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【完結】殿下、その依頼お受け致します!  作者: 鉤咲蓮
二章 殿下の選択

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12.可愛い人だな、君は。




 紳士淑女の皆々様、ご機嫌よう。

 今宵も健康に()()()おいででしょうか?


 真っ暗闇から失礼致します、わたくしはシュミット侯爵家のユリア。

 長い黒髪に赤紫の瞳を持つ暗殺者にして、第三王子ディートリヒ殿下の婚約者でございます。


 本日から城で暮らす事となり――といっても、さすがに昨日の今日で部屋の支度は間に合わないとかで――ひとまずは客室に滞在する運びとなりました。

 そうして就寝時間を迎え、この暗闇に身を置いているというわけでございます。


「はぁ……」

 ベッドが軋む音と、ディートリヒ殿下の悩ましいため息が聞こえました。

 おそらく就寝前の殿下がベッドに腰かけ、物思いにふけっておられる所かと。いえ、今後について策を巡らせている…と言った方が正しいのでしょうか?


「ユリア…」

「はい。お呼びでしょうか」


 ガッゴシャドタン!


 すごい音が致しました。

 わたくしも未熟ですね…まさか今呼ばれると思っておらず、些か驚いてしまいました。今後はもっと気を張っておかなくては。

 さて、今の音が聞こえたのでしょう、見回りが廊下を駆けて部屋の外にやって来たようです。


「夜分失礼致します。第三王子殿下、何か音がしたようですが…」

「物を落としただけだ。戻っていい」

「はっ!」

 足音は元の立ち位置へ帰っていきます。

 コトリと聞こえてくる物音からして、殿下はシェードランプを倒してしまったのでしょうか?先程は人が倒れたような音もしておりましたが、まさか殿下が転んだわけではありませんよね。


 もちろん《わたくしが居ると思わず、返事があって驚いた》などという事もないでしょうし。

 あらかじめ「夜もお傍に」とお伝えしていた以上、わたくしが近くに居ると。そう信じて声をかけてくださったに決まっております。


 つまり、立ち上がった拍子にランプを引っ掛けてしまったとか?

 殿下は意外とうっかりさんな所がおありなのですね……わたくしがお守りしなくては。


「こほん。……ユリア?」

「はい、殿下。」

「………、顔を見せてほしいのだが、君は今どこに?上から聞こえているのはわかる。」

「こちらでございます。」

 かこん、と敢えて音を立てて天井板を外し、顔を出します。寝巻姿の殿下はわたくしを見上げ、なんとも頭が痛そうな顔をされました。

 額に手をあてておられますが、どうかご心配なく。

 城の警備を掻い潜ってここまで来られる者などそうはおりません。わたくしはできますが。


「…降りてきてくれ。」

「はい、ただいま。」

 しゅたっと着地して仕事着のフードを下ろし、姿勢を正しました。

 もちろん服に埃などつけておりません。身を潜める場所の清掃も完璧でございます。


「その服は――いや、それより。いつからあそこに?」

「殿下が湯浴みから戻られてすぐです。別の場所から天井に入り、こちらへ。」

「客室前の廊下には見回りの者がいたと思うのだが」

「そっと目を盗んで参りました。」

 容易い事でございます。

 見られて困る相手がいるなら、その視界の外を無音で通ればよいのですから。


「……もしや、滞在中毎晩あそこで護衛をするつもりだろうか?」

「はい。お任せくださいませ!」

「やめ………ぐっ……」

 やる気に満ちた笑顔で返事したところ、何か言いかけた殿下が胸に手をあてて一歩、二歩と後退を。

 わたくしをチラと見るので首を傾げましたら、殿下はベッドに腰かけ視線を泳がせました。


「…き…君が毎晩近くになど……そこまで警戒する必要はないのではないか?見回りの者もいるし」

「わたくしが殿下(護衛対象)のお傍に居たいのです。」

「っ……しかし淑女が夜に…その、天井裏に居るのはな。私も君にはきちんとベッドで休んでもらいたいし。」

「左様でございますか…天井裏でなく、ベッドで……。」

「ん?………わっ私のベッドで共に寝ようと言っているわけではない、断じて!断じてだ!(小声)」

 わかりきった事ですのに、殿下はなぜか懸命に伝えてくださっています。

 もちろん承知しておりますと返しましたら、ほっと息をついて肩の力を抜かれました。


 湯浴みからまだそう時間が経たないせいか、殿下の頬が赤く色づいている。

 銀色の御髪は艶めいて美しく、寝間着の合わせはゆとりがある分、普段はシャツで隠れている首元から鎖骨までが見えておりました。

 こう…こういう角度でナイフをあてますと、人間はスッと逝きますね。つい脳内で考えてしまいます。


「!?今一瞬寒気が」

「失礼しました、わたくしです。」

「なんだ、君か…」

「――…」

 あっさりと警戒を解く殿下につい口を開きかけましたが、お言葉を続けられる方が早く。


「ユリア。君に護衛を頼んだのは確かだし、警備の目を盗んで此処まで来れる君だからこそ、夜間の暗殺警戒が必要だと考えるのもわかる。」

「……はい。」

「張り切ってくれているのを邪魔したくはないが…休息は取って欲しいし、同じ部屋というのは流石に問題ではないかな。」

 どうやら本気のご様子。

 でも殿下に万一の危険が及んだ時、すぐに駆け付けられる距離でなければなりません。お部屋の天井裏は合理的なのです。

 問題、などと。そんな風に言われては困ってしまいます。


「…駄目、ですか……?」

「ぐ………そ、そんな悲しい目をしないでくれ。君が嫌だと言っているわけではな……っくしゅ、失礼。」

 小さなくしゃみを聞いてハッとします。

 わたくしは仕事着にローブにと着込んでおりますが、就寝前の殿下は寝巻一枚。慌ててお傍に行って布団を捲りました。


「配慮が及ばず申し訳ありません。殿下、御身を冷やしてしまいますからこちらへ。」

「なぜそうなるんだ!?上に着れば大丈夫…というか、そんなに冷えていないよ。一度くしゃみをした程度で…」

 逃げるように立ち上がった殿下はそう仰いますが、わたくしはしっかりと首を横に振ります。

 殿下のもとまで歩み寄って進言致しました。


「風邪は万病のもと。甘く見ては大変な事になりますよ。」

「っ…そうかもしれないが、あの。本当に平気だから。」

「……こうなれば、羽交い絞めにしてわたくしごと」

「わかったからそれだけはやめてくれ。」

 真顔でそう仰ると、殿下はわたくしが望んだ通りベッドに入ってくださいました。

 仰向けになって枕に頭を乗せ、柔らかな布団を胸元までかけて…胸元まで、ですか?つい眉根を寄せてしまいます。本当は腕もしまって、肩まですっぽりとかぶって頂きたいところです。


「…本来人に見せる姿ではないから、気恥ずかしいな。私は一体何をしているんだ…」

「風邪を召されては大変ですし、まだ話が終わっておりません。ご辛抱を」

 殿下がすぐお休みになれるよう、壁掛けランプの紐を引いて幾つか消灯致しました。

 壊れてはいなかったシェードランプに明かりを灯し、殿下が眩しくない程度に調整して。勧めて頂いた椅子を引き寄せ、ベッドの傍らに腰掛けました。


 薄暗くなった部屋の中、わたくしと殿下の近くだけが明るい。

 深い青色の瞳がこちらを見ています――いつかの夜のように。


「それで…夜間に私から離れるのは、君としては嫌なのか。」

「はい。休息なら天井裏(あちら)でもとれますし、わたくしが此処にいる事は殿下しか知りません。客室の扉は早々開けられぬよう細工をしましたから、不在に気付かれる事もないかと。」

「………。」

 殿下は少し眉間に皺を寄せ、わたくしから天井へと視線を移しました。思案されているご様子。

 もう一押しではないでしょうか?


「公爵家ほどではありませんが、わたくしも伝統あるシュミット家の娘。殿下が王位継承に近付く事となった今、守りは固めるべきでございます。」

「…ちなみに、天井裏(あそこ)から室内の音はどこまで聞こえるんだ?」

「殿下がお眠りになったとして、呼吸音の確認はできます。」

「呼吸音!?(小声)」

 そんなに驚かれますでしょうか、殿下は身を起こしてわたくしを凝視しております。しっかりと頷きを返しました。えぇ、大切な事ですので。

 規則正しい寝息がぴたりと止まればそれは、何かに気付いて息を潜めて耳を澄ましておられるとか、急に具合が悪くなったとか、そういう予測になります。


「だが昨夜の君は、私とニクラスの会話が完全には聞こえていなかっただろう?」

「あの時は殿下やレヴィン様が声を潜めておられたり、そもそもが隣室のバルコニーでしたから。外の風や会場からの声が邪魔になったりしておりました。音の少ない夜中の同室内、位置もわかっている状況でしたらそれくらいは。」

「では、寝言でも言おうものなら聞かれてしまうじゃないか。」

「お命を守る事に比べれば些事でございます。もちろん口外致しません」

「…君が言いふらす心配などしていないが、単に私が恥ずかしい。勘弁してくれないか。」

 駄目な方向に行ってしまいました。

 わたくしが老紳士であったなら、そんな事は仰らなかったかもしれません。歳の近い令嬢でなければ「表向き婚約者としてお傍で守る」事はできませんが、こういう時は不便ですね。


 しかし……ご命令なさればいいのに、殿下はわたくしの意見を聞いてくださいます。

 わたくしが納得して引き下がれるように話そうとしておられる。

 なんて…



 なんて、暗殺者(どうぐ)の主に向いていないのでしょう。



「もし変な事でも口走って、君に軽蔑されたら…」

「殿下が、変な事を?……黄色い豚が飛んでいる、などでしょうか?」

「ん?…ふふっ、なんだそれ。」

 ぱち、と瞬いた殿下が笑い始めました。

 わたくしとしては、早く元のように寝転んで布団をかぶっていて欲しいのですが。


「変な事と仰るので、変な光景を想像してみました。」

「そうか、それで豚…黄色の、っははは……可愛い人だな、君は。」

 今は人目もないので、仲の良い婚約者のフリは必要ないはず……、もしや練習でしょうか?

 ピンときたので、わたくしは察しの良い仕事人として立ち上がりました。


 ベッドに膝をつき、身を起こしている殿下の横に座るようにして。

 殿下の手に一回り小さな自分の手を重ね、丸くなった青色の瞳を見つめます。この距離ですから、うるさくないよう声を潜めました。


「可愛い人ですね、貴方は…。」


 殿下を見習って目を細めてみましたが、上手く笑えているでしょうか?

 手を重ねた位置が手首に近かったので少し早い脈が伝わってきます。演技が上手くできていて、感心して頂けている?


 ごくりと、喉が鳴る音。

 薄い唇がわたくしの名を呼び、触れていた手の指先を軽く握られました。

 これもまだ演技の途中でしょうか?


 はい、と返事をして笑みを深めます。

 殿下はわたくしを見つめたまま小さく息を吸って、


「夜間…緊急時以外で、この部屋の出入りを禁止する。」

「えっ」




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