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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio uno 死者のいる廊下
3/74

Corridoio con persone morte. 死者のいる廊下 I

 アルフレードは目を眇めた。

「無礼の言い訳にしても頓珍漢すぎるな。何を言って……」

「そうだよ! 坊っちゃまは死んで埋葬されたんだ! あたしご遺体見たよ! 大奥さまがあなた達もって言って、棺に花を添えさせていただいたんだ!」

 アルフレードは、大股で女中の前に歩み寄り見下ろした。ひっと女中が身を縮める。

「気でも触れているのか。その母上はどちらにおられる」

 とりあえず構わんでおこうとアルフレードは思った。

 廊下の先の玄関ホールの方を眺める。

「な、亡くなられました」

 青ざめながら女中は言った。

 アルフレードは女中を睨むように見た。

「出鱈目を言うな。昨日、庭の薔薇の蕾が付いて来たの何のと喜んでおられたではないか」

「薔薇の季節は、二カ月以上前です……」

 青年が言った。

「……なに」


 誰かが廊下側から部屋に入ったのが視界の端に見えた。


 アルフレードは咄嗟に部屋の中央の辺りを見た。

 昔風の薄紅色のドレスを着た少女が、背中を向け部屋の奥へと歩いていた。

 波打つ長い金髪。歩く仕草からして、良家の娘であろう。

「ご令嬢! ここは私の部屋だ。何をしておられる!」

 アルフレードは小柄な背中に向かって怒鳴り付けた。

「ど、どなたかいましたか?」

 女中は慌てて顔を上げた。

「あれもお前らと同じ目的か。見たところ良家の子女ではないか。三人で楽しもうなど、ふしだらな」

「三人……」

 女中と馬丁は顔を見合せた。

「あ、あたしらだけですが」

「では、あの令嬢は」

 アルフレードは部屋の奥を指差した。

 誰もいなかった。 

「どこに隠れた」

 アルフレードはつかつかと寝台に近付き、下を覗いた。

 誰もいない。

 それよりも寝台の下の(ほこり)の溜まりようが気になった。

「何だこの(ほこり)は。掃除していないのか」

「いえあの」

 女中は部屋の入り口に座り込んだまま言った。

「坊っちゃまがお亡くなりになった後から……」

 アルフレードは、女中をじろりと睨んだ。

「お、お亡くなりにはなっていませんよね……」

 女中は身を縮めた。

「その、ここのところ、この部屋でおかしなことが続くんで、大奥さまにご相談したら、怖いのなら無理に入ることはないって」

 女中は、おずおずとアルフレードを見上げた。

「で、でも空気の入れ換えは時々。窓だけは開けさしていただいて」

「その怖い部屋で逢い引きか」

「いえあの、絶対に誰も来ないだろうし、何か起こったら、逃げればいいかと……」

 アルフレードは呆れた。なぜそれと同じつもりで、仕事は出来ないのか。

「書物や装飾品には触るなと言っているだろう。それに何だ、あの椅子は」

 アルフレードは、部屋の隅に並べられた椅子を指差した。

「それは坊っちゃまが……その、瀕死の状態になったとき、お医者様や大奥さまや許嫁(いいなずけ)のクリスティーナ様がお使いになったもので、書物も手当てに邪魔で退かしたのではないかと」

 腕を組み、アルフレードは二人の様子を見下ろした。

 馬鹿な奴らではあるが、嘘は言っていないように見える。

「おかしなことと言ったな。どんな」

 ええと……と女中は宙を見上げた。

「誰もいないのに足音がするとか、鈴のような音がするとか」

「それだけか」

 アルフレードは眉を寄せた。

「何かの自然音を聞き間違えたのだろう。馬鹿馬鹿しい」

 そうアルフレードは言い、腕を組んだ。

「母上もお人好し過ぎる。そんな不確かな話は無視しておれば良いものを」

「あの……大奥さまは、どうせもう部屋の主はいないのだからって」

 アルフレードは女中をもう一度睨んだ。

「い、いえ」

「母上は亡くなられたと言ったな。確かか」

 アルフレードは言った。

「た、確かです。葬儀も行われて、あたしらやっぱり花を添えさせていただいて」

「亡くなられた経緯を話せ」

 女中は目線を泳がせ口籠った。

「……あの、よく分からないっていうか」

「分からない?」

 アルフレードは眉根を寄せた。

「あたしらが朝起きて来たら、もうお亡くなりになってて」

「もう少し詳しく」

 アルフレードは言った。

「あたしらが起きて食堂広間に行ったら、長テーブルにお座りになって、誰かお客様をお迎えしたみたいな感じで綺麗なドレスで正装されて」

 それで、と掠れた声で女中は続けた。

「あの、それは俺も見ました」

 馬丁が右手を上げた。

一月(ひとつき)前、ここに雇われてすぐの頃だったんで」

「ここに来て僅か一カ月の男と、勤務中に逢い引きか」

 声音を落とし言ったアルフレードの言葉に、女中は小さくなった。

「で?」

 アルフレードは馬丁に話を促した。

「はい、食堂広間の方から悲鳴が次々聞こえたんで、他の馬丁のおっさん達に、お前見て来いと言われて、すっ飛んで行ったんですが」

「前置きはいい」

「あの、大奥さまは、綺麗なドレスを着なさって、姿勢よく椅子にお座りになって、口元にお上品に手を添えられお笑いになった、そのままで死んでおりました」

 アルフレードは無言で馬丁を見た。

 聞いた通りに想像すると、相当に不気味な死に方に思えるが。

「あ、あの、お話だけでは信じられないでしょうけど、ほ、本当です」

 女中が口を挟んだ。

「本当です」

 馬丁も言う。

「俺は、夜中に誰かお客様がいらしてたんじゃないかと思ってます。燭台に、溶けた蝋燭が残ってました。一晩中、煌々と照らしてたみたいな」

 馬鹿な、と吐き捨てアルフレードは前髪を掻き上げた。

「母は身の回りのことなど一切したことのないお人だぞ。お前らの誰も起こすことなく、お一人で客の応対などあり得ない。あの人は、蝋燭ひとつご自分では点けられないのだぞ」

「それは、分かってます。変だなとは」

 女中が答えた。





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