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【完結】殿下、その依頼お受け致します!  作者: 鉤咲蓮
二章 殿下の選択

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16.私の心臓に悪い君




 わたくしが城へ来て、早くも二週間が経ちました。


 婚約指輪も頂き、衣服や靴など身に着けるものは全て贈り物仕様というわたくしです。深い青色の宝石や銀刺繍などあちこちにディートリヒ殿下の色が使われており、鏡を見ると気合も入ります。

 少なくともきっちり一年間、更にはやがてわたくしを妻にして頂くかもしれないディートリヒ殿下のため、本日も頑張りましょう。


 ちなみに、客室から移った部屋は少しばかりディートリヒ殿下のお傍に寄ったものの……護衛的観点から申しますと、やはりまだ距離は離れておりました。

 地道に日々「夜もお傍に居ては駄目でしょうか」と粘っているのですが、殿下は首を横に振るばかり。


 ですが、わたくしにはわかっています。徐々に否定までの()が長くなっていると…!


「……あの、あまりジッと見ないでくれ。」

「見ていたいのですが、駄目でしょうか?」

「…駄目ではないです……」

 なぜ時々敬語になるのでしょう。

 それは未だわからない謎なのですが、「駄目かを聞くと八割がた通る」は、ここ数日確信を持ち始めました。なので、夜間の天井裏あるいは隣室での待機もいずれ……諦めませんよ、殿下。

 一つのソファに並んで座り、じわりと頬を赤くする殿下を見つめておりますと。


「あっ!」


 そんな声の直後、部屋の奥から破裂音が。

 わたくしは片手でテーブルクロスを引いて盾にしつつ、反対の手で殿下を押し倒し覆いかぶさります。一陣の風と、クロスにポトポト何かが当たっていく感触。

 あの男、またやったようでございます。幾度締め上げたら学習するのでしょうか?ついつい眉根を寄せてしまいます。


「ユリア、もういいのでは」

「まだ埃が舞っていると思われます。しばしお待…」

 顔を下へ向けたところ、唇が殿下の頬に触れました。変に言葉が途切れます。距離を誤った事も含めてお恥ずかしい失敗です。

 瞬いてすぐに唇を離しましたが……薄暗い中で見る間近な殿下につい、目が吸い寄せられる。


 驚いたのでしょう、薄く唇を開いた殿下は瞳を丸くしてわたくしを見ていて。

 嫌悪の表情ではないあたり、わたくしとそういった接触があっても平気だと見てよいのでしょうか。《天使》様ほどは望まれていないかもしれませんが、無理ではない、と仰っておりましたものね。


 少し、胸の奥が温かく感じる。

 血流の増加でしょうか。


「――殿下…」

 わたくしは今、なぜ呼んだのでしょう?

 続く言葉などありません。伝えるような事は何も。ただ、お可愛らしい表情ですねなどという感想ですとか、触れた身体の厚みからして貫通にはどれくらいの力が必要ですねとか、人肌は柔らかく温かいというごく単純明快な接触結果などが頭を過ぎ


「げぇほっ、げほっげほ!そちらご無事ですか~!?」


 汚らしい咳き込みが聞こえ、びくりと肩を揺らした殿下が目をそらして身じろぎます。わたくしは察しの良い暗殺者ですのでわかります。これは言外に「離れてくれ」と仰っているのです。


 …確かに、もう起き上がっても良いでしょう。

 クロスに載っているであろう埃などが殿下に落ちぬよう、気を付けて身を起こしました。

 部屋の奥から痩せた男が歩いてきます。


「いや~失礼しました!部屋の掃除は後でやっておきますねぇ」

 鳥の巣めいたボサボサの茶髪を埃まみれにし、彼は吹き飛んでいたらしい小さな黒いサングラスを指で摘まみ上げる。キツネのように細い目と、人を騙すのが生業かのような胡散臭い笑顔。


 コンラート・バーデン、これでも凄腕の薬師。

 わたくしと各種毒薬と解毒薬について会話が成り立つであろう程の知識を持つ男です。解せないことに。

 彼はディートリヒ殿下に与えられたこの部屋で新薬の研究をしております。


「あれ、クロスを盾に?さすが、都会の方は俊敏なんですねぇ~!すみませんでしたあ、ワタクシとした事がうっかり――」

「ボムの実を火に落としたのですね?気を付けなさいと何度言えばよろしいのでしょう。そのアタマを刈り上げて頭皮に直接刻んだ方が良いのでしょうか」

 バーデンはわたくしより背が高いので、倒れたチェストの上に失敬して胸倉を掴んで差し上げました。「アーッ!」と悲鳴を上げてもがいておりますが、小規模とはいえ爆発は四度目でございます。

 わたくしと殿下は進捗を聞きに来ただけですのに、なぜこうなるのでしょう。


「ユリア、下ろしてやってくれ。」

「…ディートリヒ様が、そう仰るのでしたら。」

 ご命令とあらば仕方がありません。

 床に足がつくようにしてやって手を離すと、バーデンは「ありがとうございますぅ」と胡散臭く揉み手をしました。それ以上殿下に近付いたら喉を拳で突きますよ。


「バーデン、もう茶の用意はいいから座ろう。報告を聞かせてくれ」

「ええっ、いいんですかぁ?美味しいのを頂いたので、是非とも振る舞いたかったのですが……アッ、なんでもないです。報告ですね~」

 じっと見ておりましたら、バーデンが大量の汗を掻きながら後ずさりしました。

 殿下がわたくしの手を取ってソファへエスコートしてくださいます。


 クロスで庇ったのでわたくし達が座るソファの座面は無事ですが、向かいは薬草やら埃やらが飛び散っておりますね。

 何も気にせずそこへ腰かけるあたり、バーデンの粗雑さがわかるというもの。

 薬の研究や調合に関しては有能なのですが、それ以外に対してまるきり注意力も集中力もないのです。……殿下が関わるからには、もう少しなんとかならないのでしょうか、この男。

 シュミット侯爵邸に三日程預かってよいのでしたら、少々()()を…


「薬ですが――…ほぼ、完成したと言って差し支えありません。」

「本当か」

「はい。頂いた材料を加えた事で、治験患者からはワタクシの見立て通りの反応が得られています~。ただ…」

 バーデンがポリポリと頭を掻く。

 フケが落ちてこないのは使用人が毎夜湯舟へ放り込んで丸洗いしているからです。

 意外にも真剣な目をして、バーデンは声を落としました。


「第一王子殿下の病は、進行し過ぎています。もっと早い段階なら良かったんですが……恐らく、症状の緩和にしかならないでしょう。」

「……そう、か。」

 ディートリヒ殿下と同じく側妃殿下の子である、第一王子ローレンツ殿下。

 元々病弱なお方ではありましたが、数年前一気に体調を崩されてからは寝たきりだと聞いております。それより早く処方できていたならば、違う未来もあったのでしょうか。


 調合にあたってバーデンが書いたらしいメモを、殿下はじっと読んでおられます。

 仮にローレンツ殿下には緩和までしか効果がなくとも、今後同じ病に倒れる者達にとってこの薬は救いになるでしょう。

 騎士にバーデンの護衛(お守り)を任せ、わたくし達は部屋を出ました。



「彼を知るのが遅かったな」


 廊下を歩きながら、殿下がぽつりと漏らします。

 バーデンは研究に興味はあれど自分の名を広める事を知らぬ男でした。伝手がなく必要な材料を手に入れる術もなく、薬学研究所とは名ばかりの古い小屋に住み、地域住民に自作の怪しい薬を授けていたと言います。

 新しい領主がそういった男がいる事を報告書に書き添え、それがディートリヒ殿下の目に留まったのです。


「父上が医師や薬師を募った時は、既にある程度名の知れた者しか通らなかった。」

「実績のない者に任せるわけには参りません。仕方のない事です」

「募る声も辺境までは届かず、才あっても資金の無い者では王都へ来る事すら難しい。」

「結果が出ずとも旅費を担うと言えば、詐欺を働く者も出ます。対応しきれません」

「そう――…どうあっても無理だったとはわかっているが。……それでも、悔しいものだな。」

 目を伏せた殿下のお顔は寂しげで、わたくしは申し訳ない気持ちになりました。

 今、貴方様を助けて差し上げる事ができない。明確な敵が居て、それを殺せばいいならごく簡単なのですが。これはそうではありません。……儘ならないものです。

 それでも何か、少しでも何かと、わたくしはつい口を開いてしまいました。


「…貴方様のお心遣いを、第一王子殿下は喜んでくださると思います。」


 かのお方と話した事もないくせに、適当な推測を。

 ですがわたくしなら、ディートリヒ殿下が自分のために薬師を呼び、研究させてくださったと聞けば……きっと、嬉しく思います。

 殿下が大切に想う兄君なのですから、第一王子殿下もきっと、そうだと思うのです。


「…ありがとう、ユリア。」

 励ますには到底足りなかったでしょうわたくしの言葉に、殿下はお礼を言ってくださいました。

 手を握られると、なぜかわたくしが励まされたような気になります。


 あの頃は互いに小さな手でしたのに、今は明らかに、わたくしより殿下の手の方が大きい。

 温かい手を握り返して微笑むと、殿下は反対の手で胸を押さえて俯いてしまいました。足が止まってしまわれたので、わたくしも止まって首を傾げます。


「ディートリヒ様?」

「…心臓は、動いている。」

「何よりでございます。」

「手…あの、手を離してもいいだろうか。汗をかきそうで」

「繋いでいたいのですが、駄目でしょうか。」

「…駄目じゃない……」

 やはり「ひとまず聞いてみるべし」、です。

 それにしても、八割がた通ると思っておりましたが……九割がたの間違いだったかもしれません。

 殿下が顔をそむけるので、わたくしとしては赤いお耳をじっと見ていたかったのですが。


 前からのんびりと迫る足音、明らかにこちらへ向けられた視線。

 無視するわけにも参りませんから、そちらを見ます。わたくしと目が合うと、その方は緩く口角を上げる。


「良い昼下がりですね、殿下。それにシュミット侯爵令嬢。」

 先日危うく暗殺されかけていたと聞く、イザーク・メルツァー様。

 肩を越す長さのシルバーブロンドを今日は低い位置で一つにまとめ、フレームレスの眼鏡は落とさないようチェーンがついております。

 聖地の守護者たるメルツァー公爵家の後継者らしく神父服を着ておられ、朗らかな微笑みと柔らかな物腰、切れ長の目に整ったお顔立ち…と、夜会では未婚のご令嬢に囲まれていました。


 温和そうに見えますが、このお方は世間一般の認識よりは武闘派でございます。わたくしは一秒もなしに捻れますが。

 微笑みを返し、淑女の礼を。


「ご機嫌ようございます、メルツァー様。」

「イザーク、こんな所でどうしたんだ?」

「先日の襲撃の事で少し。お二人は例の研究者とお会いになった所ですか?」

「ああ。治験の結果を見せてもらったんだが…」

 わたくしがいるから丁寧にお話しされているようですが、かつて殿下につけていたお父様の部下からの報告では、人目がない時のメルツァー様は中々にお口が悪いとも聞いております。


「伯爵は大丈夫か?君が襲われたと聞いて寝込んだらしいな。」

「ご心配なく、祖父はもうすっかり元気ですよ。鬱陶し――やや辟易する程に絡んできます。滞在先を変えるか悩みどころです」

「そう言ってやるな。可愛い孫が来て嬉しいんだろう」

「さて、それはどうでしょうか。」

 気の置けないやり取りを聞きつつ、邪魔をしないよう少々気配を抑えめにしますが…メルツァー様は、殿下が王太子となられる事をどう受け止めているのでしょうね。

 敵意も懸念も感じられない以上、別に構わない…といったところでしょうか?


 エドゥアルト殿下の継承権放棄も含め、関係者以外であっても公爵家までは知らされている話でございます。

 会議の場では渋い顔をなさった方もいれば、当然とばかり頷かれた方も、ただ黙っていた方もいたとか。

 ちなみに…アイレンベルク公爵家は、意外にも異論を唱えなかったそうでございます。


 国王陛下は本日、王妃殿下や宰相閣下を伴って隣国へ出向かれました。

 そのお戻りを待って来週には貴族院での発表があり、即位式の日程も含めて国中に知れ渡る事でしょう。


「逢瀬の邪魔をするのもなんですから、私はこの辺で失礼致します。」

「逢瀬?い、いや。彼の状況を知るのは共通の仕事というか、決してその…」

「では、殿下。()使()()をお大事に。」


 くすりと微笑んで、メルツァー様は踵を返して行ってしまわれました。

 …殿下の《天使》様を知るのは、レヴィン様だけではなかったようです。わたくしが婚約者の位置にいたとて、彼女の事を忘れるな…と、そう仰りたいのでしょうか。


 隣を見上げてみますと、殿下は目を泳がせました。やましいのでしょうか?わたくしにはまだ、《天使》様の事を教えてくださいません。

 どこのどなたなのでしょう、《天使》様。


 わたくしと婚約を続けたいと仰ったのに、殿下はまだ信用してくださらないのでしょうか。

 《天使》様の事も、夜会でレヴィン様と話していた《お仕事》も。

 どうしてか少し殿下を困らせたくなって、必要もないのに殿下の腕に自らの腕を絡めました。


「ゆ、ユリア?」

 わたくしの不機嫌を察していらっしゃるのかいないのか、お声が上ずっている。

 恐怖は感じていないご様子ですが、その気になれば即座に殿下の肩を外して差し上げる事もできるのですよ。

 なので、今は《天使》様の事を思い浮かべる時ではありません。


 微笑むという行為は、一体どのように筋力を使えばよかったのでしたか。うまく表情を作れず眉に力が入ってしまうのですが、黙っている事もできませんから殿下を見上げます。

 殿下。今は


「わたくしだけ、見て」


 くれませんかと言う前に、殿下が胸を押さえて失神してしまいました。

 なぜそうなったのでしょう?

 無論、危ないので地面にお倒れになる前に横抱きにしましたが。

 後ろを振り返ると、ついてきていた護衛は目を丸くして慌てており、日々わたくしに毒入り紅茶を用意する真面目な侍女と目が合います。


「何が起きたのでしょう。わかりますか?」

「今のはユリア様が悪いかと。」


 失神するほど血管を締めた覚えはないのですが…。

 ひとまず今は夜間ではありませんし、何より緊急時です。お部屋に運んで看病致しましょう。そう決めて、わたくしから殿下を奪おうとする護衛騎士から一歩離れました。




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