10.殿下、ご依頼いつでも承ります
わたくしと殿下は仲睦まじく寄り添って街を歩きました。
選んでくださった服の試着をしてみれば、殿下は逐一「最高に可愛い」「絵に描かせて残したい」「正直このまま連れ去ってしまいたい」などと褒めてくださいます。
わたくしも負けじと殿下にお似合いの物を探し、「惚れ惚れしてしまいます」「こんなに素敵な方と居られてわたくしは幸せです」「あまりに格好良くて、お傍に行くのを躊躇う程です」と恋する乙女を演じてみました。
どうでしょうか?
できているでしょうか、「愛しの婚約者を前にした令嬢」の演技。
潜入調査などのために演技力もそこそこ磨いてきたつもりですが、殿下に比べると語彙力がまだ足りていないかもしれません。今度、流行りの恋愛小説や指南書でも買ってみましょうか。
「全部頂こう」
「お買い上げありがとうございますッ!」
わたくしが止める間もなく殿下はさらさらと書類にサインし、送り先の指示まで終えております。
どうやら別人名義の口座と住所くらい、既に持っていらっしゃるようですね。
「良かったのですか?あんなに…」
店を出て歩き出してから聞いてみました。なにせ試着した全てです。
今は変装しておりますから、今後《第三王子殿下の婚約者》となるわたくしも、殿下も、普段着る事ができるグレードの物ではございません。
せいぜい変装用の一着、二着と思っておりましたのに。
「いいんだ。本当に似合っていたし、あれくらいの服を持っていればまた…こうして君と、お忍びデートができるだろう?」
なんとも甘く、優しく目を細めた殿下がそんな事を仰います。
わたくしもできるだけ嬉しそうに、うっとりと。殿下の手を両手で包んで微笑んでみました。
「またわたくしと、出かけてくださるのですね。」
「当然だ。正式に婚約した以上、私は君を大切にしたいし、守りたいと思っている。何からも…」
護衛のお仕事をさせて頂くのはわたくしの方でございますが、一般的に言えば殿下の御言葉が正しいですね。
殿下が、未来の妻たるわたくしを守ってくださる。
嬉しいと呟いて寄り添います。
えぇ――…なにせわたくし達、そういう設定ですので。
「…君を搾取するような場所になど、戻らなくていいからな。」
「……?」
ぴったりと寄り添っていたわたくしには、そう言った殿下のお顔は見えませんでした。
今のはどういった設定として仰ったのでしょうか。いまいちピンとこないわたくしは不勉強なのかもしれません。
殿下にそのまま聞いては失望させてしまう恐れがありますから、それとなく聞いて少しずつ情報収集を――…
「うわあッ!」
声のした方を見ると、前方約二十メートル…汚れたローブを纏った浮浪者を、ならず者が複数人で路地裏へ引きずっていきます。
周囲の人々は関わりたくなさそうに目をそむけて。あれは恐らく数少ない小銭を巻き上げられるか、日頃の憂さ晴らしに暴力を振るわれるのでしょう。
「不穏だな……すまない、少し様子を見る」
「承知致しました。」
殿下がそうお決めになったのなら、わたくしは従います。
周囲の目を気にされてか、わたくしの手を引いて駆け出した殿下は速度を抑えておられました。全力で走ると目立ちますからね。まさかわたくしの足が遅いはずだとは思われるはずがありません。
物陰から様子を窺いますと、既にやられてしまったのでしょうか、気絶した浮浪者の身体を男達が笑いながら靴先でつついているようです。
抵抗されたのか一人だけやけに苛立っていますね。
おや、ナイフを出されますか。それは少々…
「っ止めなくては!ユリア、君はここで――」
「殺しますか?」
飛び出そうとなさった殿下を片手で制止し、問いかけます。
殿下が目を丸くしてわたくしを見ました。
「は?いや、殺すことはないが…」
「承りました。」
にこりと微笑み、わたくしはタンッと地面を蹴ります。
一足飛びに男達の背後へ。
えぇ、えぇ、ご機嫌です!
《ユリア、君はここで奴らを仕留めてくれ》――…そういう事でございましょう、殿下?
承知致しました、殺さず息の根を止めず臓腑を潰さずに捕えましょう。
一人、二人、三人、四人、五人、六人。
はい、六手で終わりでございます。
もう少し短縮しても良かったのですが、御前で披露するのは初ですから丁寧に。一人一手ずつ。殿下のもとを離れてから約三秒――…四秒になるところ。やや遅いですね。
「が、ッは」
最後に側頭部を蹴り抜いて差し上げたお一方、意識が途切れる寸前でしょうか?
仕事を終えましたら、シュミット侯爵家の暗殺者には常套句がございます。
「次は、お間違えなきよう。」
相手か、日取りか、場所か、方法か――…なにがしかを間違えてしまった皆様がた、さようなら。
微笑んだわたくしは見えたでしょうか?
全員、等しく地面に伏して頂きました。半刻ほどは目が覚めないでしょう。
くるりと振り返り、わたくしは弾む気持ちそのままに笑顔で深く一礼しました。
姿勢を戻し、ゆったりと歩いてこられた殿下にお聞きします。
「いかがでしたでしょう?」
「……えっと…」
「殺しではないにせよ、仕事をお見せしたのは初めてでございますね。」
「……仕事」
「はい。シュミット侯爵家の誇る暗殺者の一人として」
「あんさつしゃ」
話しながら一歩、また一歩と近付いて。
殿下の御前へ戻ったわたくしは、希望を込めて深い青色の瞳を見つめます。
「昨夜レヴィン様とお話しされていた、『裏稼業の者に頼みたい仕事』――…わたくしを信用頂けた際には是非、ご依頼くださいね。」
「………。」
やはり六名気絶させた程度では足りなかったのか、殿下は思案しておられるようです。
押し過ぎもよくないと学びましたから、わたくしはいそいそと服の下に仕込んでいた縄を取り出しました。気絶した浮浪者は一旦放置し、ならず者達をてきぱきと縛っておきます。
後始末も!わたくし、後始末も得意でございますので。ふふふ。
ざっ、と音がして振り返ると、どうしてか殿下はガックリと片膝をついて俯いておられました。
出ました、いつものポーズですね。
「いかがなさいましたか?」
「こ、殺してくれ……」
「はい!お任せあれ。どなたを?」
「違う…」
掠れた声でつれない事を仰います。
六人きちんと縛り終えましたので殿下に近付いて屈んでみますと、手で顔を覆っておられました。なぜでしょう。
「君は私を…一発と言わず、いくらか殴っていいと思うんだ。」
「…やはりそういうご趣味が」
「違う!」
違うのですか。
ではなぜかしらと首を傾げると、殿下は「もういい」と軽く首を振られました。依頼主様を殴らなくて良いのであれば、何よりでございます。
手の甲で額の汗を拭い、殿下はなんとも苦い顔でわたくしを見つめました。
「今…昨夜から今までの記憶を、振り返っているんだが…」
「?はい。」
「なんてギリギリの会話をしていたんだ……危うく君に死ぬほど嫌われるところ…いや、元々そういったアレをする気がなかったのは勿論だが…」
心なしか遠い目をしてぶつぶつと呟いておられます。
独り言でしょうか?わたくしに言っているのでしょうか?何かしら返事をすべきか悩んでおりますと、転がっていた浮浪者の身体がビクリと動きました。
どうやら目を覚ましたようですね。殿下を促し、わたくしと共にひとまず立ち上がって頂きます。
「うぅん…いたた。」
「大丈夫か?ならず者に囲まれていたが…」
「おや…もしかして、貴方がたが助けてくれたんですか。」
「えぇ、まぁ……。」
きょろきょろと辺りを見回し、浮浪者――…いえ、使い古されたのはローブだけで、中の衣服は多少良い質でございますね。
鳥の巣めいたボサボサの茶髪を掻き、痩せた男性がひょろりと立ち上がりました。三十代前半といったところでしょうか?数日は水を浴びていないと見ました。
「いやぁーっはっはっは、助けて頂いてどぉーもどぉも!ありがとうございましたっ!危うく死ぬとこでしたねぇ~、はは。」
小さな黒いサングラスを鼻にちょこんと乗せ、殴られたのか切れた唇から血を流しています。
へらへらと笑い始めた男性はなんとも……なんと、胡散臭いお方でしょう。
これほどまでの胡散臭さ、狙って醸し出せるものではございません。
握手を求めるように手を差し出されましたが、殿下にそんなモノ触れさせるわけに参りませんので、わたくしがサッと殿下に一歩下がって頂きました。
いかがしましょう、殿下。処しますか?ご依頼いつでも承ります。
目で問いかけましたが、静かに首を横に振られました。つれない。
「えぇ?あー怪しい者じゃないですよ。ワタクシはコンラート・バーデン。西方で新薬の研究開発などしております、なんとも憎めない気の良い男です~!嫌いなものは風呂。どうぞよろしくっ!」
「聞いていないが……いや、ちょっと待て。バーデンだと?」
殿下が眉間に皺を寄せ、まさかという顔で男の全身を観察します。
汚らしいローブ、不潔な身体、誰かに用意されたのかと思う程それだけ綺麗な衣服、無い方がまだ印象は良いでしょうサングラス、いかにも人を騙して生きていそうなニヤつき、キツネの如き細い目。
怪し過ぎます。やはりひとまず拘束するべきではないでしょうか。
「…まさか、貴方がバーデン所長か?」
「あれぇ、ワタクシをご存知で?いやっははは、参ったな。こっちの人に会う時は風呂入ってからって約束しちゃったんですけど……」
内緒にしてくれますかぁ、とヘラヘラ笑い、男は懐からくたびれた封筒を差し出しました。
宛名は殿下の側近であるレヴィン様、差出人はヴァイゼンボルン子爵。
まだわたくし達の正体も知らないくせに、名を知っているだけでこんな物を出してくる。
最悪でございます。
殿下、これは
「危険人物です。」
「……そうだな。下手な事をされるより、もうこのまま身柄を引き取った方が良さそうだ…」
殿下と婚約者の演技を極めるはずが、とんだ災厄を見つけてしまいました。
わたくしは渋々ながら殿下と共にこの男を連れ帰り、まずは浴室へ放り込んだのですが……
後に起きた事を考えれば。
わたくしは殿下に逆らってでも、この男を見捨てておくべきでした。処しておくべきでした。秘密裏に消しておくべきだったかもしれません。
手に馴染んだ刃物が重い。空気が重い。心が重い。
「お望みのままに。約束ですから」
全う致します、遂行致します、裏切りません、それでも。
それでも、殿下。
わたくしは
「……次こそは」
こんな形で、■■を殺したくはなかった。
一章 完




