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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio sette 黒衣の貴紳
28/74

Il dio della veste nera. 黒衣の貴紳 II

「蘇生したことをなぜ知っている」

「お前は察しが悪いな」

 男性は肩をすくめた。

「あの子から私のことは聞いていないのか」

「だから、あの子とは?」

 男性は手をアルフレードの方に差し出し、グイッと何かを引っ張る仕草をした。

 うっ、とアルフレードは小さく呻いた。

 首のあたりが見えない何かに引っ張られ、身体が前に倒れかかる。

 男性の肩に手をつく格好になり、がっしりとした手で身体を支えられた。

「お前にこれをつけた子だ」

 男性が言う。

 何もない首元で、小さい鈴のような軽やかな音がした。

「死の精霊を知っているのか」

「おや、名前では言わんのか」

 男性は面白がるように言った。

「名前が呼び出しの文言なのかな」

 (のど)の奥をククッと鳴らして笑う。

「ずいぶんと素っ気ない文言を選んだものだ。あの子は文句は言わなかったか?」

「関係ない」

 アルフレードは身体を起こした。

「わたしを呼ぶときは、何がいいかな」

 男性は組んだ脚の上で手を組み、楽しんでいるような口調で言った。

「どこの御仁か知らんが、別に呼び出す用事などない」

「まあ何か決めておけば、役に立つこともあるかもしれん」

 正体も分からんが、それ以上に本心が読めない。

 アルフレードは眉間に皺を寄せた。

「 “愛と忠誠を誓う” は、もうあの子が言ったか」

「言った」

 男性は肩を揺らして含み笑いをした。

「やはりどうも発想が似るな」

「死の精霊とどういう関係だ」

「あれは元々私の一部だった。ある日突然、人格と名前を持って分離した」

 アルフレードは無言で目を見開いた。

「お前たちの概念で言うと、娘のようなものかな」

 神秘学にのめり込んでいるような者なら、すぐに話を呑み込めるのだろうか。 

 この手の話は聖書くらいしか学んだことのないアルフレードは、少々混乱した。

「三位一体のようなものか……?」

「ちょっと違うな」

 男性が答える。

「人間のような方法で生まれるのではないのか。まあ、その辺は分かるが」

「行為なら楽しむが」

 男性は上体をややかたむけ、アルフレードの背後を見た。

「ちょうど後ろに寝台があるな」

「あるが?」

 アルフレードは寝台を振り向いた。

「寝台がどうかしたか」

 男性は肩を揺らして含み笑いをした。

「お前の反応は面白い」

「何が面白いのか、さっぱり分からんな」

 アルフレードは眉根をよせた。

「まあいい」

 男性は立ち上がると、アルフレードとすれ違うようにして出入口の扉の方に向かった。

 肩幅の広い長身を外套のような服で覆っているので、余計に大柄に見える。

「とりあえずは “冥王(アーデ)” と言って呼び出したらいい」

 背後を歩く靴音が響いた。

「冥……?」

 アルフレードは、ややしてから弾かれたように振り向いた。

 誰もいない。 

 長身の外套姿があると疑わずに振り向いたので、何もない空間をすぐに頭が認識できなかった。

 振り向いた格好のまま身を固まらせる。

 不意に、扉をノックする音が聞こえた。

「ぼ、坊っちゃま」

「アルフレード様」

 男女の声が同時に聞こえる。

 例の馬丁と女中だ。

 アルフレードは、眉をきつく寄せて前髪を掻き上げた。

「……入れ」

 溜め息をつきながら命じる。

 隙間(すきま)を覗きこむようにして入ってきた二人の使用人に、アルフレードは切り出した。

「お前ら、また仕事サボって二人でいたな」

「いっ、いえ、別々の所にいました」

 女中が無駄に甲高い声を上げる。

「そ、そうです。別の所にいました」

 馬丁が同調する。

 アルフレードは、目を眇めて二人を見た。

「あ、あの、それよりアルフレード様。お、お客様が」

 馬丁が慌ててそう言う。

「客?」

 アルフレードは、ふと手元を見た。手に持ったままだった拳銃を寝台の枕元に置く。

「どんな客だ」

「すごく威厳のある御仁です」

 馬丁が言う。

「ご身分のある方みたいな雰囲気で」

「すっごい美男子でした」

 女中が口を挟んだ。

「あの、俺、アルフレード様に教わったマナーで、ご挨拶ちゃんとしました」

 馬丁が力をこめた口調で言う。

 アルフレードは腕を組んだ。

「で、その御仁は今どこに」

「あの、ここの(あるじ)は帰ったら一番始めに屋敷のどこに行くのかと俺に聞いて来たので」

「あたしら二人で、ご自分の私室じゃないですかって答えて」

「……お前ら二人で答えたんだな」

 アルフレードは目を眇めた。

「そしたら私室だなってその方は言って」

「あたしらが、ハイって返事したらもういなくて」

 女中と馬丁は、見たものを確認するように二人で顔を見合わせた。

「お前ら二人で一緒に、私室と答えたんだな」

「はいっ」

 二人の使用人が声をそろえて答える。

 アルフレードは額に手を当てた。

 もはや責める気力もない。

「……分かった。しばらく休むから、もういい」

 アルフレードは、外し忘れていたもう片方のカフスボタンを外した。

 二人に背を向け、どさりと寝台に座る。

「あの坊っちゃま、お客様は」

「その御仁なら、先程ここに来た」

「あ、そうですか」

 女中はそう返事をした。

「あの、下がっても……?」

「ああ、いい」

 二人がそそくさと出ていく衣擦れの音がした。

 続いて、パタンと扉を閉める音。

 アルフレードはシャツの合わせのボタンを外した。

 視界の端に、寝台の枕元が映る。

 先ほど冥王は寝台がどうのと言っていたが。

 何の謎かけだったのだ。

 分かりにくい会話をするところは、確かにベルガモットと似ている。

 そういえば。

 女中と馬丁には、冥王の姿が見えたのか。

 わずかな時間なら、誰にでも姿を見せることは可能なのだろうか。

 そんなことを考えながら、アルフレードはシャツを脱いだ。





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