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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio due 死の精霊
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Fata di morte. 死の精霊 I


「人のペットに危害を加えるでない」


 女がきつい印象のソプラノで告げる。

 何の前触れもなく空気を動かすこともなく、当たり前のようにその場の光景に加わっている。

 女のサラサラと艶のある黒髪をアルフレードは呆然と見詰めた。

「アルフレード、お前、こいつのペットなのかい」

 骸骨が問う。

 空気の抜けるような息を吐いて笑ったようだった。

「そんな訳があるか」

 アルフレードは不快に眉をよせた。

 訳が分からなかったが、動揺より自尊心の方が勝った。

 懸命に手がかりになりそうな記憶を探り、目の前で起こったことを推測しようとする。

 この女に平手打ちを食らわせられた記憶が甦った。

「……下僕と言わなかったか」

 アルフレードはようやく思い出した。

「下僕が嫌だと言うから変えてやった」

 女はアルフレードの方を振り向いた。

 身長差のせいだろう。目尻のきつい黒目を上目遣いにする。

「優しいであろう?」

 深紅の唇の両端を上げ笑む。

「何を言っているのだ君は」

 というよりも、とアルフレードは思った。

 あれは夢か何かではないのか。

 先ほど自室の寝台で、目覚める寸前まで見ていた夢では。

「こいつは、(いにしえ)からこの地方にいる死の精霊だ。名を炬の如き花(ベルガモット)

 骸骨が骨の指で女を指す。

「そして、この醜悪極まる吐き気を催す骸骨は、割と最近死んだ、悪霊のナザリオ」

 ベルガモットは、レースの手袋を嵌めた手で骸骨を指した。

「これでも三百年は生きているんだよ」

 ナザリオが(のど)の奥をククッと鳴らし笑う。

「黙らんか、汚ならしい」

 ベルガモットが吐き捨てる。

 わずかも対等には考えていない口調だった。

「ラファエレではないのか……?」

 アルフレードは呟いた。

 ベルガモットが黒髪を肩の上でしっとりと揺らし、アルフレードの方を振り向く。

「よろしい。ペットに発言を許す」

「いつもそんな話し方なのか君は」

「それが質問か。答えは然り(S i)だ」

 そう答えるとベルガモットは骸骨の方を向いた。

「そうではない! あれはラファエレではないのかと聞いているのだ」

 ベルガモットは(あご)をしゃくり、見下すようにナザリオを見た。

「死体や生者に取り憑いては、目をつけた者を混乱させて面白がっている(ごみ)だ」

「何故そんなことを」

「さあ。生き甲斐なのではないか?」

 ベルガモットは向こうを向いたまま首をかしげた。

「生き甲斐? 死んでいるのだろう?」

 アハハハハ、とベルガモットは高い声で笑った。

「その通りだ。このペットは面白い」

「そのペットはやめてくれないか」

 アルフレードは眉間に皺をよせた。

「では下僕」

「その二択しか無いのか君は」

「まさかアルフレードを蘇生させて戻して来るとは」

 ナザリオが含み笑いをした。

「蘇生?」

「下僕の願いを聞いてやった」

 淡々とベルガモットが答える。

「ナザリオ、お前もご苦労だのう。その骸骨が生きている時分から、周辺に貼り付いて仕草やら話し方やら見ていた訳か」

「生きていた時から?」

 ベルガモットの黒髪を見下ろしアルフレードは呟いた。

「ラファエレが生きていた時からいたのか?」

 ベルガモットは少し横を向き視線をこちらへ向けた。

「発言を許す」

「いちいち君の許可は要らん」

 アルフレードはそう言い放った。

「まさかとは思うが、ラファエレが死んだのは」

「どうなのだ、ナザリオ」

 ベルガモットが代わりに問うた。

「どうだったかな」

 ナザリオがラファエレにそっくりの仕草で肩をすくめてみせる。

 本当に嫌がらせが好きそうだなとアルフレードは忌々しく思った。

「脳が溶けたので記憶が出来ていないそうだ」

 ベルガモットはくすくすと笑った。

「あいつは脳が溶ける病気で死んだのだよ」

「脳が?」

 そんな話をしているところだろうかとアルフレードは思ったが、とりあえず聞き返す。

「そんな奇妙な病気があるのか」

脳髄(のうずい)に小さな生き物が入って起こる」

「虫か?」

「もっと小さなものだ。目も耳も手も足もなくて、グニャグニャと動く」

 ベルガモットは、細い指を互い違いに動かしてみせた。

 その生物が動く様を表現しているのか。

「そんな生き物がいるのか? 本当に神が造りたもうたものか?」

「そんなことはお前の神に聞け」

 ベルガモットが素っ気なく答える。

「神か」

 ナザリオは嘲るような口調で呟いた。

「冥王と交渉したのか」

 歯をカタカタと鳴らした。

「アルフレードを蘇生させるために」

 ナザリオは骨の指でアルフレードを指差した。

「それで何を引き換えにした」

「引き換え?」

 アルフレードは、骸骨の空洞の目を見詰めた。





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