Misterioso duello. 謎だらけの決闘 II
「決闘の相手は、お前と同等の身分の貴族だ」
ベルガモットがそう告げる。
「まあ……それはそうだろうな。異なる階級間の決闘は禁じられている」
「ところが、どこの誰かが誰にも分からないらしい」
「は……」
アルフレードは、ぽかんと目を見開いた。
「見届け人は誰だ。その者にも分からないのか」
「お前が重症を負って手当てされている間、見届け人も消えた」
淡々とベルガモットは答えた。
「その場にいた者たちが改めて話し合ったところ、見届け人も誰も知らない人間だった」
ベルガモットは脚を組み直した。不機嫌な表情になり、絹のような黒髪をしっとりと掻き上げた。
「怪我人の手当ても見届け人の役割だというのに。ロマンが半減するではないか」
「そういう問題ではないだろう。何だその気味の悪い話は」
アルフレードは声を荒らげた。
「急に気味の悪い話だらけになって大変だのう」
ベルガモットが、わずかに口の端を上げる。
「蘇生した者はみなそうなる。一度冥界に入ると冥界の者がよく見えるようになるでな」
「どんな理屈でだ」
アルフレードは眉をよせた。
「知らん。そもそもわたしには、お前たちに死者が見えん理屈の方が分からん」
ベルガモットは言った。
「まあ、ナザリオが仕組んだことだ。気味の悪いことの一つや二つ起こる」
「仕組んだのは先日の幽霊なのか……」
数日前に起こった信じがたい出来事と、白骨死体の嫌な埃の匂いをアルフレードは思い出した。
「決闘自体は実に見事であった。円舞曲を見ているかのような軽やかな動き、武器を持つ手の鋭い手さばき、正装の下で美しく動く締まった肢体、命を賭した者の精悍な表情」
ベルガモットは、うっとりと宙を眺めた。
「飛び散る紅の薔薇のような血飛沫、苦痛に耐えきれずに漏れる呻きの幽けき色香、瞳の光彩のゆるりと消える様子の儚き美しさといったら」
アルフレードは、どうと聞いたら良いのか分からず米噛みを押さえた。
無駄に詩的なところが、精神構造の激しい違いを感じる。
「まるで見ていたような言い方だな」
「胸踊らせて見ておった。ときおり禁止令などが出るせいで、久し振りとなってしまった決闘だからな」
ベルガモットは黒い瞳を細め笑んだ。
「汚ならしい悪霊の差し金だったのは腹が立つが」
「決闘の理由は?」
「知らん」
ベルガモットは素っ気ない口調で言った。
「……理由はどうでもいいのか」
「いずれにしろ、なかったことになっているのではないか?」
ああ、とアルフレードは返答した。
「そうみたいだな。何人かの者に聞いたが、私の死因自体、記憶がみなバラバラだ」
「そして、お前の記憶もない」
ベルガモットは、アルフレードを指差した。
「そうだな」
「非常に麗しい決闘であったのにのう」
ベルガモットは背もたれに身体を預け、溜め息をついた。
「ナザリオは、君を介入させるためにわざと決闘という形を取った訳ではないのか」
ベルガモットは上目遣いでこちらを見た。
「先日、決闘なら食いついてくると思ったとか何とか」
「ただの嫌がらせ趣味であろう」
ふん、とベルガモットは鼻を鳴らした。
「何か明確な目的があるのではないか?」
ベルガモットは身を乗り出した。
「例えば」
「例えば……君と接触して蘇生するのが目的だとか」
「無理だな。時間が経ちすぎている。奴もおそらく分かっている」
ベルガモットは肩をすくめた。
「時間が経つと無理なのか」
「肉体の再生に手間がかかる」
ベルガモットは肘けに頬杖をつき見上げた。
「あの者はそこまで手間をかけて蘇生させる価値もない。わたしは頼まれてもやらんぞ」
ベルガモットは言った。
「冥王というのは蘇生はできないのか?」
ベルガモットの表情が、心なしか不愉快そうに歪んだ。
「もちろん出来る。やろうと思えばな」
「では君を通して冥王と接触しようとしたのでは」
アルフレードは言った。
「冥王に蘇生を頼むのか? ますます無理だな」
ベルガモットは優美な手をひらひらと振った。
「そうか。やはり冥王とは、君よりもずっと世の理に厳しい存在か」
アルフレードは、厳粛な表情でうなずいた。
お伽噺に疎いアルフレードでも、神話の冥王くらいは伝え聞いている。
厳つく重々しく、堂々たる闇の管理者というイメージだ。
「どこの伝承の捉え方で言っておる。逆だ。奴は好みでしか動かん」
ベルガモットは吐き捨てた。不愉快そうに唇を尖らせあさっての方を向く。
長い黒髪がゆっくりと動作に従う様が美しい。
「実に身勝手で、自分の好き嫌いでしか判断せん。非常に我儘極まる奴だ」
アルフレードは眉間に皺をよせた。
それは、目の前の死の精霊とどう違うのだ。
「冥王の話などしたら、気分が悪くなってきたわ」
ベルガモットは不快そうな表情をした。よほど仲でも悪いのか。
蘇生の交渉云々という話を聞いた時点では、もう少し懇意なのかと思っていたが。
「そうだ、得意のウィーン風ワルツを踊ってくれぬか」
一転してベルガモットは笑顔になると、顔を上げた。
「は?」
「得意であろう?」
「得意というか、嗜みだからな」
アルフレードはやや怪訝に思った。彼女と出逢ったのはつい先日のはずだが、どこで得意だと知ったのか。
「はよう」
ベルガモットは無邪気に笑んだ。
「曲の演奏もなしにか」
「無くてはいけないのか?」
ベルガモットは、すっと宙を見上げた。
白銀の髪の女性が空中から現れ、首を左右に振る。
「演奏は無理か」
「配下に無茶ばかり言うものではない」
アルフレードは眉を寄せた。
「それで、相手は君がしてくれるのか?」
「なぜわたしがダンスなど」
ベルガモットは傲慢な感じに顎を反らし、足を組み直した。
「では配下の女性の誰かがお相手してくださるのか?」
「配下の手など握ったら殺すぞ」
アルフレードは米噛みを抑えた。
「……一人で踊れというのか」
「良いではないか」
「そんな道化みたいな真似が出来るか」
「あれもできない、これもできない、お前も我儘な奴だのう」
ベルガモットは溜め息をついた。
「まあ、今日はもう良い。つまらん女もそろそろ帰ったであろうから、お前も帰ってよいぞ」
何の目的で呼んでいるのだか。
アルフレードはもう一度眉間に皺を寄せた。