a cavallo. 馬上にて I
サン・ジミニャーノの件から、数日が経っていた。
木乃伊だらけの屋敷に数人の使用人を遣り、完全に封鎖させた。
使用人たちは、みな帰って来たときには呆然とした表情をしていた。
あれは何ですかと聞かれ、結局「知らん」と答えるしかなかった。
教会に助けを求めようと提案した者もいたが、咎人らしき人物を見ている者がいると説明して収めた。
重職の使用人たちと協議して、墓掘り人夫を十数人雇った。
人手としては足りない数だったが、人数が多ければ話が漏れる率も高い。
時間のかかる作業になるのと、口止め料を兼ねて料金はかなり上乗せした。
作業には、何日もかかっているようだった。
所有地と財産の管理を考えたら、いずれ一族の誰かをあそこに移らせなくてはならないが。
それは、この件が落ち着いてからか。
アルフレードは、馬上で溜め息をついた。
フィエーゾレに向かっていた。
見渡す限りどこまでも連なる丘ばかりの風景は、ともすると眠くなりそうだ。
所々に数本ずつ生える糸杉がかろうじてアクセントになってはいるが、どうしてもぼんやりとしてしまう。
「冥王と会ったそうだな」
突然背後からソプラノの声が響き、心臓が跳ね上がった。
ベルガモットが、横座りで後ろに乗っていた。
僅かに反応した馬をなだめるため、首の横を軽く叩く。
「何をしているんだ、君は」
「なぜ奴と会っている」
馬は少しの間足取りを乱したが、すぐに元の歩き方に戻った。
「勝手に私室にいたんだ」
「お前が案内したのではあるまいな」
「案内したのは、じょ……」
女中と言おうとして、アルフレードは口を閉じた。
また訳の分からない絡み方をされては面倒だ。
「案内したのは、馬丁だ」
「案内しろと命じた訳ではあるまいな」
「なぜそんなことを命じる必要が」
アルフレードは背後の方を横目で見た。
「父娘のようなものではないのか？ なぜそんなに嫌っている」
「父娘？ あいつはそう言ったのか?!」
ベルガモットは声を荒らげた。
「違うのか？」
「生まれた経緯がどうあれ、あんなのと一緒にされたくはないわ！」
ベルガモットが声を荒らげる。
父娘のようなものというのは否定しないのだなとアルフレードは思った。
「寝所だの、寝台だのとは言わなかったか」
「ああ……」
アルフレードは、やや上方を眺めた。
「寝台と言っていたが、何かの謎かけか？」
「応じたのではあるまいな！」
ベルガモットは、アルフレードの上着の襟を後ろから掴み、強く揺さぶった。
「馬上でやめてくれ！」
アルフレードはいったん馬を止めた。
振り向くと、ゆっくりとベルガモットの手を払った。
「何を興奮しているんだ、君は」
「あいつは、わたしの下僕を横取りしたことが何度もあるのだ」
「あちらから見ても、よほど優秀な下僕だったのだろう。私のことは盆暗と言っていたから、取られる心配はない」
アルフレードは、改めて馬の歩を進めた。
「違う。奴は顔で選ぶ」
ベルガモットはアルフレードの肩に顔を寄せ言った。
「微妙に鈍いような奴が、特に好きなのだ」
「それは変わった選別の仕方だな」
「恐ろしいまでに手が早くて、あっという間に寝所に連れ込むのだ」
アルフレードは宙を眺め、頭の中を整理した。
自身の認識と、ベルガモットの言っていることに、少々のずれがあることに気づく。
「それは……愛人か何かにするということか？」
「そうだ」
ベルガモットが答える。
「意外だな。君は女性の下僕を持ったこともあるのか」
「女など下僕にしたことはない」
蹄が草を踏みつける音がさくさくと続く。
「わたしは決闘で死んだ男しか下僕にはせん。決闘で深紅の鮮血にまみれて散った男に美を感じるのだ」
「……君の美学の話は要らん」
アルフレードは、暫く馬の後頭部の辺りを眺めていた。さくさくと草の上の歩を進める。
話の噛み合わない部分を反芻し、ようやく閃いた。
「……男色家なのか？」
「違う。奴は女も好きだ」
アルフレードは、しばらく無言で馬の後頭部を眺めた。
