表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】殿下、その依頼お受け致します!  作者: 鉤咲蓮
二章 殿下の選択

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/66

17.いずれ妃となる、君。




 部屋の入口近くには護衛騎士と侍女が控えている。

 ベッド脇に椅子を置き、わたくしはディートリヒ殿下を見つめておりました。

 出逢ったあの日と比べれば確実に成長されているのですが、それでも懐かしい寝顔です。


 もう、何年前の事でしょう?

 殿下が瞼を開けて、その青い瞳にわたくしを映した……あの瞬間を、今でもはっきりと思い出せます。


 貴方様が覚えていなくとも。

 高熱に苦しみ、記憶の彼方に消えてしまっても、夢のようであったとしても。


 あの日のわたくし達は確かにいたのだと、果たすべき約束があるのだと、わたくしは知っています。

 だからご安心ください、殿下。


 もし《主君》になってくださらなかったとしても、わたくしは覚えている。

 お傍にいられない立場に、日々に、戻ってしまったとしても。

 あの日の出会いを、最期まで思い出してくださらなかったとしても。


 それでも必ず全う致しましょう。

 貴方様の…


「う……ん…」

 瞼がぴくりと動き、掠れた声と共に殿下が目を開ける。

 まだ少し意識が浮上しきらない、ぼんやりとした表情。深い青色の瞳。ゆるりと瞬いてわたくしをその目に映し、殿下は微笑んでくださいました。


「ユリア…」

「はい。ディートリヒ様」

 人目がありますので殿下とは呼びません。

 わたくしが婚約者らしく微笑み返して名を呼ぶと、殿下は嬉しそうに目を細め――…ぴたりと、真顔になりました。少々眉を顰めておられます。


「ユリア?」

「はい。わたくしです」

「何で私の部屋にいるんだ。いや、今は何時だ?私は一体、」

 記憶がやや混濁しているご様子。

 眠りについたのではなく失神なさいましたから、無理もありませんね。わたくしは「大丈夫ですよ」とできるだけ穏やかに語り掛けました。


「緊急時であると判断し、付き添わせて頂きました。ディートリヒ様は午後二時七分に失神され、今は午後四時三十八分でございます。」

「四時半過ぎ!?ニクラス――」

「はい。レヴィン様にはご連絡済みです」

 殿下が勢いよく起き上がろうとなさったので、それとなく両肩をストトッと突いて押し戻し、お布団を素早く、かつ丁寧にかぶせ直す。これで元通りでございます。

 急に起き上がるなんて、立ち眩みなど起こしたらどうするのでしょう?いけませんよ、殿下。


「……、今何が起きたんだ?」

「二時半予定でしたシンデルマイサー医師との面談は、僭越ながらわたくしが代理を。第一王子殿下の病状は、ここ一週間ほど安定しておられるそうです。少量ずつであれば、来週から新薬を試す方向で調整できると。」

「そうか、それはよかった…」

 安心された様子の殿下は、ひとまず落ち着いてくださったようです。

 ある程度対応をしたのだろうと察し、こちらの話を聞こうとなさっている。えぇ、きちんとやったのですよと言いたくて、わたくしはサイドテーブルに置いていた資料を手に取りました。


「三時十五分には予定通りフィッシャー様の訪問があり、ブライトナー領について報告書の提出がございました。口頭で補足があった部分は別紙にまとめております。また一点、わたくしの愚見を添えてしまいましたが、もし不要と判断されましたらお気になさらずに。」

 続けて何点か、レヴィン様がわたくしに明かしてよいと判断された限りで、幾つか報告と相談がございましたので、その対応と、必要であれば「なぜその対応をしたか」についてお伝えしておきます。


 殿下は思案顔でじっと聞いていてくださいました。

 眉を顰めるような事はなかったので、おおよそ、わたくしの対応は誤っていなかったはずです。


「…後はバルヒェット伯爵領の鉱山事故が、実情より大袈裟に報告されていた件について。こちらの調査報告を虚偽だと仰って、伯爵ご自身が押しかけて参りました。」

 無論、警備にあたっていた騎士が廊下の先で止めてくださったのですが。

 少々お声が大きかったものですから……殿下の眠りを見守っていたわたくしとしては、姿を現して「お静かに願います」と、そうお伝えした次第でございます。


「廊下で急にお眠りになられましたので、後の事はゼッフェルン様に対応をお任せしております。」

「わかった。それで大丈夫だ……すまない、随分手間をかけてしまったようだな。」

 殿下はゆっくりと身を起こし、わたくしと目を合わせて苦笑されました。

 申し訳なく思っておられるご様子ですが、そんな必要はありません。


「この程度は当然です。」

 殿下の手を取り、滑らかな手の甲にわたくしの額をあてました。

 続けて、指先に口付けを。


「わたくしは、貴方様の妻になるのですから。」


 顔を上げて微笑むと、なぜか殿下の喉がヒュッと音を立てました。

 はて。わたくしは殺気も武器も出していないのですが。


「………ユリア」

「はい」

 返事をして手を離そうとしたものの、今度は殿下がわたくしの手を握っています。

 赤いお顔で、熱っぽい眼差しでわたくしを見つめたかと思えば、視線を泳がせる。


「ありがとう…その、君が居てくれてよかった。」

「お言葉を嬉しく思います、ディートリヒ様。わたくしは――お力になれたでしょうか。」

 使えますでしょう、という言い方はせずにおきました。殿下が明確に拒否した表現ですから。

 わたくしの手を握り、殿下は僅かに目を細めて微笑みます。


「もちろんだ。……私の妃は優秀だな」


 妃。

 そう言い切って頂くにはまだ…ほんの少し、気の早いお言葉ですが。

 甘く優しい眼差しについ、見とれてしまいます。ディートリヒ殿下がわたくしを真っすぐに見つめている。


 変わりませんね。

 貴方様の、その――真摯なお心は。


 暗殺者(どうぐ)の主には向いていない。


 だって、わたくしを道具として見れていません。その気もないご様子。

 幼い頃から磨いてきたこの腕を全力で振るう機会は…ディートリヒ殿下に仕える限り、そう多くはないのでしょう。

 殿下は「人を殺す道具」を欲していない。

 けれど。


『――…どうか、長くお傍にいさせてくださいね。』

『ああ、共にいよう。私が望み、君が許してくれる限り。』


 けれど貴方様は、わたくしを選びました。

 わたくしを求めました。


『君がそう言ってくれるなら、私は婚約を続けたい。』


 他の誰でもない、わたくしに頼んだのです。

 だから。


「どのような《お仕事》でも、ご期待に沿ってみせましょう。」


 あの時と同じ温かさを感じながら、わたくしは微笑んでお約束致します。

 嬉しくて、喜びで胸がとくとくと高鳴っている。


「ありがとう。頼りにしているよ、ユリア。」

「はい。ディートリヒ様」


 必ず応えましょう、貴方様が望む限り。

 守ってみせましょう、貴方様が想う人を。

 共に支えていきましょう、貴方様が背負う国を。


 そうしていつかは殺しましょう、貴方様が望むまま。

 穏やかに笑って終わりましょう、わたくし達の物語を。


 いずれ……遠い未来で。





 ◇





 豪奢な屋敷の一室で、騎士が跪いている。


「……天使」


 長椅子に腰掛けた金髪の女は、艶やかな唇でその単語を呟いた。

 イザーク・メルツァー公爵令息が、第三王子ディートリヒに対し、その婚約者ユリア・シュミットの存在を揶揄った言葉だ。

 人の姿を取りながら、人とは思えぬ程の美貌を持つという神の使い。

 そんなものは――


「お伽噺(とぎばなし)、ですわね。」


 長い睫毛をゆったりと重ね合わせ、女は熱の無い冷めた声で言葉を紡ぐ。

 騎士は熱心に彼女を見つめている。焦点が合っているのか怪しい程に。


「――《神は常に我らを見守り、正しき者には天使を遣わす》。」


 天使は光の翼を広げ、手にした刃で闇を払う。

 神の御業(みわざ)で道は開かれ、人は新たな生を得る。


 今世もし上手くいかずとも来世がある、そんな話だ。

 人生に絶望するような事があっても、正しく生きる事こそ素晴らしいのだと。より良く生きなさい、より善く在りなさい、そう言いたいだけのこと。


「天使なんて…そんなもの、どこにもいませんのにね。」


 彼女が返事を求めていない事を、騎士は知っている。

 騎士が何も聞いていない事を、彼女は知っている。

 美貌を見つめるだけで幸福だと言う、その心の奥に「あわよくば」などないと信じている、馬鹿な男。


 蠱惑的な唇を広げた扇子の裏に隠し、エルフリーデ・アイレンベルクはため息をつく。

 その仕草までもが美しい。


 彼女は王妃になるべくして生まれ育ち、第二王子エドゥアルトと結ばれるはずだった。

 けれどそれでは困るから、いずれ彼を落とし、第三王子ディートリヒを得るはずだった。


 それがどうしてかエドゥアルトは自ら去り、道は簡単になったかに見えた。

 しかし。


『シュミット侯爵令嬢!』


 ディートリヒの選択はあまりに重かった。

 それがわかったのはあの夜会からしばらくの後。数多の罠も襲撃者も、誰一人ユリア・シュミットを落とせないとわかってからだ。


 侍女の一人に同僚の仕業に見せかけて毒を入れ続けさせても、ユリアは誰を遠ざけるでもなく、毒入りだけを的確に避けている。

 さすがに偶然ではない。「そこから離れろ」と、その意図は伝わっているはずだ。

 なのに動かない。


『望まれたなら全力でお応えする覚悟がある、それだけの事です。』


 ディートリヒはユリアを選び、ユリアはディートリヒに応えようとしている。

 それは決して悪い行いではない。むしろ本人達からすれば《正しい》行いだろう。


 あの二人は悪くない。

 だが、それならば。


 ――……わたくしは、何のために…。


 望んだ結末があり、思い描いた未来があった。

 そのために前を向き、努力してきた自分がいた。

 けれど、それが手に入らないのなら。


 前を向く意味は。

 努力した意味は。

 願いを支えに生きてきた自分は。

 未来を頼りに立っていた自分は。


「――…本当に、滑稽で………なんて、(みじ)め。」


 ぱきん、と音がした。


 閉じた扇子か、別の何かか、エルフリーデは音の原因を考えない。

 光のない碧の瞳はただ、閉じた窓の向こうを見つめていた。

 色を深めた青空にじわり、黒が滲んでいく。


 夜が始まった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ