Fata di morte. 死の精霊 II
「決闘に見せかければ食い付いて来るだろうとは思っていたが」
カタカタとナザリオは歯の音を立てた。
「人に仕えることを知らん男を下僕にするなど、毎度物好きな」
「お前に関係ない」
淡々とベルガモットはあしらった。
「アンナ・チェーヴァだろう?」
肩を揺らし笑いながらナザリオはそう言った。
「母がどうかしたのか」
ナザリオはゆっくりとアルフレードに近付くと、わざとらしく声を潜めた。
「この女は、お前を蘇生させる代わりに、お前の母親を冥王に差し出したのだよ」
アルフレードは眉を顰めた。
奇妙な死に方をしていたと先ほど聞いたばかりだが。
「それがどうした」
ベルガモットはアルフレードを振り向き言った。
「古の精霊と冥王との間の話し合いが、汚ならしい悪霊に関係あるのか」
「それでも、アルフレードはお前をどう思うかな」
ナザリオは、ラファエレそっくりの動きで首を振った。
いまだラファエレの動きを真似ることで、アルフレードに対して「こちらが味方だ」と誑かしにかかっているようにも見えた。
「なぜ下僕にどう思われるかなど必要なのだ」
ベルガモットは黒髪を揺らしククッと笑った。
「お前もなかなか面白いことを言うのう、ナザリオ」
アルフレードの方を振り向く。
「お前も、おかしな奴だと思うだろう?」
「……なぜその問題で私に同意を求めるのだ」
アルフレードは眉を寄せた。
「冥王は快諾したが、一つ条件を出された」
ベルガモットの手元で、シャランと軽い鈴のような音がした。
同時に遥か遠くから、シャラン、シャランという大量の鈴のような音が近付いた。
どこかで聞いた音だとアルフレードは思った。
あちらこちらに視線を移動させたが、音源は掴めない。
どこで聞いたのかと考えた途端、首元辺りを何かが擦れて弾けた感覚があった。
「首輪を外した。ひとときの自由を許す」
「は?」
アルフレードはゆっくりと自身の首元を擦った。
「危ないから十字架の影にでも逃げておれ」
「どういう……」
「条件を出されたと言ったであろう」
ベルガモットは、ドレスの上体を左から右へと大きく捩った。
レースの手袋を付けた華奢な手には、いつの間にか太い古木のようなものが握られていた。
古木の先から、恐ろしいほど巨大な鎌が伸びていた。
廊下の床から高い天井までを、緩いカーブを描き伸びている。鋭い刃物の壁のようだった。
空気を切り裂く音と軽い鈴の音が、どこか酷く遠くと思われる位置で混じり合う。
「代わりに、生者に迷惑な腐れた悪霊を掃除してくれと言われた」
骸骨が肩の辺りをぐらつかせた。
黒い人影のようなものが、骸骨の後ろに浮き出るように現れる。
「あれがナザリオだ」
ベルガモットは言った。
「ラファエレとやらの白骨化した遺体に取り憑いて、ここの当主になったふりをしていた」
アルフレードは目を見開いた。
先程から、自身には次々と何が見えているのだ。
「蘇生した身でなければ、お前も使用人どもと同じように生きた人間に見えていたはずだ」
「そもそも、その蘇生とは……」
「逃げておれと言っているであろう!」
ベルガモットは、上体を捻った。体の動きに合わせて艶やかな黒髪が靡く。
鎖鎌の巨大な刃が、アルフレードの頭上を斜めに滑って行った。
アルフレードの胸倉をグイッと掴むと、ベルガモットは美しい顔を近付けた。
「お前は蘇生された身なので、鎖鎌の影響がある。こう説明されねば分からないか!」
「男の胸倉を掴むなど、どんな礼儀の元でいるのだ、君は!」
「この愚図が!」
ベルガモットは、アルフレードの胸倉を掴んだまま引き倒すようにして放り投げた。
足を取られて床に手を付きそうになったが、アルフレードは辛うじて堪えた。
「乱暴な!」
アルフレードの足元から、無数の白い手が這い出した。
両足を引っ張られまたもやよろめいた。
倒されまいと踏ん張るが、壁からも手が這い出し、冷たい百足のような手に顔を撫でられる。
「古代霊どもと遊んでおれ」
「古代れ……?」
「長いこと冥界にも行かず彷徨っていると、自我を失くしてそうなる」
見た覚えがあった。
ベルガモットが出てきたあの夢だ。
この無数の手に、体全体を覆われやがて意識が消えて行った。
「が、害はないのかこれは!」
両手で抵抗しながらアルフレードは叫んだ。
「下僕の害になるようなことをする訳なかろう」
言いながら、ベルガモットはナザリオを正面から睨み据えた。
「どうしようもない嫌悪感があって、覆われたとき息苦しい気がするくらいだ」
それは害のうちには入らないのか、とアルフレードは内心で抗議した。
古代霊の手を懸命に払い退けながら、ベルガモットの姿を目で探す。
黒いドレスの背中は、自身の身体よりも遥かに巨大な鎖鎌を構え、ナザリオの動きを伺っていた。
骸骨がカタカタと両手両足を動かす。
骨の項に当たる辺りから、黒い煙のようなものが飛び出した。
すかさずベルガモットは、巨大な鎖鎌を横一直線に振った。
骸骨の首が崩れ、真横にブランと引っ掛かかる。
やったか。
アルフレードはそう思ったが、ベルガモットは舌打ちして更に真上から真下へと鎖鎌を振り下ろした。
カタカタカタ、と骸骨の足が崩れ、床にペタリと座り込む。
下半身は麻痺したように崩れ落ちているのに、上半身は両腕を中途半端に広げ、嘲笑うかのように歯を鳴らしている。
真横にブランとぶら下がった骨の頭部が嗤うさまは不気味だった。
そのまま髑髏は半回転すると、鎖骨からねじ切れるようにして床に転がった。
カシャン、カシャシャン、と軽い音を立てて、上半身の骨が崩れ落ちる。
ボロボロの服の中で、骨が定位置から次々と外れていくのが分かった。




