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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio uno 死者のいる廊下
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Corridoio con persone morte. 死者のいる廊下 II

「よもや、お前ら全員で共謀して母上を」

「そんなまさか!」

 つい言ってしまった臆測に対して、二人の使用人は声を上げた。

「おお大奥さまにそんなことしたって、俺ら何にも得しないですよ」

「そうですよ。あんなお優しい方を」

 アルフレードは息を吐いて自身を落ち着かせた。

 さすがにこれは言い過ぎただろうか。確かに動機はないだろう。

 アルフレードは二人に背を向け、寝台に座った。

 額を抑え考えをまとめようとしたが、何からまとめたら良いのか。

「坊っちゃま、えと、あたしたち何したら」

 女中がおずおずと尋ねる。

「つかあの……本当にアルフレード様で?」

 馬丁が問う。

「それ以外の何に見えるんだ!」

 アルフレードは声を荒らげた。

 何かを忘れている気がしていた。

 一月(ひとつき)前に亡くなったという母、二ヶ月前に死んで埋葬されたという自分。そこまで考えて、アルフレードは顔を上げた。

「今、この屋敷を取り仕切っているのは、誰だ……?」

 まだ座り込む二人の使用人に問いかけた。

 ここの当主はアルフレード自身、当主の家族は母のみだ。

 父は一昔前に亡くなり、アルフレードはまだ少年だった頃に跡を継いだ。

 母も自身もいなかったとなれば、誰が屋敷の(あるじ)を務めていたのか。


「ラファエレ様ですが」


 馬丁が答える。

「ラファエレ?」

 アルフレードは眉根をよせた。

「坊っちゃまの従兄弟(いとこ)さまと聞きました。大奥さまが亡くなられた次の日にいらして、自分がこの屋敷の(あるじ)とチェーヴァの当主を務めることになったからと」

「そんな訳が……!」

 アルフレードは声を上げた。

「従兄弟のラファエレなら、八年前に死んでいる!」

 アルフレードは慌てて腰を浮かせた。

 ひえっと裏返った声を上げ、二人の使用人は、座った格好で後退った。

 生きているはずの人間と死者が、非常識な状態で混在している印象を持った。

 一体何が起こっているのか。 

「流行り病だ。私は葬儀にも出ている」

 そうアルフレードは言った。

 当時十七歳だった。

 感染のおそれがあるので棺に近づくことは出来なかったが、遠目で棺の中は見た。

 十歳年上のラファエレは、兄のような存在だった。

 体は弱かったが聡明で優しく、アルフレードは子供の頃から頼りにしていた。

「遠目だが遺体は確かに見た。埋葬されるところも。間違える訳はない」

 自身に確認するように早口でそう言い、アルフレードは顔を上げた。

「ラファエレを名乗る輩は、今どこにいる」

「え、えと」

 女中はおろおろと廊下の先の方を見た。

「執務室ではないかと」

「執務室だな」

 アルフレードは出入り口につかつかと歩み寄った。

 いまだ腰を抜かしたように出入り口に座り込む使用人二人の前を通りすぎ、廊下へと出る。

「どこの不届き者だ。貴族家の当主に成り済ますなど」

 状況のおかしさはどうあれ、この屋敷が当主不在の状態だと知った不埒者か、それとも何かと一族の主導権を握ろうと画策している叔父たちの手の者か。

「とっちめてやる」

 意気込みアルフレードはそう言った。

 カツカツと廊下に響いた自身の靴音に、すぐにゆっくりと歩く靴音が交じったのに気付いた。

 コツ、コツ、と妙に響く靴音をさせ、廊下の突き当たりから男が一人近付いた。

「騒がしいね。また怪異でも起こったの?」

 男は言った。

 甘さと程よい低音の混じった、耳に心地の良い声だった。

 古い造りの屋敷だ。廊下は窓が極端に少なく、薄暗い。

 突き当たりの唯一大きな窓を男は背にしていたため、顔は逆光で見えづらかった。

 (あご)をしゃくり、アルフレードは男を見下すように見据えた。

「貴様か。ラファエレに成り済ましている不埒者は」

「おや、アルフレード」

 男は言った。

 こちらの顔を知っているのか。アルフレードは目を眇めた。

 となると、叔父の誰かの手の者である可能性が高いかと思った。

「元気だったのかい。死んだと聞いたんだが」

 男はやや肩を傾け、笑ったようだった。

 男の頬に薄く外光が当たり、かなり頬が痩せこけているらしいのが分かった。

「どうしたアルフレード。こちらに駆け寄って来てくれないのかい」

 男は、抱擁を促すように両手を前に差し出した。

「少年の頃は、あんなに慕ってくれたではないか。しょっちゅうピストイアの屋敷を訪ねて来て、私の私室に真っ直ぐ来て」

 随分と私的な内容まで把握しているなとアルフレードは目を眇めた。

 やはり、親戚の手先という路線か。

「使用人らの言うことによれば、母が亡くなった次の日にお前が現れたそうだが」

「おや、勝手に喋ったのか」

 男は使用人らの方を見た。

「そこらの部外者には分からんだろうが、跡継ぎのまだいない当主の後釜問題など、次の日に簡単に決まるものではない。少なくともチェーヴァはそうだ」 

 そうアルフレードは言った。

「端で見るほど旨味もない当主の座に、なぜかどんな手を使ってでもなりたいという価値観の人間が多い」

 男は、微笑したようだった。

 顔は見えにくいが、微笑に似た息づかいが薄暗い中伝わる。





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