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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio nove 異端審問の女
35/74

Nella biblioteca. 書庫にて II

「この者は覚えておる。まだ冥界におるぞ」

 へえ、とアルフレードは相槌を打った。

「この者はとっくに転生しておるな……この者も」

 ベルガモットは、誌面のあちらこちらを指差した。

「そうなのか……」

 ページを捲ると、古く乾いた紙がガサガサと音を立てた。

 静かな書庫に一定間隔で紙の音が響く。

 アルフレードはゆっくりとページを捲っては目を左右に走らせた。

 やがて目の動きを止め、抑えた声で呟いた。

「パゾリーニとある」

 ベルガモットが、屈んで覚書を覗き込んだ。

「ナザリオは、異端審問を受けたことがあるのか?」

「ほう?」

「ここに」

 アルフレードは癖の強い筆記体の一部を指した。

「あ……」

 指しながら改めて同じ箇所を見る。

「違う。モルガーナ・パゾリーニ。別人だ」

 はあ、と溜め息が漏れた。

 ベルガモットも背後で溜め息のようなものを吐いている。

「女性か」 

 アルフレードは言った。

「親戚かな」 

「その名の者は覚えがないのう……」

 ベルガモットは言った。

「別の地方で死んだのであろうの」

「異端審問の日付は三百二十年くらい前だが……」

 アルフレードは筆記体を辿った。

「この時点で、年齢はいくつくらいかな」 

 独身とあった。

 しかし、こういった容疑をかけられた女性が、夫に迷惑をかけないために独身と証言するのは、よくあることだ。

 結婚前の年齢だったと考える材料にはならない。

「ナザリオの親類だとして、どれくらい関わりのあった人物なのかな」

「関わりがあったとしても、お前の家に関わっているかどうかは別だぞ」

「そうだな……」

 アルフレードは、身体を反らせ背もたれに身体を預けた。背後のベルガモットに問いかける。

「ナザリオが死んだ年月日は正確にいつだ」

「知らん」

 ベルガモットは言った。

「別の地方で死んだら、私には分からん」

「ナザリオの死因は知っていたじゃないか」

「ナザリオが死後この地方に戻って来たからだ」

 アルフレードは書庫の高い天井を眺めた。システムはいまいち呑み込めない部分もあるが、ともかく彼女はこの地方限定の存在なのか。

「モルガーナ・パゾリーニは戻って来なかったのか」

「さあのう」

 ベルガモットは唇に指を当てた。

「戻って来たとしても、ナザリオのように派手な悪さでもしない限りは、目がいかんこともあるのう」

 いい加減だなとアルフレードは思った。

 彼らの行動や価値観については、ナザリオは案外正確なことを言っていたのだろうかと感じた。

 改めて読書机に向かい覚書の文字を追う。

「モルガーナ・パゾリーニは、すぐに神に帰依する誓いを立てて釈放されているみたいだが……」

 アルフレードは息を吐いた。

「まあ、普通ならそうするだろうな」

「有罪になっても信念を貫く気概はないのか。腰抜けぶりはナザリオと同じだな」

 棘のある口調でベルガモットは言った。

「君は、死んだら全て終わる人間の気持ちが分からなすぎる」

 アルフレードは眉を寄せた。

「終わりではないではないか。殆どの者が次の人生に転生しておる」

「普通の人間はそんなことは知らない。しかも教会は生まれ変わりを否定している」

「お前らの神の言い分など知らん」

 教会内でそれを言うか、とアルフレードは再び眉を寄せた。

 改めて覚書に目を落とす。

「容疑は」

 筆記体を指で追った。

「関係ない女の容疑など、どうでもよかろう」

 ベルガモットは再び椅子に座り、机に片(ひじ)をついた。

「占い、古代の邪教の信仰……か」

「そんなもの、でっち上げで付けられることもあるからのう」

 ベルガモットは言った。

「この地方の異端審問裁判所は、昔から公平な調査をしていたと聞いているが」

 フィエーゾレは、古代の遺構があちらこちらに残っている街だ。古代の何らかに興味を持つ者がいても、自然なことではあるだろうが。

 余程、裁判所に目を付けられるような極端な形で傾倒していたのか。

「パゾリーニと名の付く人物は、モルガーナ・パゾリーニくらいかな」

 アルフレードは覚書を両手で持つと、パラパラと一気に捲った。

「パゾリーニ全部を探す気か? お前は本来の目的を忘れていないか?」

「いや……」

 アルフレードは覚書を机に置くと、息を吐いた。

「君に、チェーヴァとパゾリーニの因縁を聞いてから、ずっと頭の片隅にあったんだが……チェーヴァに追いやられたあと、他のパゾリーニの人間はどうなったのだろうかと」

「なに……」

 ベルガモットは黒い目を眇めた。

咎人(とがにん)はナザリオひとりだろう。他の者まで巻き添えにする必要はあったのか」

「わたしがルチアの立場なら、相手の一族郎党すべてを切り刻むわ」

「君の極端な意見はいい」

 アルフレードは眉を寄せた。

「同じことが今後また起きたらどうするのだ。お前は当主として、なあなあで済ませるのか」

「それはそうなんだが」

 アルフレードは別の覚書を取った。

 一ページ目を開き、年代を確認する。

 パラパラとページを捲り、とりあえず全体をざっくりと見た。

「どちらにしろ全て調べるには、一日では足りんな……」

「下級貴族の家の個人のことなど、余程のことでもない限り、書き留めることはないと思うぞ」

 ベルガモットは言った。

「パゾリーニ家で書かれた何らかの記録は、どこかに保管されていないだろうか」

 ベルガモットは、呆れたように溜め息を吐いた。





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