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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio dieci 夢の世界
43/74

Mondo dei sogni. 夢の世界 III

「その叔母君も、利用していたようだな」

「優しい叔母でね」

 ナザリオは、自身の米噛みをつついた。

「こちらはちょっと壊れていたんだが」

 そう言い口の端を上げる。

「知的好奇心の強い頭の良い女など、三百年前はただの不良品扱いでしたからな。居場所を求めて壊れてしまったのですよ」

 ナザリオは、嘆くように首を振った。

「従順でつまらん女が好みの若様には、同情しても貰えん話か……」

「哀れむふりなどするな。あの叔母君もお前のただの駒だったのだろう?」

 嫌悪に眉を寄せ、アルフレードは言った。

「若様は、私という人間を分かっておられない。私は、叔母上を本当に慕っていたし、感謝もしていたよ」

 なにせ、と続けてナザリオはずいっと顔を近付けた。

「お慕いしている令嬢と、お話しをする機会すらないと嘆いてみせたら、同情して役立つ薬をくださった」

 ナザリオは、(のど)の奥を鳴らすようにしてククッと笑った。

「お陰でルチアと、とても仲良くなれたよ」

「貴様……」

 鼻先に近付けられた顔を、アルフレードは睨み付けた。

 胸元を掴みたいのを懸命に(こら)える。

「怖い目だな」

 ナザリオはクッと口の端を上げた。

「このままいたら、殴られてしまいそうだ」

 唐突にナザリオはこちらに倒れかかった。

「なっ」

 防御反応で両手を出したが、身体を受け止め切れずアルフレードは後ろによろめいた。

 意識を取り戻したらしい従者が、本能的にアルフレードの上着を掴み身体のバランスを取ろうとする。

 アルフレードは咄嗟に寝台の柱に掴まった。

「あれ……」

 従者は戸惑いながらもアルフレードから身を離した。

 怪訝な表情で目線だけを動かし辺りを見る。

「失礼。今、意識が……」

 アルフレードは天井を見上げた。

 黒い人影のようなものが天井に張り付き、吸い込まれるようにして消える。

 逃げたか。

 ベルガモットを呼ぶ間も無いよう、従者をわざと受け止めさせようとしたのか。

「……貴殿は」

「この家の従者殿か」

 アルフレードは言った。

「……ええ」

「そこの鏡を撤去するのを手伝ってくださらないか」

 アルフレードは鏡を目線で示した。

 許嫁(いいなずけ)の頭を抱き寄せ、異常な様子を見られないようにする。

「クリスティーナ様……?」

 男性の方は誰だったかという顔で従者はじっと見た。

 暫くしてから、思い出したのか背筋を伸ばした。

「あ……アルフレード殿。チェーヴァの」

「他の男手はまだか」

「はっ」

 従者は廊下の方を見た。何人かの靴音のようなものが聞こえる。

 アルフレードは、許嫁の肩に触れた。

 身体が冷えている気がした。体温が下がり気味なのではないか。

 何日まともに食べていないのか。

 最悪の結果を想像すると目眩がしそうだった。

 侍女が数人の男手を連れ部屋に戻った。開け放したままの出入り口から身を乗り出しこちらを見る。

「お嬢様のご様子は」

 変わらん、という風にアルフレードは首を振った。

 侍女はクリスティーナに駆け寄り無表情な顔を見ると、すぐに連れて来た男たちの方を向いた。

「そこの姿見です。外してください」

 男たちは姿見の傍に駆け寄った。

「温かくしてやってくれ。身体が冷えている気がする」

 アルフレードは言った。

「は、はい」

「それと、無理にでも口に何か入れた方が」

「はい」

 アルフレードは顔を上げ出入り口の方を見た。

「医師は」

「使いの者を向かわせています」

 そうか、と相槌を打った。

「ご当主は、一週間後にご帰宅の予定だったか」

「はい」

 侍女はクリスティーナの手を取り、両手で擦るようにしていた。

「人をやって呼び戻せ。遊興なら構わんだろう」

「はい。でも」

「アルフレード・チェーヴァが、急ぎ面会したいので帰られよと言っていると伝えろ」

 アルフレードは言った。

 跡継ぎ息子とは違い、娘など大して大事ではない人もいる。

 だからといって、この状態で遊興もないだろうと内心で非難した。

 男手の何人かが、部屋を出て大工道具を持って来た。

 姿見を抑えながら打ち付けてある釘を抜く。

 外れた姿見を引きずるようにして少し移動させると、ひとりが声を上げた。

「これ、どこに置いたらいいですかね?」

 侍女がアルフレードの顔を見た。

「クリスティーナが見られない場所なら、どこでも」

 アルフレードは言った。





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