 ぼんやりと考えながら、ユリアは動かないディートリヒに語り掛ける。


「……殿下を殺すのならば、どの道すべて殺しますと。そう、貴方様にお伝えする事もできました。お優しい貴方の選択肢を奪う事など、簡単でございます。」


 穏やかな風が吹いていた。


「でも、そうやって脅したら……貴方様は、わたくしに笑ってくれたでしょうか。」


 階下からは騎士達の駆ける足音や指示を飛ばす声が響いている。

 どうやらニクラス・レヴィンとその婚約者の遺体が発見されたようだった。彼は婚約者を盾に取られてなお、エルフリーデに抵抗したのだろう。

 ディートリヒを裏切らない事を選んだ者の存在に、ユリアは少しだけ微笑んで目を閉じた。


 ――紳士淑女の皆々様、ご機嫌よう。わたくしの殿下の骨一本、髪のひと房、血の一滴さえも渡しはしない。


 すべては炎の中へ。

 フェリクスやシュミット侯爵が戻る頃には、ユリアもディートリヒも()()()だろう。


「そういえば…次はお間違いなきようと、次こそは良い選択をと、申して参りましたが。」


 ディートリヒの「君一人なら必ず生き延びる」を、ご命令ではなかったからと言い訳をして。ユリアは家族も国も罪状の行方も知らぬまま、ただ二人きりで終えようとしている。

 人気のない高台で、廃れた教会の中。


「自分を殺す時には、なんと言うべきなのでしょうね……?」


 炎が舞う。


 ――もし、次があるならば。違う命でも違う姿でも違うわたくし達でも、またいつか、貴方に会えるなら。


 ディートリヒのさらりとした銀髪を撫で、ユリアは微笑んだ。

 目尻から溢れた熱い雫が頬を伝い落ちる。


「殿下。その時は」


 口付けた唇は冷たかった。

 死を実感して涙を落としながら、ユリアはディートリヒを抱きしめる。縋るように名を呼んだ声は震えていた。


「わたくしを、信じて…」






 天使の声は神へと届き、そうしてぴたりと世界は止まる。


 選ばれた一人の記憶と魂を過去へと飛ばし、新たな道へ。



 次こそは、良い選択を。






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― 新着の感想 ―
きれいに騙されていました。 このお話はミステリーだったのですか。 コメディと思ってちょっと前まで楽しく読んでいました。 そして次は回帰ファンタジーへと。 ここまでたったの22話。それで中身はこのボリュ…
[良い点] 庭園の邂逅はエルフリーデとイザークだったんですか!? 話し方などが現在と少し違っていたのは昔だからなどではなく、単純に別人だったからなんですね。ユリアとディートリヒとして読んでも一切の矛盾…
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