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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio sei 三百年の執着
23/74

Ombra alla finestra. 窓に映る影 I

 屋敷の正門の前では、グエリ家の馬車が待っていた。

 背後にオリーブ畑の広がる農地は、先程この場に来たときと変わらず、のどかで爽やかだ。

 直前までのおどろおどろしい体験が、嘘のように思えてくる。

 アルフレードが横抱きしたクリスティーナを運んで来たのを見て、ずんぐりとした体型の中年の御者は目を丸くした。

「クリスティーナお嬢様?」

 御者台の上から身を乗り出す。

「扉を開けてくれ」

 アルフレードは、馬車の屋形の扉を(あご)で指した。

 御者が慌てて御者台を降り、扉を開ける。

「何かあったんすか?」

「貧血だ」

 アルフレードはそう言い、許嫁を座席に座らせた。

「はあ。貧血ですか」

 御者は、気を失ったクリスティーナの顔をまじまじと見た。

「ついててくれ。侍女の方も運んで来る」

「おふたりそろって貧血ですか」

 御者はポカンと口を開けた。

「まあ……女性にはよくあるらしい」 

「嘘だぞ。床に転がったものを勝手に見にきて、勝手に驚きおったのだぞ」

 御者の横で、ベルガモットが内緒話をするように口に手を添えていた。

 アルフレードは無言でそちらから目を逸らす。

「あれ?」

 不意に御者が大きな声を上げた。

「チェーヴァ家の若様じゃないですか?」

 今ごろ気づいたのかとアルフレードは思った。自身が仕える御家の令嬢の婚約者だろうが。

 御者は、慌てて(かしこ)まった様子になった。

「直々に人をお運びするなんて思ってなかったから、ここの従者か何かだと」

「気にしなくていい」

 アルフレードはそう言って踵を返した。

「あの、ここの御家の使用人とかは」

「いや……」

 アルフレードは言葉を(にご)した。

「侍女のお嬢様を運ぶのお手伝いします」

 御者はついて来ようとした。

「中には入るな」

「いやでも」

 ふと御者は怪訝そうな表情をした。

「そういえばさっき、銃声みたいな音しませんでしたか」

 アルフレードは、御者に背を向けた。

「ともかく私ひとりで大丈夫だ」

 御者の言葉には答えず、手で制した。




 気を失った女性二人を馬車の座席に並べて座らせ、アルフレードは息を吐いた。

 さりげなく腕の間接をさする。

「だからお手伝いしますと言ったのに」

 御者は眉をよせた。

「女性とはいえ、いっぺんに二人は大変ですよ」

「……中で、お前にまで気を失われたら困る」

「あたしが? そんな貧血なんか起こしたこともありませんよ」

 御者は肉厚の手をヒラヒラと振った。

「こういうのは、牛の乳を飲ませるといいんですよ、若様」

「ああ……勧めておく」

 御者は馬車の屋形の扉を閉めた。

「それと」

 アルフレードは付け加えた。

「目が覚めたら、おかしなことを言い出すかもしれんが、夢を見たのだと言ってやってくれ」

「夢ですか」

「私がそう言っていたと」

「中で何があったんすか?」

 御者は屋敷の最上階のあたりを見上げた。

 不意に「あれ」と呟く。

 撃ち抜いた窓に気づいたのかとアルフレードは思ったが、当の窓は、玄関から見える位置ではない。

「何だ?」

「占い師がこっち見てたんで」

「占い師?」

 アルフレードは屋敷の窓を端から見た。誰の姿もないようだが。

「占い師っつうか、うちの屋敷の近くに最近来るようになった占い師と同じような格好してたんで」

「ああ、クリスティーナが夢中になっているとかいう」

 アルフレードは、いまだ気を失っている女性二人を屋形の窓から覗き見た。

「占い師とやらはどんな風貌なんだ?」

「アラブの人みたいな格好ですね。薄い紫の布を、こう、バサッと被って」

「男なのか? それとも女」

「あたしは遠くから見ただけなんで……」

 御者は記憶を探るように宙を見上げた。

「顔も見えんですし。目立って大柄でもなければ、華奢という感じでもないとしか」

 格好については、占い師によくある格好の気がする。同一人物とは限らないかとアルフレードは思った。

「つまり、そういった格好の者が窓から見ていたのだな」

 一応頭に入れておくかと思った。

「何か中でおかしなことがあったんすか? あの、あたしも、もし旦那様にこのことが伝わって、お嬢様に何があったと聞かれたら」

「そのときは私が当主殿に説明する。当主殿にそう言え」

 アルフレードは懐から財布を取り出した。

 銅貨を取り出し、御者に握らせる。

「気をつけて帰ってくれ」

「あ、はあ」

 御者は困惑した表情になると、御者台に向かった。

 ギシッと音をさせ御者台に座ると、手綱を手にする。

 ゆっくりと発車した馬車の後ろ姿を、アルフレードはしばらく眺めていた。





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