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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio cinque 幻惑の大広間
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Sala grande allucinazioni. 幻惑の大広間 II

 燭台の灯りで照らされたおりにしか見たことがなかった広間だが、昼間見ると記憶にあるよりもずっと広く、装飾品が繊細であることに気づいた。

 天井は思っていたよりも高く、繊細な宗教画が描かれている。

目眩(めまい)がしてしまいそうですわね」

 クリスティーナも同じことを感じたのだろう。踊るような足取りで大広間の中央に向かった。

 アルフレードは大広間内をぐるりと見回した。特に死体などは見当たらない。

 やはり馬丁の見たものは幻覚だったか。

 奥にある大きな鏡を眺めたが、合わせ鏡になどなってはいない。片側の壁に一枚だけだ。

「つまらん女でも我儘(わがまま)を言うことがあるのだな」

 遅れて入って来たベルガモットが呟く。

「無邪気なだけだ」

 アルフレードがそう返すと、ベルガモットは声を上げて笑った。

「お前も馬鹿な男のひとりか」

「なん……」

「お前の得意なダンスは、カドリーユなどではなくウィーン風ワルツなのにな」

 ベルガモットがそう続ける。

「……どこかで見たことがあるのか君は」

「知らん」

 拗ねているようにも聞こえる口調だ。

 ベルガモットは腕を組み、広間の奥の方をしばらく眺めていた。

 不快そうに眉をよせる。

「本当にこれはナザリオの仕業かのう」

「何か違うのか?」

 アルフレードは尋ねた。

「奴は、誰かに取り憑いて丁寧に殺すことばかりをやってきた。一気に大勢をということはなかったのだが」

 ベルガモットは美しい黒い目を眇めた。

「やはりお前の存在なのかの……」

「私がどうかしたか」

 ベルガモットは、クリスティーナの方をちらりと見た。

「ここではやめておく。厄介なことになるかもしれんのに、お前にまで動揺されたら目も当てられん」

「厄介なこととは?」

「アルフレード様、どうかなさいましたの?」

 大広間の中央にいたクリスティーナがこちらに近づく。

 両手でたくし上げたドレスの(すそ)が、一瞬だけ不自然にまくれた気がした。

「クリスティーナ、何か下に」

「え?」

「左下」

「左ですか?」

 クリスティーナは左右を二、三度交互に見てから、ドレスの左側を大きくたくし上げた。

「どうかなさいました?」

 何もない。

 床に落ちていた何かに、ドレスが(かぶ)さってしまったかのようなまくれ方だったが。

「いや」

 アルフレードは口を押さえた。

 先ほど替えた手袋は、とうにラベンダーの香りが染みついてしまっている。

 もう口を抑えることもしていなかったので、幻覚剤は確実に吸ってしまっているだろう。

 まくれたように見えたのも幻覚だったのか。

 クリスティーナはしずしずと近づくと、アルフレードの顔を見上げた。

「お疲れなんですの?」

 そう言い苦笑いをする。

「お忙しいのにごめんなさい。つき合わせてしまって」

「いや……」

「もう帰りますわ。その前にひとつだけ」

 クリスティーナは、アルフレードの腕を取った。

 淑やかな足取りで、鏡の前に連れてくる。

「疲れたときやお悩みごとのあるときは、このおまじないが良いと聞きましたの」

 クリスティーナは鏡に両手を付くと、顔を鼻先まで近づけた。

あなたは誰?(キ セイ)

 鏡に向かってそう尋ねる。

 大きな鏡の前で顔を近づける様子は、瓜二つの人間が左右対称に寄り添っているようで不思議な光景だ。

あなたは誰?(キ セイ)

 もういちど鏡に顔を近づけ、クリスティーナが言う。

「変わった(まじな)いだな」

 アルフレードは苦笑した。

「占い師の方から教わりましたの」

「……ああ、そちらの屋敷近くに居たという」

「アルフレード様のことも言い当てておりましたわ」

 クリスティーナはにこやかに言った。


「 “冥王との交渉で死地を逃れた方ですね”って」


「え……」

 アルフレードは頬を強張(こわば)らせた。

「冥王と交渉……?」

 ちらりとベルガモットの方を見る。

 ベルガモットもこちらを向いたが、すぐにそっぽ向くように窓の方を見た。

 特に気にすることではないのか。

 無駄に神秘的な演出をするのは、占い師やその類いの職業の者によくあることだ。

 たまたまか。

「どなたかしら」

 クリスティーナは呟くと、開け放したままの入口扉を振り向いた。

「誰かいたのか?」

「扉の向こうを通った方が鏡に映っていたのですが」

 クリスティーナは扉を指差した。

 アルフレードは鏡に近づき、繊細なレリーフの入る縁までをも含めて隅々まで眺めた。

 鏡の位置は、角度的に扉が映る位置ではなかった。

 映っているのは、扉の反対側にある大きな窓と、豪華な模様の壁紙。





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