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パパ上、帰還します!

 かつて垓が召喚された世界において、ヒト種は魔王率いる魔族に滅ぼされようとしていた。

 異世界には多種多様な種族が存在しており、ファンタジー小説で定番のエルフから獣人、果ては機械人等々様々な特徴を持った種族がいた。

 その中でも魔族はあらゆる種族と対立していたまさしく全種族の敵であり、強靭な肉体と膨大な魔力を生まれ持つ彼らにその他の種族はなす術なくなっていた。

 そこで最後の希望として王国の聖女を筆頭として数多の種族の力を結集させて異世界から勇者を召喚した。

 それが地球から召喚された薊 垓という男だった。

 当初は貧弱な男だった彼は仲間と冒険し見事に魔王を討ち取った。

 だが、魔王は邪神の傀儡に過ぎず、次は邪神の脅威に世界は悩まされることになる。

 邪神を討ち取っても次がある。世界は長い恐怖と絶望に支配されていた。


だが、勇者によって全ての混乱から解放された時ーー



「無礼講じゃぁぁい!!!」

「飲めや、騒げや!」

「勇者様に乾杯!!」

「今は勇者様じゃなくて神様だろう!」

「そういえばそうだったな!ガハハハハハ!!」


 王も平民も身分も関係なく笑い、飲み、踊り、騒いでいた。

 中には世界最大の軍事力を誇る王国の王がいた。

 中には世界最大宗派の聖王がいた。

 そんな彼等が体裁など気にせず騒ぎに騒ぎまくっていた。

 

 長い長い戦乱から解放され、世界中で宴が起き、世界を救った勇者の元へ人々が集っていた。


 「ささ、勇者様も飲んで飲んで」

 「ああ、悪いね」


 垓は手に持つグラスに注がれた並々のワインを一気に喉へ流し込む。

 彼が地球にいた頃には到底飲めないような高級なワインを一気に飲み干した彼は上機嫌で隣の男性にもお酌する。


「アーサー王、こんな高級な酒を出してもいいのか?あんたの秘蔵の酒だろ?」

「何を仰いますやら。この日、勇者様と飲まずしていつ飲むという話です」


 彼は王国の王であり、勇者を召喚した聖女の父である。

 齢60を迎える彼だが、その覇気は衰えを全く感じさせない。


「娘との結婚は考え直してもらえましたか?」

「だから、俺は向こうに嫁さんと娘がいるって何度も言っているだろ?」

「神に至った貴方ならばこちらにいつでも来られるでしょう?内緒にしておけばバレませんってば」

「いや、お前何度も浮気がバレて王妃に絞られてるだろ……」

「そうです。お父様は内緒にしているからダメなのです」


 そう言って近づいてきたのは目を見張る程の美しい女性だった。

 腰ほどまである長い金髪。豊満な肉体はいかなる男も目を奪われるだろう。その小さな顔は、神が造形したかのような美しさがあった。

 絶世の美女とはこの女性のことを言うのではないだろうか。


「私は妾でも構いません。垓様の寵愛を受けられるならどのような形でも大丈夫です!」

「仮にも聖女がそんなこと言っちゃダメだろ……」


 彼女は聖女シャルロット・ニルヴァーナ。垓と苦楽を共にした仲間である。


「俺は嫁さん一筋だって。気持ちは嬉しいけど違う相手を探してくれ」

「もう垓様以外は考えられません!あの熱い口付け!私の中に注ぎ込まれる熱いもの!あの時から私は貴方様の虜でございます!」

「誤解を生む言い方はやめろ!」

「ほお!そこまで進んでおったのか!この国は安泰だな!」

「あれは魔力を分け与えるのに仕方なかったからだし、注ぎ込んだのも魔力だろ!」


 シャルロットはイヤンイヤンと体を捩り、アーサーは垓に王位を押し付ける算段を立てる。

 こりゃダメだと垓はそそくさと場を離れる。

 私は諦めませんからねーというシャルロットの声を聞かぬふりをし、視線の先にいた知人の元へと向かう。


「よぉゼクス、楽しんでるか?」

「おぉ、垓か。美味い酒が飲めて良い女もいる。まったく……最高だぜ!」

「相変わらずだな」


 ゼクス・ボルト。神速のゼクスと呼ばれる彼は生粋の女好きである。

 黒髪の短髪の美丈夫だ。

 勇者一行のメンバーとして垓等と共に冒険をしていた訳だが、その先々で評判の美女と関係を持っては、面倒事を起こしていたはた迷惑な男だった。

 最終的には丸く収め、今では巨大ハーレムを築いている男の中の男である。

 今も周囲には多種多様な種族の美女を侍らせていた。


「あんまり遊んでるとラーナの奴がまた鬼になるぞ」

「ラーナなら酒で潰れて宿で死んでるよ」


 ゼクスは悪い顔で笑う。

 垓は共に冒険した仲間の最後の一人のことを思い出す。

 ラーナ・ホーエンハイムは世界最高の盾役であり、ゼクスの恋人でもある。

 ゼクスの女好きに手を焼いており、彼が浮気をする度に怒りの鬼神になっていた様子をみていた垓は、いつかゼクスはチョン切られるのではないかと戦々恐々していた。どこがとは言わないが。

 そんな彼女はゼクスが浮気をする時の常套手段に今回も嵌ってしまったらしい。


(こんな時にあいつが上手く嵌るか?)


 そう垓が思った瞬間、背中がゾワリと震える。

 ゼクスの背後に鬼神がいた。

 額に血管を浮かび上がらせ、唯一神となった垓を震わせるほどの不可思議な威圧感を放つ。

 ラーナ・ホーエンハイムがゼクスの背後に立っていた。


「ら、ラーナ?」

「楽しそうだねゼクス」

「ち、違うんだ!ただ、一緒に飲んでただけで……」

「問答無用!」

「ギャァァァァ!!」


 囲んでいた女性達はいつの間にか消えており、ゼクスはラーナの愛ある?鉄拳ラッシュをくらう。


(南無三……)


 垓は心の中で親友の無事を祈る。

 ふと周囲を見渡すと、そこにはあらゆる種族が楽しく酒を飲み交わす姿があった。

 かつては全種族の敵とされていた魔族の男性もエルフの女性と談笑し、良い雰囲気になっている。

 魔王、邪神の洗脳から解けた彼等はこれまで自分達が行ってきた行動を悔やみ、償いとして最前線で異世界の敵達との闘いに身を投じた。

 彼らが皆に受け入れられるのにはかなりの時間がかかったが、全ての戦いが終わった今、やっと皆から受け入れられたのだった。


(良かったな)


 戦い続けた意味があった。

 垓は感慨深く感じた。


 初めは愛する家族から引き離され、何故関係のない世界の為に命をかけなければならないのか、と怒っていた。

 恐ろしい目にも遭ったし、死にかけたことだって一度や二度じゃない。

 だが、そんな毎日の中でも楽しいことはあったし、こうして平和を喜ぶ彼らを見ていると、助けることが出来て良かったと感じる。


 そんなことを考えながら料理を取りにテーブルに向かうのだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆


「帰られるのですね……」

「ああ。まぁ、今生の別れでもあるまいし、気楽に行こうぜ」


 垓が新たな唯一神になったことは皆も知っている。その力で世界間の移動も容易にできることも。

 それでも長い間苦楽を共にした仲間が居なくなるのは寂しいものだ。


「今度は嫁さんと娘を連れて来いよ!」

「あたしにも環ちゃんを抱かせなさいよ!」

「勿論だ。定期的にこっちには来る予定だし、何かあったら心の中で呼んでくれればすぐに駆け付けるからな」

「了解。ま、寂しくなるけどよ、向こうで沢山家族サービスしろよな」


 既にアーサー王や知人には挨拶を済ませ、最後は冒険を共にした仲間に見送ってもらうことになった。

 あの宴から数日が経ち、その間に妻の為の異世界土産を仕入れていた。


「私は諦めませんからね!首を洗って待っていて下さい!」

「怖いなッ!」


 垓の反応にくすりと笑うとシャルロットは顔を引き締める。


「ーー垓様、この度は垓様には本来関係のないこの世界を救って頂き、全人類を代表し、改めて感謝申し上げます、皆が手を取り合って前に進めるのも垓様のお陰でございます。この御恩、我々は末代まで忘れません」


 シャルロットは勇者を召喚することに最後まで反対していた。

 自分達の世界の事情に、関係のない異世界の者を巻き込むのはあってはいけないことだと。

 現に、垓は家族から引き離されて召喚に関わった者皆を恨んだ。

 シャルロットには垓を地獄に引きずり込んだ負い目があったのだ。


「色々あったけど、お前達と旅をしたのは楽しかったよ。地球にいた時には体験出来なかったことだろうしね。後は宜しく頼むよ」

「私も垓様と旅をしたこの数年間。苦しくも心が躍る毎日でした。これからの復興作業はお任せ下さい!」

「権能を使えば一瞬なんだけどな」

「これは俺たちの役目だ。この世界の事情をお前に放り投げたんだから、後始末くらいはしっかりしねぇとな」

「そうか」


 彼らは本当に頼れる仲間だった。

 長い間命を預け合った彼らはある意味家族よりも深い関係になり、一時の別れは予想以上の寂しさを生んだ。

 シャルロットもゼクスもラーナも涙を流し、王城の屋上の床にシミを作る。


「じゃあ、俺行くわ」

「いつでもいらっしゃって下さい!歓迎致します!」

「また一緒に飲もうぜ!」

「お土産楽しみにしてるからね!」

「またな」


 その瞬間、忽然と垓の姿が掻き消えた。


「行っちまったな……」

「垓が次来る時までに頑張らないとね」

「えぇ。私達は私達のやるべき事をやりましょう。」

「本当は姫さんも一緒に行きたかったんじゃないのか?」

「私にはこの国の王女として、聖女としての責務があります。それに……ご家族の団欒を壊すほど私は無粋ではありませんから」


 責任感の強い彼女らしい言葉にゼクスとラーナは顔を見合わせて笑う。

 シャルロットはしかし、と言葉を続ける。


「私もただ指を咥えてるままではおりませんよ。垓様を召喚した、勇者召喚の魔法を改良し、特定座標における世界間移動の魔法を作り上げている最中です」


 稀代の魔法使いでもある彼女は、ぐふふと、聖女にあるまじき笑い声をあげる。


「ここまで姫さんに思われて嫁一筋なんて、馬鹿な奴だよ」

「それが普通だから。あんたが異常なだけだから」

「ち、違うって!他の奴だって同じ立場だったら手出してるから!」


 俺だけじゃないもん!とゼクスはそっぽを向く。


「ま!それがあいつの良いところなんだろうけどね!でも旅の途中の惚気にはもうウンザリ……」


 まったくだ、と笑うゼクスに心底疲れた顔をするラーナ、一人垓との妄想に捗るシャルロットというカオスな空間。


 長い戦乱の歴史に終止符を打ったこの数年間の戦いの記録は、これから長い長い年月語り継がれていくことになる。


 異世界から召喚された勇者が数多の敵を退け、最後には神にまで至ったという伝説の物語。


 勇者ーー改め神の名前はアザミ・ガイ。異世界の新米パパである。


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