Due donne nel cortile. 中庭の二人の女
屋敷の中庭に出ると、庭木の反射する陽光が目をちらちらと刺激した。
二ヵ月間死体になっていた身体は、まだ陽光には慣れて切っていないのか。
冥界に行く前に咲いていた薔薇はとっくに花の季節を終え、庭師によって剪定されていた。
アルフレードは、中庭の出入り口から一番近い薔薇の木を見やった。
母との最後の思い出の木になってしまった。
自身が願った蘇生のためというのが、何とも複雑だ。
「アルフレード様」
庭木の間から、高く細い声がした。
飴色がかった金髪を綺麗に巻いた令嬢が、洗練された仕草でドレスのスカートをからげた。
許嫁のクリスティーナだ。
薄く化粧した頬をやんわりと緩め微笑した。
「本当に生きていらしたのですね」
クリスティーナは、深藍の目を僅かに潤ませた。
「心配をかけたな」
アルフレードは言った。
「正直申しますと、父はもう他の嫁ぎ先を考えていたみたいですの。でもわたくし、アルフレード様を忘れて嫁ぐなんて」
クリスティーナは静かにうつむくと両手を組んだ。
「奇跡を起こしてくださった神に感謝致しますわ」
やはり可愛らしい。女性はこうあるべきだとアルフレードは思う。
こういう女性を守るためであれば、男も持てる力以上のものを発揮出来るというものだ。
出会い頭に男に平手打ちを食らわせたり、男の胸倉をつかんで罵倒するようなどこぞの女性にぜひ見習わせたい。
「なるほど、これはつまらん女だ」
まばたきした次の瞬間。
黒髪の美女が横に立ち、クリスティーナの顔を覗き込んでいた。
深紅の紅をひいた美しい顔をかたむけ、クリスティーナの顔を穴が空くかと思うほどじっくりと眺めている。
「ナザリオの評価は、ここだけは適切だな」
「な……」
アルフレードは目を大きく見開いた。
「べ……」
ベルガモットだった。
「……昼間から現れるのか」
「何と混同している」
ベルガモットは、上目遣いでこちらを睨み付けた。
「何かありましたの?」
クリスティーナが周辺を見回した。
見えてはいないのかとアルフレードは気づいた。
思わず手で口を押さえる。
「何でもない。その、黒い蟷螂が」
「蟷螂ですの?」
クリスティーナが不安げに周りを見回した。可愛らしいことに虫が苦手なのだ。
ベルガモットは腕を組み、不機嫌そうに目を眇めた。
「主を蟷螂扱いとは大したものだの。今すぐ頭からバリバリ食われたいか」
「……クリスティーナ、少し待っていてくれるか」
アルフレードは、ベルガモットの手を引いて屋内に入った。
中庭に面した廊下の壁に隠れるように連れ込む。
「許可も得ず主の手を引くとは無礼な」
ベルガモットは、黒いレースの手袋をつけた手を振りアルフレードの手から外した。
「あの場で来てくれと声をかける訳にもいかんだろう」
「来てくれ? 主に対する言葉は “こちらへお越しください” だ」
「……なぜあんな所に現れているのだ君は」
アルフレードは米噛みを抑えた。
「用があれば呼ぶと言ったであろう」
来い、とベルガモットは言って手を差し出した。
アルフレードの都合など一切感知していないらしい。
「重要な用事なのか?」
「なぜお前がそれを問題にする」
ベルガモットが目を丸くする。
「今、許嫁と会っている最中なのだが」
「それはわたしも気を使ったつもりだ」
ベルガモットは、開け放たれた扉からクリスティーナの姿を伺った。
「あの女と話していても、さぞかしつまらんだろうと思ってな。わざわざ用事を作ってやった」
「別につまらなくはない」
アルフレードは眉を寄せた。
ほお、とベルガモットは呟いて、もう一度クリスティーナを見た。
「乳母に躾けられた言動だけをして、二言目には神様で全て済ます女は面白いか?」
「面白いも何も、女性というのはそういうものだろう。君も見習ってあのくらい男を立ててみたらどうだ」
ベルガモットは怪訝そうな表情でアルフレードの顔を見た。
「それは何の冗談だ」
「なぜ冗談に聞こえるのだ」
アルフレードは憮然として言った。
「なるほど。お前も冗談を言うことなどあるのか」
ベルガモットは絹糸のような黒髪を手の甲でさらりと掻き上げた。
「センスのある冗談ではないが、主を楽しませようとした心がけは誉めてつかわす」
皮肉を言っているのか、それとも本気でどこかずれているのか。
アルフレードは、少々困惑しながら死の精霊の黒髪を見下ろした。
「ほら、行くぞ」
ベルガモットは鎖を引く仕草をした。
「クリスティーナにひとこと言うくらいの時間は取れないのか」
「仕方ないのう。早く行って、お前の話はつまらんからさっさと帰れと言って来い」
「そんなことを言う訳がないだろう」
アルフレードは眉間に皺を寄せた。