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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio due 死の精霊
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Fata di morte. 死の精霊 III

 ベルガモットは天井の辺りを睨んで舌打ちすると、前髪を掻き上げた。

 くるりと踵を返してアルフレードの方を向くと、コツコツとヒールの音を立てて近付く。

 あの夢の中と同じように、古代霊の手は、彼女が近付くだけで道を開けた。

「やったのか?」

「いや……逃げられた」

 小さく舌打ちしたように聞こえた。

「君の魔力があれなのか? それとも向こうが特別に強敵なのか?」

「何を失礼なことを聞いている」

 それに魔力ではない、とベルガモットは付け加えた。

「下僕、ちょっと屈め」

 ベルガモットの手に握られていた巨大な鎌が、黒色の霧になり消えた。

 不思議な現象に気を取られ、アルフレードはつい言われるまま頭の位置を低くした。

 ベルガモットは両手を伸ばすと、アルフレードの首に再び首輪を付けた。

「何をしているんだ!」

 アルフレードは首輪に手をかけ外そうとしたが、首輪はすぐに消え、触れることも出来なくなった。

「先程これで助かっていた癖に文句を言うな」

「どの辺から見ていたんだ、君は」

 ベルガモットは質問には構わず自身の背後を見やった。

「知らせ、ご苦労であった」

 突き当たりの窓の前に、昔風のドレスを着た少女がいた。

 綺麗にウェーブのかかった長い金髪。

 薄紅色の布地に同色の刺繍、数本の紐で括った肩や胸元からは、中に着た白い薄着の一部が覗いている。

 ふっくらとした頬や唇の形が、まだ幼い年齢だということを表していた。

 少女はスカートをからげ、カーテシーの挨拶をすると、次の瞬間消えた。

 先ほど部屋で見たのはあの少女だったのかとアルフレードは気付いた。

「あれは何だ」

「お前の先祖のひとりだ」

 ベルガモットは言った。

「……君は私の先祖まで下僕扱いしているのか」

「していない。自主的にわたしを訪ねて来た」

 ベルガモットは、ヒールの音を響かせアルフレードから離れた。

「生家が悪霊に乗っ取られそうだと助けを求めて来た」

 アルフレードは窓の外を見た。

 黒い雲が晴れ、明るくなりかけていた。

 あの雲の様子では一雨来るかと思っていたが。

「お前の母親、アンナ・チェーヴァも、わたしをちゃんと知っていた」

「母が?」

「お伽噺(とぎはなし)として聞いていたそうだ」

 アルフレードは少々意外に感じた。

 あまりお伽噺などを聞かせて貰った覚えはなかったが。跡継ぎの男子だったからだろうか。

 母にお伽噺を聞かせて貰うより、父や叔父から政治的な話を聞かせられて育った。

「わたしが寝室を訪ねたら、きちんと迎えたいと正装をして髪を結った」

 とても時間がかかったが、とベルガモットは付け加えた。

「ひとりでやったことがないとかで、最後は仕方がないから、わたしの手下を呼んで手伝わせた」

 ベルガモットは腕を組んだ。

「息子を蘇生させる代わりに、自身が冥界に行くつもりはあるかと尋ねたら、即座に承知した」

 アルフレードは目を見開き、廊下の一点を凝視した。

「人一人を蘇生させる条件は、心から身代わりを承知する者がいるということだ」

 ベルガモットは言った。

「最後にアンナ・チェーヴァは、蝋燭(ろうそく)を点けてみたいと言った」

「なぜ蝋燭」

「自分は、幼少の頃から、身の回りのことを一切やったことがなかった。せめて最後に、蝋燭くらい点けられるようになりたいと」 

 アルフレードは、死の精霊の美しい顔を無言で見た。

「やっと点けることが出来て楽しそうに笑ったので、一番楽しい瞬間に命を止めてやった」

 ベルガモットは淡々と語った。

 アルフレードは目を眇め、自身の両腕を掴んだ。

「……あの悪霊の言った通り、私はすぐには君をどうと捉えて良いか分からない」

 アルフレードは言った。

 確かに死の間際、待って欲しいとベルガモットに言ったが。

「良い。下僕にどう思われているかなど、問題ではない」

 コツコツと靴のヒールの音をさせ、ベルガモットは散らばる骨の傍を通りすぎた。 

「せっかく蘇生したのだ、また元通りここの当主に納まれば良い。神の奇跡で蘇生した本人を名乗ろうが、親戚の誰かの名でも名乗ろうが、それは自分で判断するがいい」

 シャラン、と大量の鈴のような音が遠くから響き、足元の辺りに近付いた。

「用があれば呼ぶ」

 ベルガモットは一歩前へと踏み出した。

 次の瞬間消えていた。

 唐突に静かになった廊下をアルフレードは見回した。

 離れた位置を見やると、自室の扉の前でいまだ女中と馬丁が寄り添って座り込んでいた。

「ピストイアまで行ける者は今いるか」

 つかつかと使用人たちの方に近付きながら、アルフレードは言った。

「ピ、ピストイアですか。何のご用で」

「埋葬をし直すに決まっているだろう」

 アルフレードは、ラファエレの白骨の遺体を指差した。

 使用人たちは、それが何なのかすぐには分からなかったようだった。二人揃って首を伸ばすようにして遺体を凝視した。

「何ですかあれ……」

「遺体だろう」

「誰のですか?」

「ああ……」

 彼らには、ラファエレが生者に見えていたのだったとアルフレードは思い出した。

「黒髪の女や昔風のドレスの少女は」

「え?」

 女中はぽかんとした表情をした。

「そうか。分かった」

 もういい、とアルフレードは言った。 

「あの、坊っちゃま?」

 ようやく中腰まで立ち上がった女中に、アルフレードは言った。

「部屋の掃除をしておけ。もう怪異は起こらない」

「あ……はい」

「ああ、お前」

 アルフレードは馬丁を指差し言った。

「執事を呼んで来い。アルフレードが話があると」





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[良い点] 蠟燭の下りのセリフ文章、えもすぎる・・・
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