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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio sei 三百年の執着
24/74

Ombra alla finestra. 窓に映る影 II

「夢で済めば良いがの」

 馬車を見送るアルフレードの背後で、ベルガモットがそう言った。

「……御者の横でおかしなことを言うのはやめてくれないか」

「本当のことを言って何が悪い」

「あれはただの茶化しに見えた」

「茶化しだ。どうせ御者には見えていない」

 ベルガモットは肩をすくめた。

「いちいち何がしたいんだ君は」

「あの手のつまらん女は、心根が鬱陶(うっとう)しいほどか細く出来ておるからの。夢などと言って誤魔化してもあまり効果はないと思うぞ」

「今度会ったときにも、ただの夢だと言っておく。そう言い続けてやれば安心するだろう」

 ベルガモットは空を仰ぎ、声を上げて笑った。

「お前も普通の男だのう」

 背中で黒髪が左右に揺れた。ずいぶん長いんだなとアルフレードは気づいた。腰のあたりくらいだと思っていたが、もう少し下まであるのか。

「……どこを見ておる」

「いや……」

 アルフレードは、視線を逸らし屋敷の玄関口に向かった。

 とりあえずあちらこちらの出入り口を塞いでおかなければ、誰かが侵入する可能性もある。

「お前は本当に女好きなようだの」

 ベルガモットは、ドレスをたくし上げ小走りでついてきた。

「だから君は、どんな基準でそれを言っているのだ」

木乃伊(ミイラ)になった女にまで接吻しようとするとは、驚愕ものだ」

 アルフレードは無言で振り向いた。何のことかとベルガモットの整った顔を見た。

 きつく眉をよせたベルガモットと目が合う。

「何のことだ」

(すみれ)色の服の木乃伊(ミイラ)のことだ」

 二階の後妻のミイラのことかとアルフレードは推察した。

「ひざまずいて接吻しようとしていたであろう」

 ベルガモットは強い口調で言った。完全に責めている言い方だ。

「……どういうことだ」

 アルフレードは眉をひそめた。

 言いがかりにしても不気味すぎる。

「言っておる通りだ。お前は、木乃伊(ミイラ)のそばに歩みよったかと思ったら、ミイラの顔をじっと見て(ひざ)をつき顔を近づけた」

 アルフレードは軽い目眩(めまい)を覚えた。

「は……?」

「あまりに汚らわしいので、(あるじ)としていさめてやったのだ」

「……巨大な刃物を紙一重の所に飛ばしてくるのが(いさ)めなのか」

 いや問題はそこではないが。

「お前が悪いのだろう。木乃伊(ミイラ)にまで欲情するとはな」

 ベルガモットが軽蔑するように言う。

「幻覚剤のせいだろう」

「普段からの欲望が出ておるのだ」

 アルフレードは片手で顔を覆い、げんなりとうつむいた。

 自信満々で決めつける言い方に反論する気が湧かない。

「……あの鎌は、私には影響があるから離れていろと以前言っていなかったか」

「言った。あれは冥界の管轄に入ったものを斬るので、一度冥界に行ったお前は、当たれば即座にあちらに送られる」

「……かなり紙一重で飛んで来た気がしたが」

「きちんと狙ったぞ」

 ベルガモットは平然と言った。

「君の腕なんかナザリオを取り逃がす程度のものだろう」

 ベルガモットは膨れっ面になった。

「何という失礼な奴だ」

「そもそも女性が刃物を振り回すな」

 アルフレードは歩を進め、屋敷の玄関口に向かった。

(あるじ)に命令するのか」

 ドレスをたくし上げて、ベルガモットは小走りでついてきた。

「そんなに細くて小さな手は、武器を振り回すのは向いていない」

 ベルガモットは、レースの手袋を嵌めた自身の両手を見た。

「お前という奴は」

 ベルガモットが声を荒らげる。

「いちいち女の手の形状を覚えておるのか? いやらしい」

 なぜそうなるのだ。アルフレードは額に手を当てた。





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