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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio quindici 狂気が語る部屋
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La stanza dove parla il pazzia. 狂気が語る部屋 II

「ただ殺すだけでは飽きたらないのか」

 アルフレードは目を眇めた。

「チェーヴァへの怨みがそこまで深いと言いたいのか。元はといえば自業自得だろう」

「ルチアは本当に魅力的な令嬢だった」

 不意にナザリオはそう言い、肩を揺らした。

「貴様」

「若様は、当然会われたことはないだろう。腰の下まで波打つ蜂蜜色の髪、陽など当たったこともなさそうな白く滑らかな肌、大きな鉄紺色の瞳、品良く話す鈴のような声」

 ナザリオは芝居がかった感じで両腕を広げた。

「あまりに美しくて気高くて」

 不意にナザリオは、アルフレードの方にずいっと上体を乗り出した。

 表情は変わっていない筈なのに、なぜか目を剥いた異常な目つきに見える。

 地を這うような低音の声でナザリオは言った。

(けが)してみたくて堪らなかった」

「なに……」

「高貴なものを汚してみたいという欲求が、若様には分からんだろうな」

 言っていることに不可解さと脈絡のなさを感じて、アルフレードは戸惑った。

 何とか見知っている範囲の知識を持ち出し理解しようとする。

「……嫉妬か? それとも劣等感か?」

「どちらも違うな。美しい聖人画に、汚ならしいものを()っ掛けてみたいという欲求と同じだ」

 ナザリオの憑いた道化師の人形を、アルフレードは眉を寄せ凝視した。

「解らんな。壊したいのか」

「貴いものに下品な跡を付けてみたい欲求だ」

 生者に憑いたときのナザリオの表情の癖を思い浮かべた。

 おそらく口の端を上げて笑っている所だろう。

 顔をグイッと近付け、不快な言葉を言い聞かせるように話すのは、ナザリオの話し方の癖なのか。

 生者に憑いていれば、おそらくそういう仕草をしている所なのだろうと想像した。

 嫌悪感にアルフレードは眉を寄せた。

「高貴なものを、(みだ)りがましく汚してみたい欲求かな」

「……歪んでいるな」

「若様から見たら、そうでしょうなあ。おそらく分からん人には分からん」

 ナザリオは言った。

 人形の顔をカクンと下に向けて、その後黙り込んだ。

 抜けたのか、とアルフレードは思った。元通り布を被せようと手を伸ばす。

 途端にナザリオは勢い良く顔を上げると、その顔を真っ直ぐにアルフレードに向けた。

 アルフレードは、目を見開き手元を揺らした。

 後退りしそうになったのを辛うじて(こら)え、動揺を隠す。

「ラファエレ殿がお亡くなりになった後から、楽しみに若様を見ていた」

 ナザリオは極めてゆっくりとした口調で言った。

「じぃっと見ていたのだよ」

 人形の目で、アルフレードを凝視する。

「この高貴な若様が成長した暁には、どんな風に汚して冒瀆してやろうかと」

 ナザリオは再び肩を揺らすと、声のトーンを落とした。

「最初の決闘の前に、私達は何度も会っているのだよ」

 ナザリオは口に手を当て、耳打ちするような動作をした。

「若様に、何度も何度も若様は娼婦か娼婦か娼婦かと耳元で言って挑発した」

 言いながらまた肩を揺らす。

「高貴な若様を娼婦呼ばわりなど、ゾクゾクした」

 滑らかで淀みなく如何(いかが)わしい内容を話す様が、酷く異様だった。

「高貴な御方に、汚ならしいものを()っ掛ける想像を楽しんだ」

 ナザリオは言った。

「決闘のために手袋を付け直す誇り高い姿が、もっと汚してくれと言っているようで」

 興奮しているかのように両腕を広げる。

「決闘などという方法で(しい)すれば、鬱陶しい死の精霊が絡んでくるだろうとは思ったが、もう止まらなかった」

 ナザリオは(にわか)に早口になり、言葉を続けた。

「重傷を負って血塗れで倒れる姿すら高貴に感じた。生死を確認する振りをして、耳元で不道徳な言葉をいくつも聞かせてやった」

 嫌悪を感じて、アルフレードは止めようとした。

 ナザリオは上擦った声で続ける。

「ルチアと同じ鉄紺色の瞳が、私のふしだらな言葉に微かに反応する様に興奮した」

 アルフレードは、奥歯を噛み締めた。

「血反吐とともに吐かれた若様の浅くて速い息が、この方はこの方で、汚されて(たか)ぶっているではと錯覚した」

 ナザリオは再び上体を反らし、不快な笑い声を上げた。

「楽しませて貰ったよ、若様。しかもわざわざ蘇生して戻って来てくれるとは」

 アルフレードは更に奥歯を噛み締めた。

「もう一度、同じ楽しみが味わえるなど」

 人形の肩をユサユサと揺らす。

「若様は、どこまで堪らないお人なのだ」

「お前と話していると、頭がおかしくなりそうになる」

 アルフレードは眉間にきつく皺を寄せた。

「まともではない」

「結構。まともなつもりはない」

 ナザリオは笑うように顔を揺らし言った。

「生まれた家のせいでそうなったとでも言いたいのか」

「ほらね、若様は分かっていない」

 ナザリオは肩を竦めた。

「生まれた家の格など関係ない。たとえ王家に生まれていたとしても、より高貴なものに同じ感情を持ったと思うよ」

 ナザリオは言った。

「ああ、こう言えば若様にも分かるのか」

 人形の手を口の横に当てる。

「ただの嗜好だよ」

 この男は、自分のせいで家が没落したことすら、どうでもいいのか。

 没落の際に自害した叔母と接触しても何も思わなかったのか。

 チェーヴァへの怨みではなく、ただの偏好で何人も犠牲にしてきたのか。

 アルフレードは愕然とした。

「若様が女なら、なお堪らなかっただろうな」

「……ふざけるな」

 アルフレードは目を眇めた。

 吐き気がする。

 このままこの部屋に居続けていたら、ナザリオの狂った感性に当てられそうだと思った。

 チェーヴァは、ルチアの代からとんでもない乱心者に目を付けられ続けていたのだと悟った。

 何としても自分の代で終わらせなければ。

 唇を噛んだ。





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