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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio cinque 幻惑の大広間
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Qua la mano. お手をどうぞ

 アルフレードは手袋を外し猫足のテーブルの上に置いた。

 懐から替えの手袋を取り出して着け、手で口を塞いで改めて三階への階段を昇り始める。

「どこへ行く」

「三階の大広間だ。馬丁が、そこで気味の悪いものを見たと言っていた」

「その馬丁にしても、幻覚剤でやられていただけであろう」

 ベルガモットはドレスの(すそ)をからげた。後について階段を昇って来る。

「そうなのだろうとは思うが、君も何も分からない状態では、気になる所を見て回るしかないだろう」

「替えの手袋で口を塞いでも、吸い込むのは変わらんと思うぞ」

「何もないよりましだ」

 アルフレードは答えた。

 「ふむ」と呟いて、ベルガモットはうっとりとした目でこちらを見上げる。

「果敢に闘いに挑む男が、豪奢な階段で力尽きて行き倒れる様など、美しいかもしれんのう」 

「……君は本当にそういうのが好きだな」

 アルフレードは呆れた。

「お前は、本当にロマンを解しないの」

 不満げに溜め息をついたベルガモットを、アルフレードは横目で見た。

 床まで届くごてごてとしたドレスにハイヒール。男を追って階段を昇るには、面倒な格好ではないのか。

 そんな難儀なことをしなくても、いつものように一瞬で移動して待っていれば良いのに何がしたいのか。

 精霊には服の動きにくさなど関係ないのだろうか。

「古代の調合を知る者と言ったな」

 アルフレードは切り出した。

「そういった調合だと、屋敷中に充満した状態を何日か持続させられるものなのか?」

 ベルガモットがこちらを見上げる。

「調合した者の工夫によるな。ただ焚き染めただけでは、そう何日も持続はせんだろう」

 アルフレードは階段を一段降りた。身を屈ませてベルガモットに耳打ちする。

「この屋敷に居続けて、焚き染め続けるというのは?」

 ベルガモットは、あたりを横目で見回した。

「それは、一番簡単な方法だ」

「可能性はあるか」

「もちろんだろう」

 アルフレードは、顔を上げ周囲を見回した。

「侵入者だとしたら盗賊しか頭になかったが……もしかするとナザリオとやらに取り憑かれた者だろうか」

 ベルガモットは唇を薄く開けた。

「ナザリオ? これはナザリオがらみなのか?」

「……知らないで来たのか?」

 アルフレードは困惑した。

「わたしがいつもナザリオだけを追って動いていると思っているのか」

 ベルガモットは形のいい眉をよせた。

 階段を昇り終え、アルフレードは振り向いた。

 まだ階段の残り数段の所を昇っているベルガモットに、ついエスコートするように手を差し伸べる。

 ベルガモットは不満げな表情でアルフレードの手をじっと見た。何か気に触ったのかと思ったが、ややしてからすっと手を乗せる。

「やはりお前は女たらしだの」

 ベルガモットが目を逸らし言う。

 先程もそんなことを言っていたなと思ったが、そんな評価を人から受けたことはない。

「……君の女たらしの基準はどこら辺にあるのだ。かなり低いのか」

 アルフレードは手を引きながら顔をしかめた。

「先程もお前が女の木乃伊(ミイラ)相手にいちゃついておるから、(とが)めに来たのだ」

「刃物で襲われることをいちゃつくと言うのか君は」

 アルフレードは眉をよせた。

「この前のナザリオの件で、親戚が誰も口出しして来なかったのが気になって様子を見に来たらこうだった」

 アルフレードはそう説明した。

「ナザリオは関係ないのでは? 奴に古代の薬物の知識などない」

「そういう知識を持つ生者に憑いたのでは? そういったことはあり得ないのか」

 ふむ、とベルガモットは思案するようにうつむいた。

「ところでお前は知っておったか。チェーヴァ家と……」

 階下から女性の声がした。

 アルフレードはそちらの方向を見やる。

 玄関ホールだろうか。よく通る声が反響していた。



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