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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio dopo 見えていない月
69/74

Visita dei morti. 死者の訪問

最後までお読みいただきありがとうございました。

本編の後日談です。

「客?」

 ベルガモットの居城内にある私室。

 赤色系の敷物やタペストリーで飾られ、中央の小さな丸テーブルには白い花が飾られている。

 この城の中で、唯一艶やかで華やいだ場所と言ってもいい部屋だ。

 配下の白い女性に告げられ、ベルガモットは肘掛けに預けていた上半身を起こした。

 絹糸のような黒髪が身体の動きに合わせ背中に流れる。

「冥王がよこしたのか?」

 目の前に控えた白い女性がゆっくりとうなずく。

「どんな者だ。男か女か」

 白い女性はもう一度頷いた。

「女?」

 ベルガモットは背もたれに背を預け首を傾げた。

「訪ねて来るような女の知り合いはおらんが」

 入室を許可するかどうか伺うように白い女性はベルガモットの顔を見た。

「まあよい。とりあえず入室を許可する」

 白い女性がうなずく。別の白い女性が二人ほど扉の前に姿を現し、重厚な扉を開けた。

 片方の女性が向こう側に手を差し伸べ客を招き入れる。

「入ってもよろしい?」

 高く繊細な声がした。丁寧な話し方は良家出身の女性と思われる。

 アプリコット色のドレスを上品に着込み、静かに入室したのは、若い令嬢だった。

 飴色がかった金髪を綺麗に結い、手袋を付けた手には品よく扇を握っている。

「まあ、あなたは墓地でお会いした」

 ベルガモットの姿を見て、令嬢は声を上げた。

「お前は」

 ベルガモットは目を見開き、思わず椅子から立ちかける。

 令嬢はドレスのスカート部分をからげると、美しい姿勢で膝を折った。

「ご挨拶が遅れました。わたくしクリスティーナ・グエリと申します」

 クリスティーナはゆっくりと体勢を戻すと、僅かに首を傾げた。

「それであなた様は、どちらのお方でしたかしら」

「お、お前の元婚約者の(あるじ)だ」

 ベルガモットは咄嗟にそう自己紹介し、顔を逸らした。「元」の所を必要以上に強調する。

「と言いますと……大公家の御方ということかしら」

 クリスティーナは疑うこともなくそう尋ねた。

「た……?」

「失礼致しました。そんな御身分の姫君とは知らず」

 クリスティーナは微笑んだ。

冥王(アーデ)という方に、退屈しているようだから話し相手になってやってくれと言われましたの」

 白い女性達が椅子を運びクリスティーナに勧める。

 クリスティーナは上品な仕草で腰を下ろした。

「何のお話をいたしましょう?」

 肘掛けに(すが)るようにして顔を逸らし、ベルガモットは奥歯を噛み締めた。

 わざわざこの女を寄越すとは。

 冥王め。

 何という(たち)の悪い嫌がらせを。

「勝手に話したいことを話しておれ」

 ベルガモットは脚を組みそっぽを向いた。

「とは言いましても」

 クリスティーナは含羞(はにか)むように微笑した。

「わたくし、ずっとある方の良い奥方になることしか考えずにおりましたから、話題など少なくて」

「ほう。それはつまらん人生だったの」

 クリスティーナに完全に背を向けて肘掛けに頬杖を付き、ベルガモットは言った。

「他の方にはそうお見えになるんでしょうけれど、わたくしには、その方はこれ以上ないくらい素晴らしいお方でしたの」

「ほう。あの野暮天がか」

 これでも(いら)つきを充分抑えた形で、ベルガモットはそう返した。

「アルフレード様をご存知ですの?」

「物凄く知っておるぞ。お前などよりもな」

「まあ。では赤い葡萄酒が苦手でいらっしゃるのもご存知なのね」

 くすっとクリスティーナは品良く笑いを漏らした。何を笑っておるのだとベルガモットは眉間に皺を寄せる。

「も……もちろん知っておる。葡萄酒を飲んでいる所を訪ねたこともあるからの」

 確かモルガーナの件で食堂広間に行ったときにテーブルの上にあったような。ベルガモットは記憶をたどった。

 あの時の会話もこちらから聞いていた。

 白しか飲まんと奴は言っていた。

「し、知っておるぞ。白しか飲まんのだ」

「そうですの。子供の頃に従兄弟(いとこ)のラファエレ様の真似をして赤い葡萄酒を一気に飲んで、ひっくり返ったことがおありなのですって」

 くすくすと再びクリスティーナは笑う。ベルガモットは思わず目を見開いた。

 何だその可愛らしいエピソードは。

 奴に子供の頃があったのか。

 それで、とクリスティーナは微笑みながら続けた。

「わたくしはロゼが好きなので、ロゼなら美味しいですわとお話したことがありますの」

 クリスティーナは言った。

「それ以来は、わたくしといる時だけはロゼを飲んでいらしたんですの」

 レースの手袋を嵌めた手を薄く赤らんだ頬に添え、クリスティーナはにっこりと微笑む。

「お優しい方でしょう?」

 わたしはもしかして惚気(のろけ)られているのか。

 この女は、わたしを相手に惚気(のろけ)に来たのか。

 ベルガモットは顔を歪めもう一度肘掛けに(すが)った。

 負けて堪るものかと自身を奮起させる。

 わたしはあの男の(あるじ)だ。

 元許嫁(いいなずけ)など殆ど他人ではないか。

「お、お前は知らんだろうが」

 ベルガモットは振り向き、脚を組んで余裕のある表情を作ってみせた。

「奴は最近は麦酒(ビッラ)も飲めなくなったのだ」

「まあ。なぜ」

「原因は知らんが、急にそうなったらしい」

 そういえば飲めなくなった原因は何なのだ。ベルガモットは首を傾げた。

 ナザリオに「お前のせい」と言っていたが。

「あなた様は、アルフレード様にはよくお会いしますの?」

「毎日会っておる」

 ベルガモットは長い髪を手の甲でさらりと掻き上げた。何だ、やはりこちらが勝っているではないかと内心で勝ち誇る。

「でしたら馬術や武器の鍛練のあとは、甘いものを届けて差し上げてくださいませ」

「あま……」

 ベルガモットは唇をぽかんと開いた。

「ああ見えて、甘いものお好きですのよ」

 クリスティーナはにっこりと笑った。

 上品に胸元に手を当て身を乗り出す。

「よろしければ、わたくしがよく届けていたオレンジのパイのレシピなどお教え致しますわ」

 ベルガモットは足元からすっと力が抜けていくような感覚を覚えた。豪奢な椅子の背もたれに背を擦り付けるようにして、つい姿勢を崩す。

 何だ。なぜ私が敗北感など覚えなくてはいけないのだ。





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