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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio tredici 散りばめられた花
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Fiori costellato. 散りばめられた花 I

 屋敷に戻ったときには、もう暗くなっていた。

 まっすぐ私室に戻り、袖の留め具を外しかけたアルフレードに、女中が来客を告げた。

「グエリ家の従者と名乗る方が」

「どんな用件で」

「それが」

 女中は少々困惑した顔をした。

「以前お贈りした麦酒(ビッラ)の追加はどうかと」

麦酒(ビッラ)?」

 アルフレードは手を止めた。

「そうと伝えれば分かるはずだと」

 ナザリオだろうか。アルフレードは眉を寄せた。

 そういえば、以前グエリ家の屋敷で従者に取り憑いていた。

「……分かった。応接室に」

「あの」

 女中は更に困惑した表情をした。

「私室でお会いしたいと」

 アルフレードは留め具に手をかけたまま宙を見詰めた。

 ナザリオだとしたら、何を企んでいるのか。

 ややしてから、一度外した留め具を掛け直した。椅子に掛けていた上着を手に取り羽織る。

「分かった。ここに通せ」

 女中が一礼して扉を閉めた。

 間を置かず案内されて来た男は、やはりクリスティーナの部屋で会った従者だった。

 中身は間違いなくナザリオだろう。

 案内してきた女中が扉を閉め立ち去ると、ナザリオは揶揄(からか)うように肩を竦めた。

「口移しの麦酒(ビッラ)のお代わりを」

「嫌がらせを言いに来たのか」

 アルフレードは眉を寄せた。

「なぜわざわざ私室だ」

「応接室と違って、使用人が踏み込みにくいですからな。少々の物音がしても入室を遠慮しがちだ」

 アルフレードは、ますますきつく眉をよせた。

 何を企んでいるのか。

「あのお嬢様は、身罷(みまか)られましたか」

 ナザリオは言った。

「若様好みの従順な女でいらしたのに、悲しいことですな」 

 薄っぺらく同情するように首を振る。

「だが、良いことを思いついた」

 ナザリオは口の端を上げた。

「若様に嫁ぐ者を全てこんな結末にすれば、チェーヴァはそれだけで跡継ぎ問題で揉めて自滅しますな」

「そもそもそれを狙ってモルガーナと接触させたのでは?」

 今すぐ拳銃でも突き付けたい感情を抑え、アルフレードは言った。

「さあ」

 そう答えながら、ナザリオは部屋を見回した。

「せっかくこうして分かりやすく出向いてあげたのに、死の精霊は来ないのか?」

 肩を揺らし嘲るように笑い出した。

「若様と仲違(なかたが)いでもしているのかな?」

「仲違いも何も無いだろう。あちらは来たい時に来て、戻りたい時に戻るだけだ」

「だが先程から、随分と遠慮がちに若様を見ているようだが」

 アルフレードは目を見開いた。

 見ているのか。

 無礼な下僕だと、とっくに興味を失くしているだろうと想像していた。

 来てくれるだろうか。

 ナザリオを冥界に。もし出来るのであれば、その最下層にある地獄へと送り付けてくれ。

 彼女に願い事をしているのは、いつも自分の方だ。

 あんなことを言った後でまた願い事など、知らんと拒否されるかもしれないが。

「 “ベルガモット” 」

 アルフレードは名を呼んだ。

 頭上から豪快な衣擦れの音が聞こえた。巨大な刃物の壁が視界を遮断する。

 ごつごつとした古木のような柄を振り上げたベルガモットが、黒いドレスのスカートをひるがえした。

 上体を大きくひねり、轟音を立て鎌を振り下ろす。

 だが。

 ナザリオはその動きを見上げ、にやりと口の端を上げた。


「モナルダ・ディディマ」


 ナザリオはゆっくりとそう言った。

 次の瞬間、ベルガモットの動きは空中で止まった。

 黒い目を見開き、紅い唇を半開きにして表情を凍りつかせる。

 見る間に身体の端から崩れ、赤い(たいまつ)の形をした花に変わっていった。

 崩れながら落下するベルガモットの身体を、アルフレードは咄嗟に身を乗り出し、両手を伸ばして受け止めようとした。

 ザザッと音を立てて、大量の炬花(ベルガモット)が腕に落ちる。

 殆どが受け止め切れず足元へと落ちた。

「な……」

 アルフレードは、手の平に残った数輪の炬花(ベルガモット)を見つめ、顔を強張らせた。

「説明が欲しいか? 若様」

 ナザリオは言った。

「 “モナルダ・ディディマ” は、死の精霊の本当の名だ」

「本当の……?」

「いつも使っている名は、いわば通称のようなものですな。精霊というものは、大概、本当の名が弱点なのですよ」

 ククッと(のど)を鳴らして笑い、ナザリオは言った。

「まあ、全てモルガーナ叔母上が教えてくれたことだが」

 そういえばとアルフレードは思い出した。

 モルガーナが、冥界に送られる寸前に何かを言いかけていた。

 あのとき、ベルガモットは動揺したように見えた。

 この名を言いかけたのか。





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