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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio otto 悪霊が口づける酒場
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Taverna baciata dagli spiriti maligni. 悪霊が口づける酒場 I

 古代より続く街フィエーゾレは、高台の街なので先ほど来た道のりが見渡せる。

 よく晴れているので、逆光で景色は少し霞んでいた。

 さあっと吹きつける草の香りを感じながら、アルフレードは馬から降りた。

 馬を引きながら、赤褐色の城壁を入る。

 道沿いに建つ建物群は飾り気がなく簡素で、素朴な街並みだ。

 近場なので何度も来ている。

 ある程度の範囲は知っていたが、ナザリオの生家らしき所に心当たりはなかった。

 三百年前に絶えたのなら当然か。溜め息をつく。

 屋敷はとうに人手に渡っているだろう。

 とりあえずは教会にと思った。

 何かしら記録が残っていればいいが。

「あれ、チェーヴァの若様?」

 固太りの体型の男が横から顔を覗き込んだ。

 愛想のいい感じの中年の男だ。

 誰だったかとしばらく考え思い出した。グエリ家の御者だ。

「ああ……」

 アルフレードは、つい間の抜けた返事をした。

「あの時はご苦労だった。クリスティーナはその後どうしている」

 御者は少し困惑しているような顔をした。

「んんと……」

「何かあったのか?」

「いや、何があったのか、あたしはよく分からないんですが」

 御者は赤茶色の髪を掻いた。

「ここんとこ、ほとんどお部屋から出て来ないらしくて」

「怯えているのか」

 アルフレードは問うた。

「怯える……」

 御者は首をかしげた。

「怯えてるとは聞いてないんですが……何やら話が通じないとか何とか」

木乃伊(ミイラ)がどうのと言っているか」

「いえ、そんなことはおっしゃってないと思いますが」

 アルフレードは眉をひそめた。

 あの時の恐怖が残っているのだとしたら、ミイラに一番こだわると思っていたのだが。

「一緒にいた侍女はどうしている」

「ああ、あちらの方は特に何も」

「何でもないか」

 アルフレードは尋ねた。

「屋敷に帰って来たときは何やら青ざめてましたけど、今はまあまあ普段通りで」

「そうか」

「むしろクリスティーナ様がお部屋に閉じ(こも)りっ放しなので、毎日お部屋の前で困り果ててまさあ」

 アルフレードは、しばらく考えこんだ。

 馬の蹄が石畳を歩く音がカツカツと響く。

「夢だとは言ってやったか」

「馬車の中では、一応そうお声掛けさせていただきましたが……何つうか。そういうことではないような」

 御者は(あご)をなでた。

「あたしは、何かの折に遠くからご様子を見るくらいなので、よく分かりませんが……どうも表情がなさすぎるような」

 アルフレードは無言で宙を眺めた。

 予想していたものと御者から聞く話が噛み合わないので、なかなか様子がイメージ出来ない。

「ご当主殿はどう対応している。その後、お前に何か尋ねられたか」

「いえ。特に」

 御者は思い出し笑いのように吹き出した。

「旦那様は、マリッジブルーだろうと仰ってるとかで。相手が一度死んだ男では、そりゃ不安にもなる、輿入れすればケロッと治るだろって」

 御者は、ガハハと大声で笑った。

 アルフレードと目が合い、ハッと笑いを止める。

「……い、いえ。ご無礼申し上げました」

「……いやいい」

 アルフレードは答えた。

 クリスティーナのグエリ家とチェーヴァ家は、過去の代で何度も婚姻している。

 アルフレード自身も、グエリ家の当主は幼少の頃から知っていた。

 いわば親戚だ。日常的に軽口に上っているくらいはあるだろうと思う。

「ところで若様、何かこちらでご用事でも」

「ああ……」

 アルフレードは周囲を見渡した。

「フィエーゾレには詳しいか?」

「子供の頃ここに住んでましたが」

「三百年前に絶えた下級貴族は知っているか」

「はっ?」

 御者はポカンとした。

「ええと、何という御家で」

 困ったような顔をする。

 確かにこれでは情報が少なすぎるなとアルフレードは思った。

「パジーニ家、とかいうのかな」

「パジーニ家ですか」

 御者は周囲の街並みを見渡した。

「いや、パジーニという名は確かではないのだ。その家のことを何となく伝え聞いていた者が、そういう名だったような気がすると」

 御者は、じっと街並みを眺めていた。

 しばらく無言で道沿いの建物群を見ていたが、ややしてから立ち止まった。

 何かあったのかとアルフレードも足を止めた。

 御者は、くるりとこちらを向くと、ずいっと顔を近づけた。


「パゾリーニ家だよ、アルフレード」


 アルフレードは目を見開いた。

 明らかに口調も発音も変わっている。

 気のいい感じの(なま)りのある話し方から、ゆっくりと言い含めるような低い発声に。

「な……」

 何が起こったのか。

「探す家の名くらい、ちゃんと調べてからおいで」

 御者は、ゆっくりと言い聞かせるような口調で言った。

「ナザリオ……?」

「首輪は相変わらずか」

 御者に憑いたナザリオは、アルフレードの首元で何かをもてあそぶように指を動かした。

「貴様……」

「そこの店に入ろうか」

 ナザリオは、道沿いにある酒場を(あご)で指した。





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