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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio sette 黒衣の貴紳
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Il dio della veste nera. 黒衣の貴紳 I

 玄関ホールに入ると、執事と女中がアルフレードを出迎えた。

 古い城を改装した屋敷なので、先程までいたサン・ジミニャーノの屋敷の玄関ホールに比べると、広いが自然光の入る箇所は少ない。薄暗く重厚で、厳格な雰囲気だ。

 アルフレードは、外した手袋を女中に渡した。

「破棄してくれ」

「破棄ですか」

 妙齢の女中が、少々不思議そうに聞き返す。

「燃やした方がいい」

 アルフレードそう付け加えた。

「サン・ジミニャーノのご親戚はお元気でしたか」

 (しわ)の入った面長の顔を綻ばせ、執事が尋ねる。

 アルフレードはさりげなく顔を逸らした。

「ピストイアに行った者は戻ったか」

「いえ、まだですが」

 執事が答える。

「一番若い馬丁はどうした」

 執事は、馬屋のある方向を見た。 

「馬屋におりませんでしたか」

「いま馬をつないで来たところだがいなかった。何か用事を言いつけたのかと思っていたのだが」

「何も言いつけてはおりませんが」

 執事はそう答え、やや間を置いてから思い出したように続けた。

「あの馬丁をサン・ジミニャーノのご親戚の所に行かせたそうですが」

「行かせた」

 アルフレードは短く返した。

「なぜ突然、親戚中にご機嫌伺いなど」

 アルフレードは、しばらく黙って前方を眺めた。

 どの程度まで話して、どの程度まで隠せば、使用人たちの動揺を一番抑えられるだろうか。

 サン・ジミニャーノの屋敷のことは、隠しておく訳にはいかないだろう。

 だがその他のことについては、どこまで説明したらいいものなのか。

「何というか……私は一度死んだことになっていたらしいからな。全快の報告のようなものだ」

「そうですか」

 執事はそう返した。

「あのときは、わたくしも狼狽(うろた)えました。まさか遠出した先で落馬なさるとは」

 アルフレードは目を見開いた。

「は……」

 執事の方を振り向く。

「頭の怪我も残ってはいないようですし、元通り馬にも乗られるようなので、安心致しました」

 アルフレードは、執事の顔をじっと見た。

 実際の死因である決闘はなかったことになり、みなそれぞれに異なった死因を語っている。

 執事の記憶の中では、落馬したことになっているのか。

「……そのときの馬は、どの馬だったかな」

 アルフレードは問うた。

「馬屋にまだいるでしょう」

 執事は馬の特徴を言おうとしたのか、口を開きかけた。

 だがややしてから(あご)に手をかける。

「どの馬でしたかな……」

「分かった。もういい」

 アルフレードは手を上げ制した。

「ご機嫌伺いの件ですが」

 執事が改めて言う。

「あんなマナーも知らない者を行かせたら、ご親戚にどんな無礼な振る舞いをするか分かりません。もっと重職の者を行かせた方が良かったのでは」

「重職の者が万が一欠けることがあれば、さすがに痛手が大きい。それに年配の者では、何かあった際に逃げ帰って来られない」

「逃げる?」

 執事が復唱する。

「なぜ逃げる必要が」

「おいおい説明する。とりあえず休ませてくれ」

 玄関ホール内をつかつかと歩きながら、アルフレードは妙齢の女中に尋ねた。

「あの年若い女中はいたか? ……こう、赤毛を切りそろえた髪の」

 アルフレードは顔の横で手刀を前後に動かした。 

 女中があたりを見回す。

「そういえば、先ほどから見かけないですね」

「……あいつら。またどこかでいちゃついているな」

 アルフレードはそう呟き、つかつかと私室に向かった。




 扇状の階段を昇り、二階へと向かう。

 私室の扉を手ずから開けると、アルフレードは部屋をすたすたと横切りながら上着を脱いだ。

 上着と拳銃を寝台の上に置く。

 寝台に背を向け、カフスボタンをつなぐ鎖を外した。

 外しながら何気に方向転換したとき、視界の端に組んだ脚が見えた気がした。

 反射的に、寝台に片(ひざ)で乗る。

 上着の上に置いた拳銃を手に持つと、アルフレードは振り向き構えた。

 振り向いた途端、漆黒の外套のようなものを着た人物の姿が、部屋いっぱいに広がっているように見えた。

 外套の胸元についた金色の飾り紐が、天井から床へ緩い弧を描いて縦断している。

 天井に覆い被さるようにして胸元が動き、視線は後頭部の方から感じた。

「な……?」

 アルフレードは、拳銃を構えたまま立ちすくんだ。

 思わず天井を見回す。

 次の瞬間、低く重厚な声が手元の方から聞こえた。

「フリントロック式銃か」

 寝台横のサイドテーブルに、男性が座っていた。

 肩幅が広く長身、厳めしい堂々とした雰囲気がある。

 精悍で整った顔立ちに長い銀髪。切れ長の目は、光を一切反射しないのかと思えるほど深い深い黒であった。

 脚を組み、少し身を屈めて拳銃の銃口を覗き込むように見ている。

「この銃は、天候に左右される。もう少ししたら改善されたものが出るから、そちらにした方がいい」

「……もう少しとは」

「数十年先かな」

 男性は銃口を指でなぞり、(のど)をククッと鳴らして笑った。

「……お前はナザリオか」

「あんな汚ならしい悪霊と、どこが同じに見えるのだ」

 男性はやや不快そうな表情をした。

「見えるも何も……ナザリオは生者にも死体にも取り憑いて姿を変えられるだろう」

 男性はゆっくりと銃口をなぞり続けながら、口の端をわずかに上げた。

「あの子に教えておいてあげよう。“お前の新しい下僕は相当の盆暗(ぼんくら)だ” と」

「あの子とは」

「顔は良いんだがな」

 男性は、銃身を指先でつかんだままアルフレードの顔を眺めた。

「そこそこの顔が、人間臭くて一番いい。どこぞの砂漠の錬金術師など、綺麗すぎてこちらに呼びよせる気にもならん」

「何の話だ」


「蘇生した気分はどうだ」

 男性は尋ねた。



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