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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio otto 悪霊が口づける酒場
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Taverna baciata dagli spiriti maligni. 悪霊が口づける酒場 III

「チェーヴァ側の人間なら、チェーヴァに落ち度がないかのような話を選択し話すものではないかい?」

「別の見方があるとでも言うのか」

「ルチアには兄がいた。この兄がお前に直接連なる先祖だと思うが」

 ナザリオは、ゆっくりと言い含めるような口調で話し出した。

「名は?」

「バティスタ」

「バティスタ・チェーヴァ……」

 アルフレードは口元で反芻した。裏付けを取るためにも覚えておかなければ。 

「その兄は、あろうことか妹に懸想していた」

 アルフレードは僅かに眉を寄せた。

「そしてある日、とうとう手を出した」

 嫌悪感に顔を歪ませたアルフレードの表情を、ナザリオは面白がるような目で見ていた。 

「その罪を、妹と懇意だった格下の家の者になすり付けた」

 ナザリオは厚みのある真っ赤な唇を片方だけ上げた。

「という話だったら?」

「……それが真実だと言うのか?」

「好きな方の話を選んだらいい」

揶揄(からか)うために接触して来たのか」

「あの精霊は、裁判官でもなければ、犯罪を取り締まる役人でもない。ただ気に入った死者を囲っているだけの存在だよ」

 ナザリオは、麦酒を口にした。

 器に付いた口紅を、親指でゆっくりと拭き取る。

「聞きたい話を聞き、気に入らん話は聞かん。そもそもがそういう存在だ。人間のように義務で嫌な話にまで耳を傾けるということはない」

「聞きたい側の話だけを聞いて私に伝えたと?」

「それでその者同士の間に争い事が起こっても、あの精霊には何も困ることはない」

 ナザリオは頭を傾け、耳の辺りに付いたヘアピンに手を触れた。

「これが生者同士であれば、それこそ決闘を始めてくれるかもしれない。あの精霊にとっては最高の娯楽だ」

 耳元の解れた髪をヘアピンに掛けて直す。

「よく考えてごらん、アルフレード」

 ナザリオはゆっくりと身を乗り出した。

 大きく開いた襟元から覗いた豊満な胸が、より扇情的に見えるような姿勢になった。

「人間の私と、人ではないあの精霊と、どちらを信じる」

「何だと」

「ロマンとほざいて、人同士の殺し合いを待ち望んでいるような精霊と、こうして普通に酒を飲み会話している私と、どちらが分かり合えるかな」

 アルフレードは唇を噛み押し黙った。

「あの精霊にしろ冥王にしろ、別に誰かから死者の管理を課されている訳ではない。ただ死の世界で好きに行動するだけの存在だ」

「……お前をさっさと送れと冥王に急かされたようなことを言っていたが」

「ああ、あれか」

 ナザリオは麦酒をゆっくりと口に含んだ。

「誰かさんの蘇生を許す代わりに、行動範囲内の掃除を押し付けられたという程度の話だよ」

 ナザリオは、蓋付きのビアマグをコトンと音を立てテーブルに置いた。

「いるべき所にいない者がいると、奴らは少々気になるらしいのだよ」

 ナザリオは、大きな目を上目遣い気味にしてアルフレードを見た。

「だから蘇生させるときは代わりになる者を探す」

 不意にナザリオは手を伸ばした。

 アルフレードの両肩にそっと手を乗せる。

 切なそうに眉間に皺を寄せ、悲壮感漂うような表情をした。

「ご母堂は本当に気の毒なことだった。良いお人であったのに、奴らの勝手な都合に巻き込まれるとは。同情するよ、アルフレード」

 アルフレードは身体を後ろに引き、ナザリオの手を振り払った。

「おや、若様はいまだお悔やみの言葉も受け入れられんほど傷付いておられるのか」

「元を辿れば、貴様のせいではないか」

 ククッとナザリオは笑った。

 そのまま長い時間、クククククと喉の奥で笑い続ける。

 アルフレードは不機嫌な表情でその様子を見ていた。

 店内の客がいくらか減り、いつの間にか空いた席が大部分になっていた。

 話す声が先ほどより響くような気がして、アルフレードはやや声音を落とした。

「お前の目的は何だ。チェーヴァを絶えさせることか」

「さて」

 ナザリオは、露にした脚を組み直した。

 無駄に娼婦らしい仕草を挟み込むところが、いかにも揶揄(からか)っている感じだ。

「絶えさせるのは惜しいね。何代か待っていたら、ルチアによく似た娘が生まれるかもしれない」

「貴様……」

「おや若様、何を想像している?」

 アルフレードは唇を噛んだ。

「似た娘と言っただけだ。生々しく何かを想像したかな」

 ナザリオは喉の奥を鳴らして笑った。

 大きく開いた襟に細い指を掛け、胸元を僅かに広げる。

「二階でお話しするかい?」

「ふざけるな」

 ナザリオはまたもや喉の奥で笑った。 

「お前と話してもやはり無駄だな。どうにも信用できる要素がない」

 アルフレードは言った。

「そうかい?」

 ナザリオは淡々と言った。

「そもそも真面目に話すつもりなど無いだろう」

 ナザリオは麦酒を飲み干した。

 身を乗り出して顔を近付けると、アルフレードの後ろ髪をグイッと掴み、口移しで麦酒を飲ませた。

 ブッと音を立てて、アルフレードは飲まされた麦酒を床に吐き出した。

 ドレスの袖を掴みナザリオを自身から引き剥がす。

「何の真似だ!」

「おや若様、女の接吻はお嫌いか」

 ナザリオは、再びアルフレードの後ろ髪を掴んだ。

「お前は、ルチアと同じ鉄紺色の瞳なのだな」

 娼婦の顔をグイッと近付け、声のトーンを落とす。

「残念だな。お前が女ならば、ルチアの代わりにしたものを」

「貴様……」

 アルフレードは、ナザリオの手を振り払った。

 上着の袖で口を拭う。

 ふと、頭に何かの光景が浮かんだ。

 うっすらと何かの記憶が甦る。

 自分の死の原因になった決闘。

 こんな経緯の侮辱からではなかったか。

 よく分からなかった。

 はっきり思い出そうと記憶を手繰り始めると、その光景は消えた。

「ご馳走さま、若様」

 ナザリオは麦酒の器を細い指で弾いた。

 次によろけるようにテーブルに手を付くと、怪訝な表情で顔を上げ、こちらを見た。

 抜けたのか。

 ナザリオが抜けた娼婦と一瞬だけ目が合ったが、何か聞かれる前にとアルフレードは席を立った。





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