a cavallo. 馬上にて II
「神の教えに反していないか? ……半分ほど」
「あいつにお前の神を当てはめてどうする」
アルフレードは、再び馬の後頭部を眺めた。
「いずれにしても法にも反している。応じる訳がないだろう」
「お前は、法があるから倫理を守るのか!」
ベルガモットはアルフレードの両肩に手を掛け、激しくガクガクと揺らした。
「倫理観があるから法を守るんだろう!」
「奴の誘いに乗ってみろ、八つ裂きにしてやる!」
「どんな目で私を見てるんだ君は!」
アルフレードはふたたび馬を止め、ベルガモットの手を払った。
「なるほど」
不意にベルガモットは表情を変え、アルフレードをじっと見た。
「お前は女にだらしないが、確かに男と仲睦まじくしているのは見たことがない」
「女性にだらしなくなった覚えもない」
アルフレードは眉をよせた。
「よし今回は信用してやろう」
ベルガモットは黒髪を優雅に掻き上げた。
感情の起伏の激しさにアルフレードは辟易したが、とりあえず前を向くと再び馬の歩を進めた。
「フィエーゾレに行くのか」
ベルガモットが尋ねる。
「ああ」
「いいのう。わたしもこのまま街まで行こう」
ベルガモットは、アルフレードの背中に頭を寄せるようにしてもたれた。
「そんなことを言っているなら、一気に街まで送ってくれないか」
アルフレードは目線を後ろに向けた。
「ゆっくり二人乗りで行く良さが分からんのか、お前は」
「君との雑談が増えるだけじゃないか」
ベルガモットはもたれていた背中から離れ、座り直したようだった。
「そう言えば、お互いのことをあまり話したことはなかったの。わたしは深紅の薔薇が好きだ」
アルフレードは、無言で前方の丘陵を見ていた。
「深紅の薔薇の花弁のような血を吐きながら、男が美しく散る様が好きだ」
「知ってる」
ベルガモットはしばらく沈黙した。
「お前の好きな花は何だ?」
アルフレードの肩に顔を乗せるようにして問いかける。
「特にない」
「不粋な奴だのう。では炬花なんかどうだ」
「君の名前の花か」
前方を見たままアルフレードは答えた。
「ではそれでいい」
「それでいいとは何だ」
「そういえば、炬花には別の名がなかったか? 大昔の呼び名かな」
アルフレードは言った。
「炬花で良いではないか」
「まあ……花の名前なんかどうでもいいが」
サクサクと草を踏む蹄の音を、しばらくふたりで聞いていた。
やけに静かなので、もういないのかと思った。後ろを確かめようとしたとき、背中にもたれた感覚がまだあることに気づく。
「あの先祖殿の遺体だが」
アルフレードは切り出した。
「地下は長いこと誰も入っていなかったので、通路が不要物で塞がっていたりして、もう少しかかる」
「そうか」
「そう伝えてくれないか」
「なに、今度会ったときに言えばいい。どうせ向こうは、さほど気にしてはいない」
「そうなのか?」
アルフレードは、目線を背後に向けた。
「墓があろうがあるまいが、どうせ死者の来る所は同じだからな」
遥か向こうに城壁が見えてきた。
緩やかな丘陵地に聳える城壁は、遠くからでもよく見える。
ゆったりと歩を進めているので、近づく速度は遅い。
ベルガモットの黒髪が、さらさらと風に靡いているのが横目に見える。
「ではわたしは帰る」
不意にベルガモットが言う。
「は?」
アルフレードはふたたび背後に目線を向けた。
「調べものを手伝ってくれる訳ではないのか?」
「汚らわしい悪霊の生前のことなど興味はない」
「何しに来たんだ君は」
アルフレードは眉根をよせた。