Mondo dei sogni. 夢の世界 III
「その叔母君も、利用していたようだな」
「優しい叔母でね」
ナザリオは、自身の米噛みをつついた。
「こちらはちょっと壊れていたんだが」
そう言い口の端を上げる。
「知的好奇心の強い頭の良い女など、三百年前はただの不良品扱いでしたからな。居場所を求めて壊れてしまったのですよ」
ナザリオは、嘆くように首を振った。
「従順でつまらん女が好みの若様には、同情しても貰えん話か……」
「哀れむふりなどするな。あの叔母君もお前のただの駒だったのだろう?」
嫌悪に眉を寄せ、アルフレードは言った。
「若様は、私という人間を分かっておられない。私は、叔母上を本当に慕っていたし、感謝もしていたよ」
なにせ、と続けてナザリオはずいっと顔を近付けた。
「お慕いしている令嬢と、お話しをする機会すらないと嘆いてみせたら、同情して役立つ薬をくださった」
ナザリオは、喉の奥を鳴らすようにしてククッと笑った。
「お陰でルチアと、とても仲良くなれたよ」
「貴様……」
鼻先に近付けられた顔を、アルフレードは睨み付けた。
胸元を掴みたいのを懸命に堪える。
「怖い目だな」
ナザリオはクッと口の端を上げた。
「このままいたら、殴られてしまいそうだ」
唐突にナザリオはこちらに倒れかかった。
「なっ」
防御反応で両手を出したが、身体を受け止め切れずアルフレードは後ろによろめいた。
意識を取り戻したらしい従者が、本能的にアルフレードの上着を掴み身体のバランスを取ろうとする。
アルフレードは咄嗟に寝台の柱に掴まった。
「あれ……」
従者は戸惑いながらもアルフレードから身を離した。
怪訝な表情で目線だけを動かし辺りを見る。
「失礼。今、意識が……」
アルフレードは天井を見上げた。
黒い人影のようなものが天井に張り付き、吸い込まれるようにして消える。
逃げたか。
ベルガモットを呼ぶ間も無いよう、従者をわざと受け止めさせようとしたのか。
「……貴殿は」
「この家の従者殿か」
アルフレードは言った。
「……ええ」
「そこの鏡を撤去するのを手伝ってくださらないか」
アルフレードは鏡を目線で示した。
許嫁の頭を抱き寄せ、異常な様子を見られないようにする。
「クリスティーナ様……?」
男性の方は誰だったかという顔で従者はじっと見た。
暫くしてから、思い出したのか背筋を伸ばした。
「あ……アルフレード殿。チェーヴァの」
「他の男手はまだか」
「はっ」
従者は廊下の方を見た。何人かの靴音のようなものが聞こえる。
アルフレードは、許嫁の肩に触れた。
身体が冷えている気がした。体温が下がり気味なのではないか。
何日まともに食べていないのか。
最悪の結果を想像すると目眩がしそうだった。
侍女が数人の男手を連れ部屋に戻った。開け放したままの出入り口から身を乗り出しこちらを見る。
「お嬢様のご様子は」
変わらん、という風にアルフレードは首を振った。
侍女はクリスティーナに駆け寄り無表情な顔を見ると、すぐに連れて来た男たちの方を向いた。
「そこの姿見です。外してください」
男たちは姿見の傍に駆け寄った。
「温かくしてやってくれ。身体が冷えている気がする」
アルフレードは言った。
「は、はい」
「それと、無理にでも口に何か入れた方が」
「はい」
アルフレードは顔を上げ出入り口の方を見た。
「医師は」
「使いの者を向かわせています」
そうか、と相槌を打った。
「ご当主は、一週間後にご帰宅の予定だったか」
「はい」
侍女はクリスティーナの手を取り、両手で擦るようにしていた。
「人をやって呼び戻せ。遊興なら構わんだろう」
「はい。でも」
「アルフレード・チェーヴァが、急ぎ面会したいので帰られよと言っていると伝えろ」
アルフレードは言った。
跡継ぎ息子とは違い、娘など大して大事ではない人もいる。
だからといって、この状態で遊興もないだろうと内心で非難した。
男手の何人かが、部屋を出て大工道具を持って来た。
姿見を抑えながら打ち付けてある釘を抜く。
外れた姿見を引きずるようにして少し移動させると、ひとりが声を上げた。
「これ、どこに置いたらいいですかね?」
侍女がアルフレードの顔を見た。
「クリスティーナが見られない場所なら、どこでも」
アルフレードは言った。




