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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio dopo 見えていない月
71/74

Riunione di famiglia. 親族会議 I

 略式の正装に着替え、アルフレードはつかつかと応接室に向かっていた。

 大勢の客を迎えたときに使う広めの応接室だ。

 掃除を言い付けていたが、アルフレード自身はこの応接室のある棟に来るのは数ヵ月ぶりだった。

 部屋の前まで来ると、何人かの使用人が中を覗き込んでいた。親戚の叔父達はもう集まっているらしい。

 特に大事な用という訳ではない。一族の主導権を握りたいがためのいちゃもん付けだ。

 アルフレードが跡を継いだのは、十五歳の時だった。

 十五の子供なら簡単に丸め込めるだろうと、度々なだめ(すか)したり揚げ足を取りに来ていたりしていたが、思い通りにならなのでここ数年はいちゃもん付けに徹底し出した。

 こちらは跡を継ぐ前から先代の父とピストイアの叔父に対応の仕方を指南されているのだ。十五歳の子供といえど、そうそう簡単に丸め込まれたりはしない。

 一斉にこちらを向いた使用人たちと目が合う。

「ぼ、坊っちゃま、えと」

 赤毛の女中が気付かうように話しかけた。

「何を溜まっているんだ。いつものことだろうが」

 アルフレードは叱咤した。

「でも、いつもより人数が多いような……」

 若い馬丁がおずおずとそう言う。

 女中の方はともかく、何でこいつがここにいるんだとアルフレードは眉を寄せた。

 執事が応接室から出て来る。中に向けて一礼し扉を閉めた。

「大丈夫です。ピストイアの叔父上様も来ております」

 アルフレードの傍まで来ると、そう小声で耳打ちした。

「そうか」

 アルフレードは言った。

「茶は要らん」

 そう使用人達に告げる。

「出入りするのは執事だけでいい。あとは各自いつも通りの仕事をしていろ」

 そう言って、手を振り追い払った。




 叔父達の一斉の視線を感じながら、暖炉前の上座にアルフレードは座った。

 花だけが控えめに飾られたテーブルの上では、集まった叔父達がそれぞれに手を組んだり(ひじ)を付いたりしている。

 表情を変えず、アルフレードは叔父達をゆっくりと見回した。

「叔父上方、ご用の向きは」

「アルフレード、少し前にお前が死んだという知らせが来たのだが」

 待ち受けたように発言したのは、父の兄弟の順番で言うと三番目の叔父だ。

「どういうことだ」

「どうもこうも。こうして生きているのですから、何かの手違いとしか」

「しかしそういった知らせが来たということは、一度それに近い状態に陥ったということでは」

 叔父は一度言葉を切り、改まった口調に変えた。

「健康不安などは」

「いたって問題ありません」

 アルフレードは言った。

「しかし遠駆け中に心の臓が突然止まるなど、回復したから良いという訳ではあるまい」

 成程。この叔父は、そういう死因と認識しているのか。

 アルフレードは腕を組み、眉を寄せた。

「待ってください」

 手を上げたのは五番目の叔父だ。

「わたしは暴漢に襲われ刃物を交えて死んだと聞いたような」

 これは実際の死因にまあまあ近いなとアルフレードは呑気に考えた。

「女と揉めて刺されたのではなかったのか?」

「わたしは亡霊に呪い殺されたなどと聞いたが」

 それぞれに四番目の叔父と大叔父が発言する。

「亡霊? 何ですかそれは」

 三番目の叔父が、他の叔父達の方を振り向き言う。

 ……ある意味当たっている。アルフレードは表情だけ神妙そうにしながらそう思った。

「いや……わたしも首を捻ったのだが」

「叔父上がた」

 アルフレードはおもむろに言った。

「言いたいことを(まと)めてからおいでくださいませんか」

「いや、その」

 アルフレードは背もたれに背を預け、叔父達を見回した。

「私の死因が何だったのかなど、この際どうでもよろしい」

 そういうことにして煙に巻いてしまえとアルフレードは思った。

「しかし、一度死んだという知らせが入るほどの重病に陥ったのでは、当主として健康上……」

「重傷では」

「いや、何なら一度悪魔払いなど」

 アルフレードは笑い出しそうになったのを(こら)えて、さりげなく口元を抑えた。

「何ともまあ、私ひとりの死因すら、どなたもきちんと記憶出来ていないとは」

「アルフレード」

「しかも死因と仰るが、私はこの通り生きておりますが」

 アルフレードは、わざと呆れたような表情をしてみせた。

「叔父上方も大丈夫か。お年を召すと記憶が曖昧になるというが」

 叔父達をゆっくりと見回す。

「まさか全員、()けられた訳ではあるまいな」

 叔父のうちの何人かが、うっと言葉に詰まる。

 自覚でもあるのか。

「そうなると、各所有地の管理を任せておくのも不安なのですが」

 アルフレードは溜め息を吐いてみせた。

 叔父達はお互いに表情を伺い、誰かに発言させようとしていた。

 発言したらしたで揚げ足を取って()けの疑いをかけてやってもいいが。そう思い暫く待ったが、誰も発言して来ない。

「この話は、ここまでで宜しいか」

 アルフレードは言った。

 叔父達が表情を伺い合う。

「ではこれでお開……」

 叔父の一人が、すっと右手を挙げた。

「三件の親戚が全滅していたというあれは」

 アルフレードは内心で舌打ちした。

「あれは、私でも原因は分かりかねます」

 手を組み神妙な口調でアルフレードはそう答えた。 

「疫病なのか?」

「それにしても、生き延びる者がいくらかはいそうなものだが」

 叔父達が口々に言う。

 三百年もの間チェーヴァに異常な執着を向けていた悪霊と、その叔母の亡霊の説明でもして欲しいのか。 

 アルフレードは眉根を寄せた。

「屋敷周辺の住人の状況と、調査に行かせた者達が無事でいるところをみると、疫病とは考えにくいのですが……」

 アルフレードは言った。

「いずれにしろ適切に手続きをし、埋葬は既に終えておりますので」

「葬式を後回しにした理由は」

 大叔父が右手を挙げた。

「全て一気に参列するのは無理でしょう。どなたもお忙しい身でしょうから」

 叔父達は返す言葉を選んでいるのか、暫く目線を泳がせていた。否定したら、暇な役立たずだと思われそうだからか。

「しかし、棺での最後の姿を見たいものではないか」

 叔父のひとりが言う。

「そうだ。特に懇意の者など」

 勢いよく発言に乗ったのは、三番目の叔父だった。

 踊り楽しんだ姿で木乃伊(ミイラ)化した遺体など見せようものなら、親戚中が混乱して余計な仕事が増えそうだ。

 まして、見せたその場で失神などされたら。

 女性二人ならともかく、むさ苦しい年配男性の介抱など勘弁して欲しい。



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