La stanza dove parla il pazzia. 狂気が語る部屋 I
オルゴールが鳴った。
部屋の片隅で突然ポロン、と鳴ったかと思うと、少し離れた場所にあるオルゴールも同じように音を鳴らし始める。
部屋中のオルゴールが一斉に鳴り出した。
動揺して心の臓が速くなったのを感じながら、アルフレードは顔を上げた。
それぞれに違う音楽を鳴らすので、全く噛み合わない和音の連続が、不快で不安定な精神状態を誘う。
音楽に合わせて動く自動人形が埃避けの布の下でモゾモゾと動く。
アルフレードは立ち上がり、オルゴールに掛けてある布を取った。
手の平ほどの大きさの道化師の人形が、カクカクと首や腕を上下させる。
止めようと手を伸ばした時だった。
「アルフレード」
覚えのある口調で名前を呼ばれた。
「私だよ、アルフレード」
道化師の人形はカクカクと両手を動かした。
手を前に伸ばし、小さな子供を抱き締めるような動きをする。
「久し振りだねアルフレード。お前のことが、とても心配だったよ」
アルフレードは人形をじっと見詰めた。
視線をすっと動かし、オルゴールのネジの部分を見る。どれも動かない。巻かれてはいないのに作動しているらしかった。
協和しない和音が延々と流れ、気分が悪くなりそうだ。
「ラファエレ」
アルフレードがそう呼びかけると、道化師の人形は不器用な動きで両脚を伸ばし立ち上がった。
おいで、という風に両腕を広げる。
「……ではないな」
アルフレードは言った。
人形は動作を止めた。不意に上体を反らすと、アハハハハ、と声を発した。
オルゴールがピタリと止む。
「二度目も無理か」
人形は首をカクカクと左右に傾けた。
「貴様か、ナザリオ」
アルフレードは目を眇めた。
「恐ろしげな御方がようやく去ったようでしたのでな」
「冥王のことか」
アルフレードは言った。
「まさか死の精霊の危機に直々に御出座しになるほど懇意とは思わなかったが、あんなのと対峙させられては敵わん」
ナザリオは首を振った。
「今度はこの家をどうにかするつもりか」
「若様お忘れか? 私は元々この家に長く居たのですよ」
ナザリオは言った。
「ラファエレ殿の、口調や仕草を完璧に真似られるほど長く」
ナザリオは、カタカタとぎこちなく肩を竦めた。
「……なぜラファエレだった」
「ラファエレ殿は、若様が生まれる前には本家の養子にという話もあった方なのですよ」
アルフレードは僅かに目を見開いた。
初耳だった。
「若様は、遅くに生まれた跡継ぎでしたからな。上は姉君ばかりで」
その姉たちも歳は離れていて、一緒に過ごした時期は短い。
「だからこそ、ご母堂は身代わりになっても蘇生させたかったのでしょうなあ」
ナザリオは人形の両手をぎこちなく動かし、泣くように目の辺りに当てた。
子供の泣き真似のように、わざとらしく手を震わす。
母の死をまたもや嘲っているかのような態度に、アルフレードは歯噛みした。
「この家にいれば、本家の跡継ぎになる可能性のある男子を、二人同時に見ていられた」
ナザリオは言った。
「少年時代の若様は、本当にラファエレ殿をたびたび訪ねておられましたからな」
引き笑いのように肩と首を揺らす。
「あまりにもラファエレ殿に懐いているので、そのうち一線でも越えてしまうのではないかと」
ナザリオは再び上体を反らし、耳障りな笑い声を上げた。
「毎回毎回、人を不快にさせるのだけは長けているな、お前は」
アルフレードは眉間に皺を寄せた。
「ラファエレの死に、お前は関わっているのか」
ナザリオは動きを止めた。
動力が切れたかのようにカクンと腰を落として座り、顔を俯かせる。
「ラファエレ殿は、お優しい方であられた」
引き笑いをするように肩を揺らす。
「馬でお出かけになられた際、倒れていた余所者に近付き声を掛けられた」
語り口は静かだが、肩を揺らし笑っているような動きを止めなかった。
「その余所者が流行り病に罹っていた訳だが……」
ナザリオは肩を竦め、勿体ぶるように間を取った。
それで、とアルフレードは先を促した。
ナザリオの嗤いの意味が非常に気になった。単にラファエレの死を嘲笑っているだけにしては、随分としつこい。
「……その余所者とやらに憑いて、態とラファエレの前に行った訳ではあるまいな」
アルフレードは言った。
「若様、想像力が逞しくなられましたなあ」
ナザリオは更に激しく肩を揺らした。拍手するように両手を合わせる。
「正解です。お見事」
そうナザリオは言った。
アルフレードが睨みつけると、またもや上体を反らし、不快な笑い声を上げた。
「貴様……」
ひとしきり笑い終えると、ナザリオは再び顔を俯かせた。
「ですが私としては物足りなかった。チェーヴァの方々は、もっと違う方法で弑したかった」