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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio dieci 夢の世界
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in ufficio. 執務室にて

「屋敷から誰も出て来なかった親戚が二件、飢えた状態で助けられた者が数名おり、屋敷からどうしても出られなかったと話したのが一件」

 ざっと書き出した親戚の所在地の一覧を、アルフレードは羽根ペンでつついた。

 溜まっていた執務をいくらか片付け、執事にようやく休憩を取りましょうと言われたところだ。

 ここのところ従者も連れずあちらこちらを行き来しているので疲れてはいたが、親戚全体がどうなっているのかを確認するまでは、気になり休む気にもなれなかった。

 机の前に執事が姿勢よく立っているのも構わず、背もたれに雑に背を預け、大きな息をつく。

 壁の所々に飾られた大小の絵画が目に入った。壁に沿って整然と並ぶ明るい色調の書棚。大きな窓のそばには、先祖から伝わる鎧が飾られ、盾にはチェーヴァ家の剣と盾の紋章が描かれている。

「あとの家は普段通りだったか」

「ピストイアに行った者がまだ戻りませんが」

 執事が答える。

「……ピストイア」

 ピストイアと書いた部分に下線を引く。

「遺体の埋葬のし直しもあるから、ピストイアは元々時間がかかるだろうとは思っていたが」

 アルフレードは、羽根ペンをインク壺に挿した。

「それにしても、かかり過ぎてはいるかな」

 一覧を書いた紙を手に取り、ガサッと顔の近くに持って来る。

「いまだに分かりませんな……なぜ、ラファエレ様のご遺体がこの屋敷内に」

 執事は(あご)に手を当てた。

 さりげなく聞き流す。

 説明しても信じるかどうか。

 信じたら信じたで教会に駆け込まれて大騒ぎされそうで厄介なのだが。

「姉君さま」

 不意に執事が言った。

「え……」

 アルフレードは、目元を強張らせ顔を上げた。

「姉君さま方の嫁ぎ先は、何事も無いようですな」

「あ……ああ」

 モルガーナの話をまだしているのかと思い動揺した。アルフレードは深く息をついた。

「もう少しかかるようなら、ピストイアも私が行く」

「何もアルフレード様が直々に行かれなくても。他の者に様子を見に行かせましょう」

 執事がそう提案する。

「駄目だ」

 ついきつい口調になった。執事が不可解そうに眉をよせる。

「……いや」

 口に手を当て、アルフレードは別の話題をさがした。

「サン・ジミニャーノの件は片づいたか」

 執事は、ええ、と返事をした。

「埋葬した教会がいろいろと聞きたがっているようですが」

「公的にか、それとも雑談の範囲でか」

「雑談の範囲ですね」

「では適当にお茶を濁しておけ」

 はい、と執事は返事をした。

「それにしても」

 執事は続けた。

「屋敷から出られなかったというのは、どういうことなのでしょう」

 アルフレードは手を組み宙を眺めた。

 下手な作り話や、知らんで押し通すのも限界があるだろうか。

 だが、本当のことを話して適切な対応の出来る者が屋敷内にいるとも思えない。

「助けられた者がいたのは、ポンタッシェーヴェの屋敷か。その者達の今の様子は?」

「若い方々は回復に向かっておられるようですが」

 執事が答える。

「飢えは酷かったのか」

「何日食べていなかったのか屋敷のどなたもはっきりとは分からないとのことで」

 アルフレードは、一覧を書いた紙をかさりと手元で揺らした。

「話す様子は。脳が壊れたような様子はあったか」

「身体が弱っているだけで、特にそういう方はおられなかったようですが」

 やはりサン・ジミニャーノと同じモルガーナの幻覚剤か。

 アルフレード自身も嗅いだのでよく分かる。幻覚を見る効果は強烈だが、後遺症は一切残らない。

「誰もお出にならなかったというお屋敷は」

「それも私が行く」

 一覧の紙を、アルフレードは机に置いた。

「あちらもこちらも行かれるほど、お暇ではないでしょう。そちらくらいは他の者に」

「出かける」

 アルフレードは席を立った。

 執事が何かを言いたそうに口を開いたが、それを制するように先に言葉を続ける。

「あとの執務は夕方以降で調整してくれ」

 使いの者には、もし不審なことがあっても無理して屋敷の中には入るなと言い含めていた。

 異常が報告された屋敷は、元よりアルフレードが直々に様子を見に行くつもりであった。

「どちらに」 

「グエリ家だ。クリスティーナの侍女の用件を聞いてくる」

「昨日の方ですか」

 執事が答える。

「また来られるでしょうから、お待ちになられては」

「いや……クリスティーナとも少し話をして来るので」

 執事は、ああ、という顔をした。

 若い当主の息抜きの逢瀬なのだと思ったようだ。

「すぐ帰る。サン・ジミニャーノで管理していた財産の資料を用意していてくれ」

 アルフレードはそう指示した。

「当分はそちらもうちで管理する」

「はい」

 執事が、折り目正しく礼をした。





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