Vigilia del ballo. 舞踏会前夜 I
ピストイアの郊外にある屋敷に着くと、アルフレードは、カツカツと足踏みする馬をなだめながら門番たちを見下ろした。
「当主はおられるか。アルフレード・チェーヴァが来たと伝えてくれ」
若い門番が中年の門番に目配せする。中年の門番が頷くと、すぐに屋敷内に知らせに行った。
待っている間、中年の門番はじっとこちらを見上げていたが、ややしてから「あっ」と小さく声を上げた。
「もしかしてアルフレード坊っちゃまですか。ご無沙汰しております」
中年の門番は目を丸くし、そう言った。
「ああ……」
アルフレードは馬上から返事をした。
ひとりで遠出できるようになった年頃から、たびたび来ていた屋敷だ。門番にもすっかり顔を覚えられていた。
ラファエレが亡くなってからは、殆ど来なくなっていたのだが。
「大きくなられて。まあ……ご立派になられて」
門番はますます目を丸く大きく見開き、そう言った。
「そうか」
「うちの旦那様も、さぞかし感激なさるでしょう。いやぁ、ご立派になられた」
門番は「大きくなられた」「ご立派になられた」としみじみと繰り返し、アルフレードの頭から足元までをしげしげと見た。
何だこの妙な気恥ずかしさは。アルフレードは顔を顰めた。
この門番の頭の中では、たびたび訪ねて来てはラファエレの私室に直行していた少年の姿で止まっていたのだろうなと推測した。
馬から降りる。
取りあえず話題を変えようと、馬を繋ぐ場所を聞いた。
「ああ、馬屋の方に連れて行かせますんで」
そう門番は言った。
しかしその後、今度はほぼ同じ目線になったアルフレードの顔をまじまじと見た。
「いやぁ、男らしいお顔になられた」
そんなに何度でも驚くことなのか。アルフレードは眉を寄せた。
呼びに行った門番が早く戻らんかなと屋敷の方を眺める。
ややして屋敷の方から聞こえて来たのは、大きな声で名前を呼ぶ声だった。
「アルフレードー!」
ここの当主だ。父のすぐ下の弟で叔父に当たる。
細身長身で物静かだったラファエレとはあまり似ていない、中肉中背の快活な初老の男性だ。
片手を大きく振り、広い庭の真っ直ぐに伸びた通路を走って来る。
「久し振りじゃないか!」
叔父は目の前に着くと、さほど息切れもさせずそう言った。
年齢の割に充分な体力のある様子にアルフレードは驚いた。
「大きくなって! いやぁ、立派になった!」
両手でアルフレードの二の腕をパンパンと叩く。
「男らしい顔になりおって!」
アルフレードは僅かに頬をひきつらせた。
暫く来ないうちに、ここの屋敷はこれが決まりの挨拶にでもなったのか。
「……叔父上も、主従で見事な同調、何よりです」
叔父は大声で笑い出した。
「わしの粘り勝ちじゃあ!」
屋敷の方に向かってそう言う。
「粘り……?」
叔父の見た方向にアルフレードは目を向けた。
屋敷の玄関前。この屋敷に使いにやった使用人が二人、済まなそうに頭を下げていた。
特に窶れたり疲れているという風でもなく、清潔な服を着せられて持て成された感じだ。
「は……?」
アルフレードは、そちらを凝視したまま問うた。
「……どういうことですか、叔父上」
「わしが引き留めとった」
「どういう訳で」
「あの者たちが戻らなければ、お前が絶対直々に様子を見に来るだろうと思うて」
アルフレードはゆっくりと額を抑えた。
やられた。
何かあれば足を掬って来そうな親戚も厄介だが、好意的なこの叔父も、これはこれで厄介だ。
「何でも自分でやらなければ気が済まんところ、変わっとらんのう」
叔父はアルフレードの肩をバンバンと叩き笑い声を上げた。
「何のおつもりですか」
アルフレードは横目で叔父を見やった。
「だってお前、ここ何年かは全く顔出してくれんかったし」
「家を継いだら以前ほどは来られなくなりますよ」
「本家の当主なんか辞めて、こっちの跡継ぎにならんか?」
「何を言っているんです」
アルフレードは眉を寄せた。
「……あの者たちには、ラファエレの埋葬し直しの件も言い付けていたのですが」
「とっくに済んだぞ」
叔父は言った。
アルフレードは一気に疲れを感じた気がした。教会との交渉までやる心積もりで来た自分が、馬鹿みたいではないか。
「ラファエレの遺体が何でそちらの屋敷にあったのかは、あの者たちも分からんそうだが」
「ああ、それは……」
自分も分からないとアルフレードは続けようとした。
「ま、ラファエレもお前に会いたかったんじゃろ」
叔父はそう言い、またもやアルフレードの肩をバンバンと叩いた。
それで納得出来るのかこの人は。アルフレードは鼻白んで叔父の顔を見た。
「中で菓子でも食わんか」
叔父はアルフレードの肩を押した。




