Ombra alla finestra. 窓に映る影 II
「夢で済めば良いがの」
馬車を見送るアルフレードの背後で、ベルガモットがそう言った。
「……御者の横でおかしなことを言うのはやめてくれないか」
「本当のことを言って何が悪い」
「あれはただの茶化しに見えた」
「茶化しだ。どうせ御者には見えていない」
ベルガモットは肩をすくめた。
「いちいち何がしたいんだ君は」
「あの手のつまらん女は、心根が鬱陶しいほどか細く出来ておるからの。夢などと言って誤魔化してもあまり効果はないと思うぞ」
「今度会ったときにも、ただの夢だと言っておく。そう言い続けてやれば安心するだろう」
ベルガモットは空を仰ぎ、声を上げて笑った。
「お前も普通の男だのう」
背中で黒髪が左右に揺れた。ずいぶん長いんだなとアルフレードは気づいた。腰のあたりくらいだと思っていたが、もう少し下まであるのか。
「……どこを見ておる」
「いや……」
アルフレードは、視線を逸らし屋敷の玄関口に向かった。
とりあえずあちらこちらの出入り口を塞いでおかなければ、誰かが侵入する可能性もある。
「お前は本当に女好きなようだの」
ベルガモットは、ドレスをたくし上げ小走りでついてきた。
「だから君は、どんな基準でそれを言っているのだ」
「木乃伊になった女にまで接吻しようとするとは、驚愕ものだ」
アルフレードは無言で振り向いた。何のことかとベルガモットの整った顔を見た。
きつく眉をよせたベルガモットと目が合う。
「何のことだ」
「菫色の服の木乃伊のことだ」
二階の後妻のミイラのことかとアルフレードは推察した。
「ひざまずいて接吻しようとしていたであろう」
ベルガモットは強い口調で言った。完全に責めている言い方だ。
「……どういうことだ」
アルフレードは眉をひそめた。
言いがかりにしても不気味すぎる。
「言っておる通りだ。お前は、木乃伊のそばに歩みよったかと思ったら、ミイラの顔をじっと見て膝をつき顔を近づけた」
アルフレードは軽い目眩を覚えた。
「は……?」
「あまりに汚らわしいので、主としていさめてやったのだ」
「……巨大な刃物を紙一重の所に飛ばしてくるのが諌めなのか」
いや問題はそこではないが。
「お前が悪いのだろう。木乃伊にまで欲情するとはな」
ベルガモットが軽蔑するように言う。
「幻覚剤のせいだろう」
「普段からの欲望が出ておるのだ」
アルフレードは片手で顔を覆い、げんなりとうつむいた。
自信満々で決めつける言い方に反論する気が湧かない。
「……あの鎌は、私には影響があるから離れていろと以前言っていなかったか」
「言った。あれは冥界の管轄に入ったものを斬るので、一度冥界に行ったお前は、当たれば即座にあちらに送られる」
「……かなり紙一重で飛んで来た気がしたが」
「きちんと狙ったぞ」
ベルガモットは平然と言った。
「君の腕なんかナザリオを取り逃がす程度のものだろう」
ベルガモットは膨れっ面になった。
「何という失礼な奴だ」
「そもそも女性が刃物を振り回すな」
アルフレードは歩を進め、屋敷の玄関口に向かった。
「主に命令するのか」
ドレスをたくし上げて、ベルガモットは小走りでついてきた。
「そんなに細くて小さな手は、武器を振り回すのは向いていない」
ベルガモットは、レースの手袋を嵌めた自身の両手を見た。
「お前という奴は」
ベルガモットが声を荒らげる。
「いちいち女の手の形状を覚えておるのか? いやらしい」
なぜそうなるのだ。アルフレードは額に手を当てた。




