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【完結】殿下、その依頼お受け致します!  作者: 鉤咲蓮
一章 天使の秘密

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幕間 庭園の邂逅




 生まれた時から《おやくめ》は決まっていて、わたくしは学ぶことがたくさんあります。


 お父様の言うことを聞いて、本をよみ、じっせんし、お兄様からもおそわって。

 色々などうぐの使い方、体のうごかし方、ていねいな話し方も。


 ふだん、あやしい人に気付いた時のたいしょも、見つかってはならない人に見つかった時も。

 てき、と呼べる人を前にした時のたいしょも、みかた、と呼べる人かどうかをかんがえるのも。


 わたくし一人ならどうしたらよいか。

 どこまで、ゆるされているか。


 りっぱになるまで、かってはゆるされません。

 一人前になるまで、()()()じゆうもゆるされません。


 りかいしています、大丈夫です。




 でも、ほんの少しだけ。


 おしろのお庭がきれいで、もう少しだけ、見ていたくて。

 わたくしはお父様にきいたのです。


『お庭を見ていても、いいでしょうか。』

『構わないが、あの噴水までの間にしなさい。そこから出てはいけないよ。』

『しょうちいたしました、お父様。』


 しゅくじょの礼をして、わたくしは少しだけ、はしゃいでいました。

 そうしてまずはくるりと一周まわろうとして、


 男の子がたおれているのを、見つけたのです。


『………。』

 草葉をしげらせた低い木の下で、かくれるようにすやすやと、彼はねむっていました。

 ぎんいろのかみ、きれいなはだ。

 きちんとしたジャケットを着ていたのでしょうと思うような、シャツとベスト、ズボンを履いて、ぴかぴかのくつ。


 わたくしと同じで、お庭を見に来たのでしょうか。

 少しだけ、わたくしもマネをしてみたらどんな気持ちだろうと思ったけれど、そんな事はできません。

 それにしても、この子はいつからいるのでしょう?


『あの、かぜをひいてしまいますよ。』

『………ん…?』


 顔をしかめて、まぶしそうにまたたいて、彼はあおい目でわたくしを見ました。

 ぼうっとしていたので、わたくしは「きちんと見えているかしら」と思い、首をかしげてみて。


『…てんしって、ほんとにいるんだ……』

『え?』

『ちがうな。にんげんだ…あんまりきれいだから、みまちがえた。』

『わたくしのことを言っているのですか?』

 男の子はうなずきましたが、ねぼけたお顔でおっしゃるから、じょうだんかもしれません。

 のんびりと起き上がって、葉っぱを頭にのせた彼は歯を見せてにっこりわらいました。


『よくねむれた!』

『よ、よかったですね……?』

『ところで、お前はだれだろう?』

『お…お前と、おっしゃったのですか。わたくしを。』

『?ああ…わるかったね。さいきんちょうど怒られてるところだ。あなたはえらいのだから、ていねいにしゃべりなさい、って。』

 彼はかたひざをついて、わたくしに片手をさしだしました。

 おしばいのようです。


『わたしにあなたの名前を知るえいよをくださいませんか、おひめさま。』

『………さきほどまでとちがいすぎて、へんです。』

『ふはっ!あはは、そうだろう?』

 しせいをくずして、彼は「へん」と言ったわたくしのぶれいも気にせずわらいました。

 かめいまできちんと名前をおしえると、かってにあいしょうをつけられます。お父様とお母様がつけてくださった名前なのに。


『あなたは、じゆうな方ですね。』

『きみにはそう見えるんだ。じゃあ、きみはじゆうじゃないんだな。』

『………。』

 そうかもしれないと、思いました。

 りっぱになったら、いちにんまえになったら、ゆるされることがふえます。じゆうがふえます。

 だから今はまだ、今のわたくしはまだ、じゆうじゃない。


『つれだしてあげようか、おれが。』

『…また、ことばがみだれていますよ。』

『ふふ。まじめでかわいいな、きみは。』

『あなたはじょうだんばかりに見えるので、しんじられません。』

『そう?それじゃ、しんじてもらえるようにがんばらないとだ。』

 彼はたのしそうにわらっています。

 わたくしは――…つい、見とれてしまって。いつもならよけられたでしょう、さして早くもない彼の手を、そのままにしてしまいました。


 わたくしの手をとって、彼はくちびるをあてたのです。


『今のわたしにはむりだから、大きくなったらきみをむかえにいく。』

『……は、はなしてください。』

『いいよ、今はね。』

 するりと手をはなして、わたくしは一つ、また一つ、後ろに下がりました。

 彼はわたくしを見て、目をほそめてわらうのです。


『いつかのきみがイヤじゃなかったら、つかまえるから。そのあとはもう、はなせないよ。』

『そ…そうなったら、じゆうではないじゃありませんか。やくそくがちがいます。』

『やくそくできてるんだ?じゃあもうけってい。』

『おうぼうです!だいいち、あなたの名前も知りません。』

『あれ?そうだったね。おれはディー』

『ディートリヒ殿下っ!』

 とおくから大人の男の人の声がして、彼はいやそうな顔で口を閉じました。

 ディートリヒ、という名前は聞いたことがあります。さんばんめの王子様の名前です。


『どこにいらっしゃいますか!遊び回るのも大概に――』

 男の人は、お庭のおくをさがしているようでした。

 わたくしの目の前にいる彼は、「ああ、めんどうなのがきた」とためいきをついて。


『せっかくあえたけど、もういかないと。』

『…ほんとに』

『ん?』

『本当に、わたくしをむかえに来てくれるのですか?』

 ディートリヒでんかは、少しだけ目を丸くしました。

 そして、うれしそうにわらって。


『わすれなかったらね。』


 さいごまでわたくしをからかって、彼は行ってしまいました。






 ほんのすうじつ後、お父様がおっしゃったことには。


『そういえば、第三王子殿下はお風邪を召されていたらしい。』


 どう考えたって、あんなところで寝ていたからでしょう。

 大丈夫なのでしょうかと聞いたわたくしは、


『高熱のせいで、最近の記憶が怪しい所もあるそうだが――…まぁ、問題ないと聞いている。』


 たった一度、会っただけ。

 ほんの少し、話しただけ。


 それなのにわたくしは、貴方が忘れていたらどうしようと、不安でした。


 いっそわたくしも忘れようかと、努めました。

 でも、忘れられませんでした。

 ほんのひと時の出会いでも、わたくしには大切な思い出だったから。



 そうして何年も経って会った貴方はやっぱり、わたくしを忘れていたのです。



 傷つかなかったとは言いません。

 自分の感情くらいわかる歳です。もう子供ではないのですから。

 頭の中に微かに浮かぶ、あの日の貴方に文句を言いながら。決めたのです。



 ――迎えに来る事を忘れたなら、わたくしがお傍へ行きます。



 そうして少しでも、同じ時間を過ごしましょう。

 いずれ殿下が思い出したら、「やっぱり貴方なんて、信じられなかったじゃありませんか」と、言って差し上げる為に。笑って差し上げる為に。


 これは愛ではなく、恋でもない。

 幼い頃のわたくしが大切に持っていた、ほんのひと時の思い出を……これからも抱えていたいから。


 ディートリヒ殿下。

 すっかり「王子様」が板についている貴方が、あの日のように笑うところを見る為に。


 あの日のわたくし達は確かに居たのだと。

 わたくしを迎えに行くと言ってくれた男の子が居たのだと、確かめるために。


 立派になったわたくしが、一人前になったわたくしが、今。



「シュミット侯爵令嬢!」



 貴方が()()()、その声を聞いて。



「どうか受けてほしい。初めて会った時から君を忘れられなかった」



 わたくしの心と同じ言葉を吐く貴方を見て。

 跪き、あの日のように口付ける貴方を見て。


 わたくしがどう思ったかなど――…わからないでしょう。


 思い出していないから、今はまだ。



 今は、まだ。





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