Sei morto e sei stato sepolto. あなたは死んで埋葬された
私室の寝台の上でアルフレードは目を覚ました。
薄い天蓋の垂れ布を通して、窓からの陽光が射しこんでいる。
十二世紀に軍功を立てて爵位を賜り、それから数百年続くチェーヴァ家。
本筋であるこの屋敷の建物は、爵位を得てすぐの時代に建てられたものだ。
時代ごとに何度となく改装を重ね住み心地の良いようにしてはあるが、内装は全体的に古い時代の野暮ったいものだった。
今は春だったのでは。
アルフレードはそう思い、薄茶色の短髪を掻き上げた。
開け放たれた窓から吹き込んだ風が、熱を持っていた。
春にしては暑いと感じる。
何時頃なのだろうか。そう思い首をさする。
もちろん首輪などついてはいなかった。
おかしな夢を見たなと思う。
疲れているのか。
部屋の端に、別室にあるはずの椅子がいくつか並べられていた。
サイドテーブルに置いていた書物が、ずらされた痕跡がある。
寝ている間に何者かが入室していたのだろうか。
あたりに視線を這わせた。
窓から侵入されたのか。
アルフレードは、ゆっくりと寝台から起き上がった。
シャツとズボンという服装であることに気づく。
なぜ夜着ではなくこんな服装で寝ていたのか。
寝台の足元の位置に外出用の上着が置かれていた。
従者が置いてくれたのかと思い、手に取り羽織る。
室内を見回しながら窓に近づき、開けられた窓に触れた。
私室は二階にある。
よじ登ることは、できないこともないだろうが。
窓枠に溜まった埃は、誰かが触った形跡はなかった。
窓から侵入した訳ではないのか。
アルフレードは窓から顔を出し、下を覗き込んだ。
それ以前に、なぜ埃が溜まっているのだと眉をよせる。
きちんと掃除をするよう使用人に言いつけておかなければと考えた。執事は何を監督しているのか。
再び室内を見回す。
侵入したであろう者は、ではどこから入ったのか。
部屋の奥に取りつけられた姿見に、自身の姿が映っていた。
卵型の顔に、切れ長の鉄紺色の瞳。薄茶色の短髪。
背丈は平均よりやや高いものの、二十代半ばになる割には成長しきってはいない感のある細身の体型。
興味もなく眺めてから目線を逸らす。
その瞬間、かすかな違和感を覚えてふたたび姿見を見た。
姿見に映る人物は、自身だけではなくもう一人いた。
かなり小柄で、まだ少女と思われる。
姿見に背を向ける形で、じっとアルフレードの目の前の位置に佇んでいる。
前時代風の薄紅色のドレスを身につけ、波打つような明るい色彩の金髪を腰まで垂らしていた。
アルフレードは、思わず目の前の何もない空間をつかんだ。
位置的には、この辺りに立っているということだろうか。
信じられない出来事に、冷静に確認作業をしてしまった。
もう一度姿見を見る。手を前に差し出した自身の姿だけが映っていた。
見間違いだろうか。
やはり疲れているのか。アルフレードは、米噛みのあたりを指先で抑えた。
そもそも、昨日は何時ごろ寝たのだったか。
昨夜の記憶をたどる。
日付の感覚が、かなり曖昧なのに気づいた。
きのう見たと思われる景色の記憶をつかもうとする。
きのうは、庭の薔薇に蕾がついていなかったか。
いまは春だったはず。なぜ夏の暑い風が吹いているのだ。
昨日とは、いつのことだ。
入口の扉の向こうで、騒がしい靴音がした。
はしゃいだ感じで扉を開け入室したのは、赤毛の女中と、下働き風の黒髪の青年だった。
二人とも十代半ば程だろうか。非常に若い。
「ここなら誰も来ないって。絶対大丈夫……」
青年の手を引いた女中が、はしゃいだ顔をこちらに向けた。
目が合った。
「何をやっている」
「ええええ、ぼ、坊っちゃま?」
正確には当主なのだが、跡を継いだのが少年の頃だったので、一部の使用人には慣習でそう呼ばれていた。
女中は、顎で切り揃えた赤毛を揺らし、悲鳴のような声を上げた。
後ろにいた青年を押し退けるようにして後退る。
「いやっ! やっ……」
「勤務中に男を連れ込むとは! しかも主の部屋に!」
「いやあああ!」
女中は後退りしそこねて、その場に座りこんだ。
「神さま、神さまあああ!」
そう言い床を這い逃げようとする。
何て大袈裟なとアルフレードは呆れた。
仕事中に破廉恥な真似をして、神様はないだろう。
女中の後ろにいた青年が黒い短髪を両手でつかむようにして頭を抱えた。
「ア、アルフレード様……ですか」
震えながら尋ねる。
女中は見覚えがある気もするが、こちらは分からんなとアルフレードは思った。
「そうだが。お前は……」
「一月前に雇われた馬丁です」
青年は答えた。
「あの、死んで埋葬されたんじゃ……」